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3 黒ウサギ 花の種をまく

 むかーしむかし。




 黒ウサギがさまざまな作物を作ったため、ウサギ社会には安価な農作物が満ちあふれていました。

 すると、ウサギたちは、みんながおなかいっぱいになって、趣味にふける余裕が出てきたのです。

 最近のトレンドでは、花を育てるのがはやっているそうです。

 デキるウサギは、花を愛でるのです。


 白ウサギは相も変わらず、せっせと白菜とカイワレダイコンを作っていました。

 花がはやっていることは知っていましたけど、気にしていませんでした。

 世間のトレンドなんてものを見下して、力の限りはたらくことだけを目ひょうにしていたのです。


 しかし、どこへ行っても花の話ばかり耳に入ります。

 白菜を売りに行っても、燕麦を飲みに行っても、周りは花の話ばかり。


「ばかばかしい。食べれないものになんの意味があるんだ」


 はじめは無視していました白ウサギでしたけれども、やがて、あまりの熱きょうぶりから少し気が引かれました。

 彼なりに調べてみました。

 どうやら、そのものすごい人気には、何か理由があるようだと感じました。


 花の人気が急上しょうしたおかげで、その値段がすごく上がっているのです。

 今、花を育て始めると、芽が出るころには何百倍もの値段に上がるというのです。

 それこそが人気のひみつでした。


 特にチューリップは、一番はやりの花だそうです。

 チューリップの球根を持っていれば、ろうせずに大金をもうけることができそうです。


「こうしてはいられない!」


 急いで、チューリップの球根を手に入れなければなりません。

 白ウサギはくわを投げすてて、道を走りました。

 花屋という、花や花の種を売るせん門の店ができているとうわさにきいていました。そこを目指します。


 いつの間にか、ウサギ山のおもての、最高の立地に花屋がたっていました。

 大きぼな店内は、黒山のウサギだかりです。

 それでも、白ウサギは大がらな体で他のウサギを押しのけ、売場にたどり着きました。


 なんと、花屋をさばいていたのは、あの黒ウサギでした。

 最近、白ウサギのとなりの彼の畑で見かけないと思いきや、こんなところではたらいていたのです。


「なんてこった」


 白ウサギは大きらいなその顔を見て、うめきました。


 なぜ、畑をたがやしていた黒ウサギが、急にこんな立っぱな店をかまえることができたのでしょうか? 白ウサギはさっぱり分からず、こんらんして立ちつくしていました。


 黒ウサギの方が白ウサギを見つけました。片耳を下げてあいさつします。


「やあ、白ウサギさん。君も花を買いに来たのかい? 君になら、昔のよしみで、ちょっと値引きしてあげるよ」


 白ウサギは、黒ウサギに頭を下げるなんてイヤでした。

 しかし、黒ウサギはその内心を読んだかのように、続けます。


「イヤなら、よその兎に売るだけだよ。この花バブルのおかげで、お客さんにはまったく不足していないからね。かまわないかい?」

「分かったよ。売ってくれ」


 白ウサギは頼みました。黒ウサギはこころよくチューリップの球根をラップしてくれました。

 まけてくれているにも関わらず、スゴい値段でしたが、白ウサギははらいました。

 白ウサギにとって、このチューリップの卵は金の卵と同じだったからです。


 白ウサギは意気ようようと自分の畑に帰りました。


「白菜を作る生活からおさらばできる!」


 そう言いながら、球根を植えました。

 そして、大切に育てました。


 でも、芽が出る前に、ウサギたちのチューリップへの興味はみるみる減っていきました。

 チューリップ・バブルも弾けてしまいました。


 白ウサギはおろおろしながら、どうすればいいのか分からず、チューリップを大切に育てていました。

 でも、チューリップが芽を出した日に、やっとさとりました。このチューリップには、もう何のかちもないのです。

 金の卵に見えたものは、ただの石ころだったのです。


 白ウサギは怒りくるって、くわを花畑にたたきつけました。そして、せっかく育てたチューリップをグシャグシャにふみつぶしてしまいました。

 やがて、にやりと笑って、いつものように言いました。


「黒ウサギのやろうも、花屋がもうからなくなって大変なことになってやがるだろう。ざまあ見やがれだ」





 黒ウサギは、花のバブルが弾けることをとっくの昔に予期して、手を引いていました。

 他のウサギのように、熱きょうのなごりをおしんで、ずるずるとお金をムダにすることもしません。

 黒ウサギの眼はすでに、次の短期物の投し先に向いていました。


 黒ウサギの商品は、花の種でも球根でもありませんでした。

 黒ウサギの先を見る目、それが本当の商品でした。


 白ウサギや他のウサギは、黒ウサギをまねしようとしましたが、いつだって遅すぎました。





 ウサギ山から離れた、高きゅうリゾート地にある温せん。

 そこに黒ウサギはつかっていました。付き合いの長いヒツジさんにさそわれて休か中なのです。

 ヒツジさんは、お湯に浮かべたおぼんからおちょこをとって口を付けます。そして、言いました。


「おまえは、なかなかやるな。そんなに早く金を作った奴はいないぜ。おまえは、俺の対ウサギ感情を一新させてくれた。ウサギなんて、性欲過多のなまけ者だとずっと思っていたんだ。……どこで、花屋を建てる金を見つけた?」

「銀行のヤギさんが融資してくれたんだよ」

「ふむ。そうか。おまえの言動は、ウサギ社会に直に影響を与えるからな。けちなヤギといえども、おまえをむげにすることはできないってことだ」


 黒ウサギは、ほめられても表情を変えませんでした。遠い目をしたまま、お湯につかっています。


「黒ウサギ、まだやるのか? もう十分に稼いだだろう。ここらで気楽な生活に切り替えてもよさそうだぜ」

「いいや。ここで満足しても、ゆでがえる状態だよ」

「呼んだかね?」


 湯気の向こうからカエルさんが声をかけてきました。

 黒ウサギは首を振って、ヒツジさんに話を続けます。


「ぼくたちウサギがカメと競争して負けたという話を知っているかい?」

「知っている。ずいぶん古い話だな。まだ俺もおまえもガキだったころの事件だろ?」

「うん。そのとき、ぼくは慢心してカメに負けて、なおも平然としている同族に腹が立った。ほ乳類最速のウサギが、のろまな爬虫類と戦ったんだ。それが負けるなんて許されるはずもないのに。常に勝ち続けるには、常に挑戦して、自分を高め続けるしかないというのに、ウサギたちはそれを怠ったんだ」


 黒ウサギはヒツジさんを見すえて、断言しました。


「ぼくは勝負の途中に居眠りするつもりはないよ。立ち止まるつもりすらない。走り続けるんだ」

「……そんなに走って、どこまで行くつもりなんだ?」

「ゴールは決めていない」


 ヒツジさんは、目を細めて笑いました。


「まあ、がんばることだ。走り続ければいいさ。俺ぁ、額に汗してはたらくのはイヤだからな。気楽にリッチなライフを楽しませてもらうぜ」


 それを聞いても、黒ウサギは無表情のままでしたとさ。





 おしまい。


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