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「どうしてお前はそうなんだ!」
麗愛会の会長室で、礼似はいつものごとく会長にどやされていた。
「お前の一人勝手も多少の事は大目に見て来た。だが、今回は危うく二人、死なせるところだった。しかも、こてつ組との大事なパイプ役をだ! 海外マフィアに付け込まれる隙を与えないために、こてつ組がバックにいる事をちらつかせるのがどれだけ必要か、お前も知らん訳ではあるまい。それを、まったく……」
「結局は助かったんだから、いいでしょう? これが私のやり方なんです」
礼似はムキになった。
正直、今度はやり過ぎた事は、礼似自身も分かっていた。だが、国外からの違法就労者を働かせる場所として、麗愛会のシマの店が、次々と狙われては、力ずくで奪われていくのを黙って見過ごす事は出来なかった。
礼似はオーナーになりたがっている男との駆け引きの場所に、本物の店の権利書を持って、交渉に臨んだ。相手を納得させる小道具のつもりだった。礼似が得意の嘘でこっそり持ち出したものだ。それを見た現オーナーが、動揺して礼似に突っかかった。それがきっかけで、礼似が麗愛会の人間だとバレてしまった。
相手の男はナイフで襲って来た。礼似はかわしたが、現オーナーは礼似から権利書を奪い取った。今度はオーナーが襲われる。礼似は間に合わなかったが、一緒に組んでいた、こてつ組とのパイプ役をしていた男達二人が、かばいに行った。一人が斬りつけられ、もう一人が斬られた男をさらにかばう。しかし、男の連れも、ナイフで襲って来た。礼似はその男と格闘しながら叫んだ。
「バカ!いいからあんただけでも逃げな!二人もかばえない!」
「いやだ!こいつとはガキの頃からの親友だ!こいつを置いて行けるもんか!」
礼似はとっさに男を突き飛ばし、刺しに行った男にぶつけた。そのおかげで、パイプ役の男達は軽傷で済んだが、礼似はその二人が、そうまで判断力を失ってかばい合うとは思っていなかったのだ。
「とにかく、これで何度目かもう分からなくなった。お前のために、こうも他の組員の命を晒すような真似は出来ない。このままではお前は使い物にならん」
会長は苦虫をつぶしたような顔をした。
「嫌なら私をいつでも叩き出して下さい」
礼似はいつもの台詞を口にした。
「ああ、今度ダメならそうする事にしよう。お前は一旦、麗愛会の仕事から離れてもらう。華風や、真柴の女達と組んで、こてつ組長のもとで仕事をするんだ」
「他の組の者と組む? しかも、こてつ組の仕事? 正気ですか?」
礼似は唖然とした。
「前から話はあったんだ。誰を選ぶか迷っていたのだが、たった今決めた。礼似、お前がいけ」
「会長も懲りないんですね。私は誰とも組めない女です。まして他の組織の人間と、まともに仕事が出来る訳ありません。下手をすれば、私の口車がもとで、こてつ組との関係が最悪な事になるかもしれませんよ。私の事はよく、ご存じでしょう?」
「ああ、ご存じだとも。だからお前に決めたんだ。よく考えてみればお前が一番の適任かもしれない。このくらい癖のある奴でなけりゃ、つとまらんだろう」
「そんなに大層な女達なんですか?」
「甘く見ない方がいいぞ。さすがのお前でもどうにもできないかもしれないな。華風から来る者は正確には女とは言えない。もともとは実力のある刀使いの男だった。もう一人にお前の得意な嘘は通じないぞ」
「通じない?そんなにしたたかなんですか?その女」
「そんなレベルの話じゃないさ。なんせ、真柴の千里眼だからな」
「また、朝帰りですか?辰雄さん」
華風組の裏口で、土間は辰雄に声をかけた。
「また土間か。説教なら聞かねえよ。親父のだけで沢山だ。まっとうな商売やってない人間の説教なんて、なんの意味もねえけどよ」
辰雄は酔っているのかへらへらと笑いながら立ち去ろうとする。
「黙っていても組を継げると高をくくっていると、痛い目を見ますよ」
「痛い目を見るのはどっちだろうな?今時、こんな稼業やっていて。時代は動いているんだ。うちみたいな小さな組がいつまでも通用するもんか。こんな組、俺が継ぐより先に、潰れっちまえばいいんだよ」
「そんな事になったら、ここの組員達はどうなると思うんですか?」
「そんなの知ったこっちゃない。それとも、俺の首根っこを押さえつけてでも、俺なんかに組を継がせるかい? それならそれで、面白いかも知れねえなあ」
辰雄は自虐的に笑いながら部屋へと戻ってしまった。
ため息をつく土間に、組長からお呼びがかかった。なにか、話があるらしい。
「また、辰雄と話していたらしいな」
組長は難しい顔をしている。
「前にも言ったな。お前はあまりにも組への思い入れが強すぎる。今の辰雄に必要なのは、身内の助言ではない、世間の厳しい判断だ。お前が声をかけるほど、あいつは甘えてしまうんだ。自重してくれ。そこで、お前にはしばらく組を離れた仕事をしてもらう事にした。こてつ組の仕事だ。これからの時流を考えると、やはり、うちのような大きいとは言えない組は、大きな組織との連携は欠かせない。お前にその試金石となってもらいたいのだ」
「組を離れた仕事? こてつ組の方に、協力して仕事をするのでしょうか?」
土間は聞いた。
「いや、真柴組と、麗愛会の人間と組んでもらう」
これを聞いて、土間は息を飲んだ。真柴? 麗愛会ですって?
「嫌です。……冗談じゃない!」
「土間」
「どちらも華風組とは競り合っている立場の組じゃありませんか! まして麗愛会はウチとは水と油。あそこには何度も煮え湯を飲まされています! ハルさんの腕を刺したのだって、あそこの組員だった!」
「落ち着いて話を聞きなさい」
「これが落ち着いていられますか? 正直、ハルさんを殺した男だって、真柴か、麗愛会に雇われていたんじゃないかと、私は今でも思っているんです。その連中と、組める訳が無いじゃないですか!」
「真柴は関係ありませんよ。私が断言します」
隣で黙っていたおかみさんが口をはさんだ。
「断言できる? 何故です?」
「真柴の組長さんの人柄をよく知っているから。私はあの人を真底信頼しています。あなたの子、ハルオを真柴さんに預けたのは私ですから」
おかみさんは真っ直ぐに土間を見つめた。
「ハルオが、真柴組に、預けられている?」
突然の告白に土間は驚いた。そんな話、聞いていない。
「あの子は、堅気の人が育てているんじゃなかったんですか?」
「そうしたかったのは山々だけど、あの時、さすがにそれは無理だったの。だから私が最も信頼できる真柴さんにお願いしたのよ。それに、これはとても大事な仕事なの。あなたは真柴、麗愛会の方と組むのよ。分かった?」
おかみさんが……いつだって自分の一番の理解者だと思っていたこの人まで、こんな大事な事を今まで隠していたのか? 土間は愕然として話を聞くばかりだった。
「とにかくこれは命令だ。お前にはこてつ組の仕事をしてもらう。きちんと勤めて来るんだ」
組長はきっぱりと言った。