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こてつ物語7  作者: 貫雪
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 平日でさえこんな調子なのだから、休日の由美はもっとじっとなどしていなかった。実に積極的に出かけ回る。


 山へ突然、ハイキングに出かけたかと思えば、次の週には海に釣りへと出かけたりする。


 しかもそのたびに、小さな(?)出来事がしょっちゅう起こっている。山で襲おうとする者あり、海に突き落とそうとする者あり、湖で連れ去ろうとする者あり・・・。由美を守らなくてはならない三人は、その都度振り回された。


 なんでこんなにと、思いはするが、狙いたくなる側の気持ちも分かる。よく今まで無事でいたものだ。


 誰にでも気さくに声をかけるのも困るが、とにかく不用心すぎる。どうしてこの女はこうも人気のない所に恐怖心を感じないのだろう? と、首をひねりたくなる。


 山を歩けば、鳥が鳴いた、花を見つけたと、しょっちゅうコースをはずれて歩く。うす暗い木陰であろうが、すぐ横に目のくらむような崖があろうが、お構いなし。よく遭難しないものだ。


 海に行けば、黙って釣り船に乗ればいいものを、気分次第で浜辺の探索に出たり、漁港をうろうろしたり、路地裏の猫を追いかけてみたりする。これじゃ、誰に連れさらわれても助けの求めようもないだろうに。


 これでは狙う側からすれば多少失敗したとしても、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。と、思えてもくるってものだ。


 こっそりと護衛をしている身としては、「頼むから、じっとしていて頂戴!」と、言いたくなってしまう。


 そんな日々が続く中、とある休日の前夜「明日は妻が友人とランチに行くらしい」と、組長から聞いた三人は、真底ホッとした。少なくとも人気のある街中で、友人と共に過ごすのなら、危険はずっと減るはずだ。やっと息が着ける。


 三人は由美達のテーブルの近くに席をとり、やれやれと言った風情で、自分達も食事を楽しむ事にした。 


 とはいえ、勿論、由美達の会話には耳を澄ませている。あっちは友人との会話がはずんでいるようだ。


「そうそう、この間生まれたっていう子犬達は元気にしているの?」

 由美が友人に訪ねた。


「もう、元気も元気。コロコロと転がるように動き回っているわ。でも、疲れると、突然ぱたっと眠っちゃたりして。可愛い盛りよ。ようやく無事に注射も済ませたわ。もうすぐ外に連れ出せるけど、そうなるとお別れも近いから、今のうちに楽しんでおくの。柴犬の子だから、本当にコロコロ。すっごく、可愛いわ。ねえ、由美も見に来ない?」


「え?見せてもらえるの?」

 由美が目を輝かせる。


「うん。是非にって言うか……実は、一匹だけ、まだ貰い手が決まってない子がいるのよ。ううん、本当は決まっていたんだけど、その人の子供が急に長期の入院をしてしまって、犬を飼うのは子供が退院してからにしたいって言って来たの。仕方がないわよね。病人がいるのに子犬の世話は大変だろうし、無責任に引き取って、世話が出来ないなんて言われるよりは、ずっといいし。由美のところはもう、ワンちゃんがいるから無理だろうけど、もし、誰かいい人がいたら聞いて見てほしいの。だから、是非見てほしいのよ。本当に可愛い子だから」


「そう……。それは残念だったわね。その人にしても、子犬にとっても。そうね、私も犬好きの人に聞いて回ってみるわ。その前にどんな子なのか、見た方がいいわよね」


「悪いわね。急にこんなお願いして。でもね、本当に愛想のいい子なの。それに、なんて言うか・・・まだ子犬なのに、カメラ慣れしていて、ちゃんと、レンズの方を向くのよ。だから写真も撮って持たせるわ。きっといい飼い主が見つかると思うの」


「へえ。面白い子ね。自分が可愛く映るって事、知ってるのかしら?」

 由美が冗談交じりに言う。


「まさか。きっと、面白いおもちゃがあるって思ってるのよ。ぴかぴか光ったり、パシャパシャ鳴ったりするんだから」


「でも、愛想がいいんでしょう?それならきっと、どこに行っても可愛がってもらえるわ。もしかしたら、とっても頭のいい子なのかもしれないわね」

 由美はそういいながら、ランチの後のコーヒーをすすっていた。


 会話の流れから、どうやら今日はこのまま友人宅に寄って、どこかで買い物でもしたら帰宅してくれそうだと、三人はホッとしながら耳を傾けていた。この辺の住宅街や街中なら、よほどの油断をしない限り、今日は無事に済みそうだ。毎日こんな風に過ごしてくれていれば、私達も楽なのに。そんな事を考えたりする余裕もある。


 由美と友人は食事を終え、さっそく友人宅に向かうようだ。三人も、着かず離れずの距離に気を使いながらも、いつもよりはのんびりと由美の後をつけていく。友人宅に入る訳にはいかないので、そのまま外で見張る事にした。



「結構すんなり忍びこめたな。犬がいるんで油断しているんだな」

 男はそそくさとタンスや、めぼしい引き出しなどを探りまわる。昼前にここの主婦らしい女が出かけて、さっきは主人らしい男が財布を片手に子連れでふらりと出掛けたのを見た。勿論、事前に調べた電話番号をかけて、留守になっている事も確認している。


 家人はすぐに戻るつもりでコンビニかどこかに行ったのだろうが、子連れではちょっとしたことでも時間がかかるもの。俺だってぐずぐずする気はないし、子犬がいる家で犬が鳴いても周りも気には止めないだろう。


 空き巣の男はそう考えながら、金目のものを物色していた。


 ところが、思いのほか早く玄関で物音がする。亭主が帰って来たのだろうか?


「ただいまあ。なあに?子犬達を鳴かせっぱなしで。あなた?お友達を連れて来たの。いないの?」


 いや、これは女の声だ。出かけた主婦が友人を連れて帰ってきてしまったらしい。男はあせった。計画外だ。


 逃げようと身をひるがえし、廊下に出たところで由美達とばったりはち合わせてしまう。お互い声も出ない。


「きゃー!泥棒!」

 由美の友人が思わず黄色い声をあげる。男は自分がガラスを割って明けた窓から逃げようと、居間の方へと向かった。しかしそっちには由美がいる。男はとっさに足元にいた子犬をつかんだ。


「おい!そこをどけ!警察を呼んだりするなよ。この子犬、床にたたきつけるぞ!」

 そういって男は、子犬を頭上高く持ち上げてみせる。二人の動きがぴたりと止まった。顔色が変わる。


 こんな犬っころでも、立派に人質になるな。いや、犬だから犬質か? どっちでもいい。逃げ切れる! 男は子犬を抱きかかえたまま、庭へと飛び出した。


 ところが玄関側に回り込もうとした途端、男は後ろからいきなり殴られてしまった。あっけなく気を失う。


「まったくもう。こんなところでまでこの騒動。あの奥様、何か呼び寄せるものでもあるのかしら?」


 男を殴りつけた御子があきれるようにそういった。


「私もそんな気がして来たわ。こてつ組長も、とんでもない人を奥さんにしたものね」


 倒れかけた男から、子犬をとり返した礼似も、御子の言葉に同意した。


「さ、私達は早く消えましょ。すぐに警察も来るでしょうから」

 土間が二人を促して、三人は姿を消した。


 由美達が庭に出てみると、空き巣の男は倒れ、横で子犬が座り込んでいた。由美は子犬を抱き上げた。


「よしよし、怖い目にあったのに、お前は愛想がいいのねえ。まるで笑ってるみたいに見えるわ」


「由美。その子よ。飼い主を探している子は」

 由美の友人が説明する。


「まあ。この子が」

 そういって由美は子犬と目を合わせる。子犬は愛想のいい顔で由美を見ている。


「決めたわ。私がこの子の飼い主になる」

 由美は子犬を見ながら言った。


「え?だって、お宅にはもう、ワンちゃんが」


「かまわないわ。この子と出会ったのは、きっと運命よ。だって、この子、私に呼びかけているもの。一緒にいたいって。この子は私が連れて帰るわ。いいでしょ?」

 由美は友人ににっこりとほほ笑んで見せた。



こてつ組長は、帰宅早々、子犬を抱いた由美に出迎えられて、唖然としていた。子犬を見に行った友人宅が、空き巣に入られた話は三人から聞いてはいたが、これはいったい、どういうことだ?


「ごめんなさい。独り決めして悪いんだけど、私、この子を飼う事にしたの。あなたがたとえ反対しても、こればっかりは曲げられないわ。この子を飼う事を許して欲しいの」


「飼うと言ってもウチにはすでに飼い犬がいるじゃないか。それも長年家族として暮らしている。なんだってまた、子犬を飼おうと思ったんだ?」


「なんでって言われても、答えようがないんだけど。何だかこの子、どうしても私と一緒にいる事を望んでいるような気がしたのよ」

 確かに子犬は由美の腕の中で、満足そうに視線を由美に向けている。


 そして子犬は愛くるしい顔を組長にも向けて来た。いや、子犬と言うのは皆、ほとんどが愛くるしい。この子犬が特別という訳ではないだろう。


 この子犬がどんな目にあったかの事情は聞いている。由美が一時の同情心で連れてきてしまったのだろうか?


「おい、分かっているだろう? 犬は飼うとなれば、一年や二年、面倒見ればいいと言う物ではないんだぞ。十年以上は家族として暮らす事になる。それを何の相談も無しに、突然連れてこられても」


「でも、この子と私、本当に相性がいいんだと思うの。生涯を見なければならないからこそ、こういう相性って、大事なんじゃない? それに、私と相性がいいって事は、あなたとの相性だって悪くないはずよね? うちの家族として受け入れるには、それで十分だと思うけど?」


 成程、確かにこの子犬は由美との相性が良さそうだ。母犬や兄弟から引き離されて間もないと言うのに、この子は由美の腕の中で、なんの不安も感じていないように見える。まあ、まだ何も分かっていないだけかもしれないが。


しかし、自分に何の相談も無しに子犬を連れ帰ってしまったのは、何だか納得いかないものがある。由美がこんなごり押しするような事をするのは初めてだ。あまりいい気分ではない。


「飼うなら、お前の責任で飼いなさい。残念ながら、私はこれからさらに忙しくなりそうなんだ。子犬の世話は、お前意外に見れる者はいない。それを承知の上なら飼ってもいいだろう」

 我ながら嫌みな言い方だと思う。


「忙しく? お父様から継いだ会社が、やっと軌道に乗って落ち着いたって言っていたのに?」


「落ち着いたら、落ち着いたで色々あるんだ。今度は同業者たちとうまく連携を図っていかなければならない。仕事の事は話したくないが、私の仕事は気を抜いていいような物ではないんだ。責任だってある。正直、家の事で煩わされたくない時なんだ」


 実際に今度のあの三人の件はうまく運ばないと厄介な事になる。これがうまくいかない時には三つの組の力関係を良く見極めて、もっとも効率のよい所と手を組む必要があるが、そのさい、下手をすれば街を巻き込んだ抗争が勃発しかねないだろう。由美にこんな事を言うのは子犬の事に不満を感じているせいではない。こてつ組長は自分に言い聞かせるようにしながら、由美に告げる。何だか言い訳がましい気もするが。


 組長の不満が何となく伝わってしまったのか、由美は少しむっとした顔で答えた。


「分かりました。家の事であなたを煩わせるつもりはないわ。犬達の面倒は私が一人で見ます。もともと家の事は、殆んど私がやってきたんですし」


「お前に押し付けている訳ではないぞ。ただ単に、私に時間が無いだけで」

 言うつもりのない言葉まで、出て来る。


「そうね。私の方が、あなたよりは時間があるんでしょうから。私なりに仕事に責任は感じてるんですけどね。子犬の世話の合間に作った夕飯で悪いけど、食べますか?」


「食べるに決まっているだろう!」

 子犬に八つ当たりの視線を投げかけて、組長は夕食の席に着いた。


 翌日の由美の散歩は、子犬に気を使いながら、ゆっくりとしたペースで行われた。途中からは子犬を抱き上げ、いつものペースに戻ったが、それでも子犬に気を取られるのか毎朝のように、誰かれ構わず声をかけたり、あっちへふらふら、こっちへふらふらしないだけでも、護衛している三人にはありがたい。子犬さまさまだ。


 それでも由美は不満そうに愛犬達に愚痴をこぼす。


「父さんったらやあね。お前にやきもちなんか妬いて。絶対、相談しなかった事をすねているのよ。きっと」


 由美が口をとがらせているので、老犬の方は心得ていて、物言いたげな表情で由美に視線を合わせているが、子犬の方は由美と目を合わせていられる事を、単純に喜んでいるようで、実に機嫌良さげな顔付をする。


 由美は老犬の方を優しくなでながら言う。

「お前は良く、分かってるのね。お前や父さんがいるから子犬を安心して連れてこれたって事が。子犬にやきもちやいたりしていないしね。父さんも見習ってくれればいいのに」


そして今度は子犬に視線を合わせると

「それに、お前は本当にいつも機嫌のいい子ね。あんな目にあったのに、おびえた様子もなかったし。もしかして、お前はとても芯の強い子かもしれないわねえ。逞しい、いい名前をつけてあげなくちゃね」

そういいながら子犬の頭をなでてやると、子犬の方でも、にっこりと笑い返したように見えた。



 一方、犬達に留守番を任せ、出社した由美を見届けて、御子がひとまずこてつ組へと報告に行くと、こてつ組長はすこぶる機嫌が悪かった。


「由美が子犬を連れ帰ってきた。その辺の経緯の詳しい報告が無かったが?」

 書類片手にじろりと見上げる。


「空き巣の件と、その後の処理。奥様の心身に何の不都合もなかった事はお伝えしましたけど」


「あいつ、子犬を飼うと言いだしたぞ。ああなったら絶対にあいつは曲げることはない。何故、由美がそんな気になったのかの報告が無かったと、言ってるんだ!」


「それは、奥様のお気持ちがそういう方向に向かったとしか言いようがありません」


「お前は千里眼の持ち主だろう?何故、由美の気持ちの変化を確認しなかった」


「いくらなんでもそこは奥様のプライバシーにかかわるでしょう。それに、今回の護衛と直接かかわることではないはずですけど?」

 御子はうんざりした。またか。誰もかれもが二言目には千里眼って。この様子じゃ、奥様と昨夜、喧嘩でもしたんだろう。こっちはいいとばっちりだわ。私は他人様同士の心の伝言役なんか、やるつもりなんてない。だいたい、人の気持ちなんて言葉一つで表現できるもんじゃない。いろんな感情が混ざり合った中で、もっとも印象的な部分が心を占めて、感じ取っているだけ。それを全部引き受ける身にもなって欲しい。相手の考えなんて、口が着いてるんだから、自分で聞け! 御子は心の中で文句をつける。


 しかし、これはこてつ組長に認めてもらうための仕事。実際にはそう言ってしまう訳にもいかないので、

「よほど、その子犬が気に入られたんじゃないですか?いいじゃありませんか。奥様に可愛らしいお友達が増えたんですから。喜んでお迎えになったらいいんですよ」


「だれも、喜んでいないなどとは言っていない。お前は心は覗かないと言っていたな。それを承知で使っている以上は、これ以上言っても無駄か。分かった。この件は忘れてくれ」


 都合がいいわね。いやいや、真柴を離れればこんなもの。私がよそでもこの稼業で生きられる事を証明するためには、ここは我慢だ。じゃなけりゃ絶対、組を追い出されるんだから。



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