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こてつ物語7  作者: 貫雪
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「子供が?本当に?」良平が息を飲むのが分かった。

 この瞬間だ。この瞬間が何より怖かった。ここを耐えれば……。ここだけ、良平の心を覗きたい誘惑に耐えられれば、きっと、どんな感情をつきつけられたとしても、耐えられる。御子はそう思って、目をつぶる。


 今までだって、何度も話そうとした。今言おう、今こそ言おうと、何度も心に言い聞かせた。


 こんなにおろおろしていたんじゃ、土間や礼似が気がついて、こっそりあきれていたかもしれないと思っていた。


 その礼似につい、弱音を吐いて、ムキになってしまった。たぶん、今頃土間にも伝わって、意気地のなさを笑っているのかもしれない。


 本当に、自分でも驚いた。私はこんなに意気地無しだったのかと。


 初めは単純に嬉しかった。結婚だの、家庭だの、子供だのなんて、自分には縁のないもので、下手にそう言う物にかかわり合わないに越したことは無いとさえ、思っていた自分に、ものすごいプレゼントが届いた様な気がした。


 良平と一緒になったのだって、打算した訳じゃないけれども、良平が組を継ぐのにふさわしいと思っていた気持ちが、安心感につながっていたのは否めなかった。長年の、仲間意識だってあった。


 そこに、愛情と信頼が加わったからこそ、一緒になる決心が出来たのだろう。


 だから、良平と、この組。この二つさえあれば、この二つを守る事が出来る人生なら、自分にとって本当に幸せな人生を送れるだろうと思っていた。他に欲しいものなんてないと思った。


 ところが、いざ、子供が出来たかもしれないとなったら、こんなに嬉しいものだとは思っていなかった。


 普通の女なら、ごく普通に受け止めるかもしれないが、まさか自分にこんな幸福感が沸くなんて思わなかった。


 自分には絶対に届くはずのない贈り物を受け取ってしまったような。そんな気さえした。


 だって、私には、幸福な母親のイメージが無い。組に飛び込んでくる、組員達の母親は、嘆き、苦しみ、戸惑い、そして認めたり、見守ったり、頑として跳ねのけ続けたりしている。その姿は逞しいとしか言いようがない。


 だから、フワフワとした、浮き立つような、無条件の幸福感を感じてしまうとは思いもよらなかった。


 幸福感と、高揚感。今だったら、この幸せを守るためなら、世界中が束になってかかって来たって怖くない。


 ところがある時を境に、その思いが一転した。


 自分はなんの意識もしていないのに、千里眼を使った時と、同じ感覚を受ける。それも突然に。


 初めは勘違いだと思った。そう、思いたかったのかもしれない。漠然とした不安が広がる。


 すると、その不安を何かが受取っているのが分かった。増幅されていく。これは自分の感情ではない。


 確信した。この子も千里眼だ。今はまだ、イメージが増幅されていくだけの状態だが、大切な存在であるはずの我が子に、自分の感情が筒抜けになっている、不快感まで感じ始めていた。この感情も、きっとこの子に伝わっている。不安はますます強くなっていく。


 幸福な母親を知らない私が、千里眼のこの子に、幸福を伝える事が出来るだろうか? いや、伝えなくてはならない。これからのこの子には、自分が味わって来た事と、同じ試練が待っているはず。


 いいえ、同じですらない。実の母である私でさえも、不快感を感じている事が、この子を深く傷つけるだろう。


 まして、男親の良平は、どう受け止めてしまうのだろう?これから産もうと言う私でさえ、これだけ不安が大きいのに。しかも、夫婦そろって裏社会の人間。世間はどれほどこの子を否定するだろうか?


 なんだか、初めて、自分の事を捨てた両親の気持ちが、分かってしまう気がする。


 それでも、私の母は、私をこの世に産んでくれたんだ。


 この世は悪い事ばかりじゃない。素晴らしい出会いだってきっとある。自分のように多くの出会いに恵まれるかどうかまでは分からないが、そういうものは、数で判断するものではないだろう。


 それでも御子は不安になる。普通に情けをかけあえる、他人との出会いは喜びをもたらすだろうが、血を分けた親に対しては、どんな感情を持つだろうか?


 自分が生まれた事を、受け入れてくれるだろうか?たとえ、私が不快感を感じてしまっていても、それは愛情とは別であることを、理解させる事が出来るだろうか?


 いや、させなければならない。誰に出来なくても、私はやらなくてはならない。そうでなければ、この子は、辛い人生を送る事になってしまう。


 血のつながった関係の、親子愛とは、果してどんなものなのだろう? これまでは、血のつながりだけが親子じゃないと、本当に信じて来たが、ここにきて、御子は分からなくなっていた。


 ましてこの子には、愛も伝われば、苦しみも伝わってしまうのだ。


 それに、これほどの問題を抱えた状況を、良平は、心から受け入れてくれるだろうか?


 勿論受け入れてくれるはずだ。少なくともこの子が生まれるまでには。彼はそんな、情け知らずな男じゃない。


 けれど、心は揺れるだろう。揺れて当然だろう。自分でさえ、こんな調子なんだから。


 そしてその瞬間に、私はとても恐ろしいにもかかわらず、良平の心を覗きたくなるに違いない。きっと、それまでなかったくらいに。


 そのとき、私は我慢できるだろうか?そして、良平の言葉を心から信じる事が出来るだろうか?


 そして我慢が出来なければ。自分に負けて、良平の心を覗いてしまったら、そして、その感情が否定的なものであったなら。


 私はそれに耐えられるだろうか?良平と、今までどおりでいられるだろうか?


 御子は、そこに心から恐怖を感じていた。だから、良平に伝えられずにいたのだ。



 けれど、もう、覚悟がついた。礼似に全てを話してしまったから。自分の弱気まで見せてしまったから。


 どうせ知らせるなら自分の口で。今、勢いの着いたこの時に。


 そう思って、礼似と別れてすぐに組に戻り、良平を部屋に引っ張ってきたのだ。


 ただ、簡潔に伝えた。「子供が出来た。千里眼を持った子が」それだけをようやく言った。



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