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「で、喧嘩したまま、ここに来たって訳?やれやれ」
礼似から、一通りの話を聞き終えると、土間は容赦なく言った。
営業中の「クラブ・ドマンナ」に、礼似は御子と言いあった勢いそのままに飛び込んで来たのだ。
にもかかわらず、土間は比較的すんなりと礼似の前に姿を現した。おそらくだいたいの予測をつけて待っていたに違いない。店の奥の、落ち着けるテーブル席に、礼似を座らせる。礼似の方も、頭に血を登らせたまま、事の次第をまくしたてていった。ついでに酒の方も随分進んでいたが。
「人に面倒事を押しつけておいて、何?そのいい草。おかわり!」
礼似がグラスを突きだした。
「ボトル追加ね。料金、二割増しになります」
土間がにこやかに言う。
「ちょっと!何よそれ!わざわざ報告に来た友人から、金取る気?しかも二割増しって」
「何が報告よ。単に愚痴をこぼしに来ただけじゃない。おまけに、御子に話を聞く態度を見せるどころか、話の勢いで喧嘩して、人の質問拒否されて、営業時間内にこの私をご指名だなんて、二割増しでも安いぐらいだわ」
土間は冷静に伝票に酒代を書きこんでいく。
「人の傷心をカモに商売っ気出さないでよ。ちょっと! 誰も呑まないなんて言ってないわよ!」
礼似は土間からボトルをひったくると、自分で栓を開けてグラスに注いだ。
「なーにが傷心よ。二人とも感情的になって、本音が出ただけでしょ?まあ、それでいいんだけど。あんたは御子に突っかからずにいられないし、御子はそうされると動揺が隠せなくなるんだから」
礼似が勢いよく注ぐので、汚れてしまったテーブルを拭きながら、土間は淡々と言った。
「何よ、そっちこそ、ちゃっかり人を利用してるんじゃない。これで二割増しなんて暴利だわ。むしろ二割、引いてもらわなくちゃ」
礼似はグラスを煽りながら文句を言った。
「あら、あんただって、御子の悩みの原因がはっきりして、よかったんでしょ?自分で聞かなきゃ、我慢できない癖に。でも、まあ、その働きに免じて、一割増しにしておこうか」伝票を片手に土間も言い返す。
「あんた、ハルオの事があるから真柴に恩を感じて、御子に突っ込めないから、私を使ったんでしょ? 利用された上に、金まで余分に取られてたまるもんですか! やっぱり、二割引!」
「今更ハルオは関係ないわ。礼似が相手の方が、御子はボロが出やすいと思ったのよ」
おっと、しまった。ハルオを引っ張り出されて、土間もつい、口が滑る。うー、営業時間中に拘束(?)されたのに。
「ほら! やっぱり私を利用する気マンマンだったんじゃない。値引きしなさいよ」
礼似はここぞとばかりに突っ込んで来た。あーあ、仕方ないか。
「ここのお酒は商品なの。二割も引いたらやってらんないわ。ギリギリ、一割引!」
妥協しながらも、これ以上はなんとしても引かせるもんかと、土間も目に力を込める。
「ちぇっ。何としても金は取るのね。分かった。一割引で手を打つわ。まったく、親ってどうしてこうなのかしら?子供が絡むと、ホントにもろくなるわ。夫婦の信頼まで揺らぐなんて」
「ちょっと揺らぐぐらい、誰にでもあるわ。それに、親がもろいんじゃないわ。人なんて、みんな弱い物なのよ。だいたい、信頼なんて本音丸出しで作るもんじゃない。本音を飲みこむ思いやりが作るの。会長のところがいい例じゃない?何が何でも、自分の家業を明かさずにいるんだから」
「でも、御子は本音が見えるのよ」
「物事はね、見る角度で受取り方なんて変わるの。御子は今冷静じゃないから、一方的なものの見方しか出来なくなっているだけ。今頃は考えも変わってるわよ。きっと」