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こてつ物語7  作者: 貫雪
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「仕事を辞める?」

 由美の意外な言葉に、組長は驚いた。

「ええ。私の職場の若い人たちも、だいぶ仕事をこなせるようになってきたし、来年も新人を雇うことになっているの。職場の区切りとしては、ちょうどいい時かな? って、思って」


 由美はこてつに、やわらかくしたドッグフードを、少しづつ与えながら話していた。


「そこまでこてつに入れ込まなくても」


「こてつの事だけじゃないわ。お兄ちゃん犬のこの子も、だいぶ年齢が上がってきたし、あなたの仕事は忙しくなる一方。私が休みの日にあなたが休めるとは限らないし、こてつの事をあなたが戸惑ったのも、このところ、あなたとろくに話もできなかったせいもあるでしょう。私も長年勤めたところだから、未練は少しあるけれど、今がちょうどいい、潮時なのかもしれないわ」

 由美は自分の気持ちを確認するように、言葉をかみしめながら話す。


 その様子を見ていると、組長も納得がいった。この事は、今、突然浮かんだことではなく、おそらく由美の心の中で、何度も繰り返し自問した事に違いない。そういう覚悟が由美に見て取れた。


「そうか。そうしてくれれば、私もありがた……」

 そういいかけて、組長は躊躇した。


 由美が仕事を辞めれば、通勤中の危険はなくなるが、平日の由美の行動に、目を光らせなければならなくなる。この由美の事だ。いつ、どこに急に出て歩くとも分からない。それではかえって護衛はやりにくい。これは困った。


「あー。実は、私からも頼みがあるのだ」


「何です?」

 由美は不思議そうに聞き返す。


「私の仕事上の知人に、ある女性の、仕事の紹介を頼まれているのだ。家政婦の仕事なんだが・・・。その女性も、色々訳ありなようなので、どこへでも、という訳にはいかない。いっそ、ウチで雇ってしまおうかと思っていたんだ」


「まあ。それじゃ、私が仕事を辞める訳にはいかないわね。でなくても、ウチに家事をする人間は二人もいらないし」


「ああ、いや。その、どちらかというと、お前とその人に家にいてほしいのだ。つまり、その人はいろいろ事情を抱えた人なので、お前に親しくなってもらって、その人の気持ちを、やわらげるつもりでいてほしいのだ。雇うと言っても形ばかりのような。お前に友人になって欲しいのだよ。細かい訳は聞かずにな」


 口から出まかせ。とはいえ、これはなかなかいいアイデアだと組長は思った。訳ありの家、専門の、口の堅い家政婦がいる事は前から知っている。なんでも、この手の家業専門で、多少の事では動じないらしい。ちょっとした護衛も兼ねた仕事もするらしいのだ。そんな家政婦が由美にピッタリとついていれば、外に仕事に出ている由美を守るよりも、ずっと安全だろう。こういう言い方をすれば、お人好しの由美の事、きっと受け入れるに違いない。


「二匹の犬も、きっとその人の心をいやしてくれるに違いないだろう。お前も仕事を辞めても、家にいい話し相手がいるのは楽しい事なんじゃないか?何より、私も仕事上の面目が立つことなのだ」


「そうねえ。こてつが小さいうちは、あまり遠くにも出掛けにくいし。お兄ちゃん犬も、年をとっていくのだしね。この子たちとゆっくり家にいられる時間を、大切にした方がいいのかもしれないわね」


「そうだ、そうだとも。いや、助かる。これで私も安心して仕事に打ち込む事が出来る。今度さっそく、その人と会ってもらおう。近々連絡をとっておくから」


 組長は本音で助かったと思った。これで由美への心配は大きく減る事になるだろう。これは早く、噂の家政婦と話をつけなければならないな。


「その家政婦さんと、仲良くなれるといいわ」

 由美は事情を抱えていると言う家政婦に思いを向けているようだ。


「お前なら大丈夫さ」

 組長はにこやかに請け負った。


 こうして、この家に、後日、タエは雇われることになり、今も、家政婦を続けているのである。



 事のいきさつを組長から聞いた三人は、こてつ組の組長室で、落胆の色を隠せなかった。由美のおもな護衛役は新しく雇われた家政婦に変わり、犬の散歩の際も、こてつ組の組員達が、交代で見守る事になったのだ。


「お前達は本当に良くやってくれた。これをきっかけに、我々、この街の四つの組は、連携を図っていくことが出来るだろう。全く見ず知らずの人間が、寄せ集まりながらも、成果を上げる事が出来る事が、証明できたのだからな。今度、何らかの協力体制を引く時には、お前達三人が中心となって、各組を取りまとめてほしい。よろしく頼む」

 組長は席を立って、三人に軽く頭を下げた。三人を組の代表者として、敬意を表したのだろう。


「ありがとうございます。あの、こてつ組長。私達から、お願いがあるんですが」

 土間が組長に声をかけた。


「何だね?」


「私達を、このまま、組長のもとで使っていただけないでしょうか?三人を一つのチームとして」


「お前達を、このままかね?」


「ええ。私達、このチームがとても気に入っているんです。それぞれの組を超えて、私達は理解し合う事が出来ました。このまま、一度きりのチームで終わらせるにはもったいない。どうか、私達を、それぞれの組が協調するための象徴として、このまま使っていただきたいんです」

 三人は、あらためて組長に頭を下げた。


「それぞれの組の、象徴か。本当に、それでいいのかね?」


「私達が、そうしたいんです」

 土間ははっきりと言い切った。


「ふうむ」


 組長はしばらくその場で目を閉じて、何事かを思案していたが、やがてこういった。


「それならば、三人とも、私の息のかかった料亭に勤めてもらおうか」


「料亭・・・ですか?」

 三人は、目を見合わせた。


「そこで仲居になって、色々と諜報活動をしてもらいたい。その店は、この街では極秘の話し合いなどをするのに、持ってこいの店なのだ。私の息がかかっている事も、外には知られていない。政治家や、企業の重役達も、その店には良く訪れる。そこでの情報収集をお前達にやってもらえれば、私はかなり助かる。勿論、私がお前達と、お前達の組を信頼している証にもなるだろう。どうだ?やってもらえるか?」


「やって、いいわよね?」

 御子がさっそく口火を切る。


「勿論、やりたいわ」

 礼似も即座に返事をする。


「良かった。チームは存続ね」

 土間もホッとした表情を浮かべる。


「では、三組の代表者のチームとして、これからもこてつ組をよろしく頼む」

 こてつ組長も、安どの表情が広がった。


 この分なら、この街に、大きな抗争騒ぎの起きるような事は、当面ないだろう。このまま結束が固まれば、外からの圧力にも、耐えうる力もつくだろう。これは、期待できるかもしれない。


 長かった。この街の裏社会の中での争いは、本当に、長い物があった。しかし、これからは、少しずつ変わっていくかもしれない。いや、変えて見せる。我々の代で。


この三人は、その象徴になるかもしれない。



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