コックピット内にて
日が沈みかけ、茜色に染まった荒野を一機の黒いロボットが歩いていく。
「方角はこっちで良いんだな?」
狭く、薄暗いコックピット内。後部座席に座るトリンに俺はそう尋ねた。
「はい。このペースならあと少しでパプリオという町に着くと思います!」
どこかの町を目指そうというトリンの主張に同意し、俺達は移動し始めた。
目的地はトリンが一度訪れた事があるという町だ。
我が愛機にはカーナビならぬロボナビ機能が搭載されていないため、今はトリンの記憶だけが頼りだ。
「そのパプリオって町はどんな町なんだ?」
「うーん……人口千人くらいの普通の町……です。たぶん」
「たぶん?」
「実は昨日一泊しただけなので詳しい事はよく分からないんです……すみません」
皿でも割ってしまったかのように申し訳なさそうにトリンが言う。
そこまで気にしなくて良いのに。
基本的にかなり真面目な子なんだろうか?
「あぁ、別に気にしなくていいよ。何となく聞いてみただけだから」
俺がそう言うとトリンはホッと息を吐いた。
「そうなんですか。良かった……あ、でも一つだけ気付いた事、というか感じた事がありましたっ」
「どんな?」
「なんだか町の雰囲気がちょっと暗かったというか……生活が苦しそうでした。宿に泊まったり、食べ物とかをちょっと買ったりするだけで凄く喜ばれました」
貧しい町なんだろうか。
この世界の一般的な生活水準を知らないので、俺にはどのくらいが普通でどこからが貧しいのかはさっぱり分からないが。
……あれ? そういや金といえば俺この世界の金なんて全く持ってないぞ。
どうやって生活すれば良いんだ?
チラリと振り返る。後部座席に座るトリンは相変わらず緊張しているようで、その表情を強ばらせていたが、基本的にはあどけない女の子だ。
……まさかしばらくはトリンに養ってもらう事になるのか?
出来ればそれは避けたい未来だな……。
俺はコックピット内に金が落ちてないか目の届く範囲で探してみる。
だが見つからない。
ゲームでもなんでも最低限の金くらい最初にもらえるもんだろ普通。と落ち込みながらもパイロットシート真下の足元辺りを覗いてみる。
そこには革製の袋がちょこんと置いてあった。
もしやと思い手に取り開いてみると、銀貨がじゃらじゃらとそれなりの量入っていた。
良かった。
さすがに無一文で異世界に送られた訳ではないようだ。
「なぁ、トリン。これってどれくらいの価値があるんだ?」
振り返り、トリンに皮袋を渡す。
「何です? あっ、銀貨じゃないですかっ。それもこんなにたくさん」
「大金なのか?」
「すごいです。これだけあれば数年は暮らせると思います」
「数年!?」
そりゃ凄い。
そんな大金手にしたのは初めてだ。
トリンに皮袋を返しもらい銀貨を一枚手にとってみる。
異世界の見慣れない銀貨。正直ゲーセンのメダルのように感じる。
「でも二条さん凄いです。お金もちだったんですね」
「ん? ああ俺の金じゃあないよ。いや俺の金ではあるのか」
「?」
「シートの下に置いてあったんだよ。たぶん俺をこの世界に送った奴が用意したんだろうな」
「そうだったんですか。でもそれでも凄いです。私、貧乏だったのでこんなにたくさんの銀貨見たの初めてです!」
そういえば何でトリンはここに金がある事知らなかったんだ?
パイロットに同行するガード役というならその辺り知ってもおかしくなさそうなのに。
「トリンは金が置いてある事知らなかったのか?」
「? はい、知らなかったです」
「そうか。情報伝達が上手くいってない組織なんだな」
「……たぶん、元々教えない方針だったんだと思います。私達ガードはお金で雇われただけで、ケフェウスとはあまり関係ありませんから」
苦しそうにトリンが言う。
「ケフェウス?」
「二条さんをこの世界に送った人達の団体名です」
そんな名前だったのか。
「ケフェウスってのはなんの為の団体なんだ?」
「……その、実は私もよく知らないんです。お金がもらえると聞いて二週間程前に雇われたばかりで、それ以前は生まれた村から出た事がなくて……」
よく分からん組織だな。
それにしても雇われて二週間か。完全に新人さんだな。
そりゃ緊張もするわな。
トリンの空回り気味な真面目さの原因が何となく想像出来て、一人納得する。
それにトリンにしてみれば知らない男と旅する事になるんだから、そりゃ中々落ち着けないわな。
「二条さん、どうかしましたか?」
突然考え事を初めて黙りこくった俺にトリンがそう尋ねてくる。
「いや、何でもない。それより、そんなに緊張しなくていいよ」
「えっ、そ、そんなに緊張してるように見えまふ……見えますか?」
噛みながらトリンは言う。
後半も噛んでしまった事で、さすがにバレバレだと自覚したのか途中からその顔を赤くした。
「かなり見える」
「……ですよね……」
「まあ、なんだ。あんまり気負いせずにてきとーで良いよてきとーで」
「はい……」
観念したように頷くトリンを見て俺は苦笑する。
先ほどまでの緊張した雰囲気とは違い、幾分リラックスしているように感じたからだ。
少しは無駄話も役に立ったのかなと思いながら、俺は後ろを見るのを止め、機体の操縦者らしく前方のスクリーンに視線を戻す。
相変わらず寂れた荒野を映し出しているスクリーン。
しかし、うっすらとだが小さな町の姿も映し出されていた。
二人と一機は目的地にたどり着いたのだった。