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こてつ物語7  作者: 貫雪
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「ふうん。結構片付いたじゃない。この部屋にも慣れたみたいね」


 土間が部屋をぐるりと見まわしながら言った。和装コートを脱ぐと、派手な着物が現れる。


「なあに? どこかの帰りなの?」


 香と暮らすためにあらためて借りた新しい自分の部屋へと通しながら礼似が聞くと


「違うわよ。今日はこの後久しぶりに店に出ようかと思って。このところ組の方にかかりきりだったから」

と、土間は機嫌よく答えた。土間は自分の店「クラブ・ドマンナ」の仕事が一番の息抜きなのだ。


「すいませんでした。お呼び立てして」

 先に来ていた良平が、礼似の部屋で頭を下げた。


「いいけど。珍しいわね。良平が私達に相談事なんて」

 土間も意外そうな顔をする。


「それに、御子には内緒にしろだなんて。あんたなんかやらかしたの? ……浮気でもした?」

 礼似がからかう。


「ふざけられても困るんですが。本当に参ってるんですから」

 良平はため息交じりだ。


「良平が御子の事で相談しなきゃならないなんて、意外だわ。香は?」

 土間が礼似をけん制しながら聞く。


「倉田さんの所に行ってる。一旦ここに帰って、私と仲居の仕事に行くけどね。土間が忙しくなった分、香が穴埋めしているわ。あの子が器用な子でよかった。ひと月であらかたの仕事はこなすようになったから。情報収集のいい訓練にもなるしね。ただ、手くせの悪さが難点だけど。うかつに目が離せないわ」


「癖を直すのは大変そうね。まあ、可愛い妹の事なんだから、しっかり面倒見るのね」

 土間はのんきに言う。


「分かってるわよ。土間に言われなくても、香の事は何とかしようとは思ってたんだから。あんたが先にお節介を焼いただけ」

 内心感謝はしているのだろうが、素直に言わないのは礼似らしい。


「でも、引っ越しはいい機会になったでしょう? 形式って、バカにしたものじゃないわ。時には物事に覚悟やけじめをつけてくれるから。うちは古いから、杯を交わしたりするけど、そういう事って意外と大事なのよ」


「まあ、ね。香も何だか素直さが出て来たしね。で、その香もいない事だし、何? 御子がどうしたっていうの?」



 さっそくストレートに聞かれて、良平も一瞬躊躇した表情を見せたが、すぐに聞いてきた。


「ちょっと最近、御子の様子がおかしいんです。なんて言うか……俺、避けられているような気がする」


「なに? ひょっとして、御子ったらあんたが一人であきらめかけた前の件を、まだ引きずってるの?」


 ひと月前に良平が自分を犠牲にして御子を助けようとした事を、御子は不満げにしていた。


「いや、それはもういいんです。多分。それに、そういう事で怒ってる感じじゃないんです。むしろ、何か悩んでいるというか、俺に何か隠してるというか」


「隠し事?」

 土間が驚く。


「御子が良平に?」

 礼似も目を丸くした。


「ありえない!」

 二人の声が合奏する。


 御子は千里眼の持ち主ゆえに、こういうことにはすこぶるデリケートだ。何かの拍子に相手の心を読み取ってしまった時の用心のためか、自分の事は可能な限りさらけ出そうとしているところがある。もうそれは殆んど無意識に近いくらいだ。まして良平に対してはその気持ちが他の人間より、ずっと強く働いているはず。だから二人とも、御子に話した内容は殆んど良平にも伝わっている物として、受け止めているのだ。


その御子が、良平に隠し事をしているというのは、二人にはちょっと考えつかなかった。


「まあ、普通のカップルなら、一緒に暮らしだして数カ月したら互いのアラが見えてきて、幻滅するのはよく聞く話だけどね。あんたたちじゃ、今更考えられないし。まして隠し事……見当もつかないわ」

 土間が眉間にしわを寄せる。


「御子が隠さなきゃならない事なんて、まず、無いはずだけど。気のせいじゃないの?良平」

 礼似も同意する。


「そりゃ、俺だってそう、思いたいですよ。同じ組でもう長いこと暮らしてきたんです。お互いにたいていの事は知ってる。でも、最近明らかに俺に対する様子がおかしい。ぼうっとしているから、どうしたのかと聞いても、なんでもないとしか言わない。気分や体調の事を聞いてもはぐらかす。時々会話を不自然にとぎらせたりもする。あいつは怒るならもっとはっきり怒るし、口を利きたくなけりゃ、本当に黙りこむはずだ。それなのにのらりくらりと……こんな事は初めてだ。二人とも、何か気付いた事とかありませんか?」



「そうは言っても、私は最近御子とゆっくり会った事が無かったから。どうしても組の事にかかりきりで」

 土間も以前のように仲居の仕事に出られる訳ではない。会長に呼び出されなければ、なかなか御子や礼似と個人的に会って話をする機会は無くなってきている。


「そうでしたね。すいませんでした。で、礼似さんはどうです?」


「ごめん、良平。私も仕事中は香に仕事を教えたり、手くせの悪さを見張ったりするのに精いっぱいで」


「御子はお二人に何も相談したりはしていないんですね?」

 良平は殆んど睨むようにして聞いてきた。


 そうか。「相談」というのは言葉のあやで、良平は、自分達が御子から何か聞いていないか、確認するために呼びたてたのか。だから御子には内緒なんだ。ここにきて二人ともようやくそこに気がついたが、 残念ながら、本当に二人とも何も聞いてはいないので、顔を見合わせて困惑するばかりだった。


 その様子を見て、良平も納得した様だ。と、同時にがっかりもしているようだが。


「まあ、本当に何か隠したとしても、大したことじゃないんじゃない? 小さな事で、いちいち良平に心配かける事もないと思って、口にしないだけかも知れないし」

 土間はさらりとそういう。


「そうよねえ。御子にだってプライベートを守りたい気分のときだってあるはずよね。今や、四六時中二人で一緒にいるんだから。女心だと思って、黙って見守っていたら?」

 礼似もなんでもない口調で答える。


「……」

 良平に返事はなかった。絶対に納得はしていない。それでも


「すいませんでした。つまらない事でお時間をとらせて。分かりました。もう少し様子を見てみます。そのうち、あいつの方から話してくれるかもしれません」

 と言って、礼似達の部屋を後にした。




 良平が出ていくと、二人はあらためて顔を突き合わせて話しだす。


「で、どう思う?」

 礼似が口火を切る。


「良平に話せないなんて、よっぽどの事ね。御子はああ見えて、肝が太いし」

 土間も困惑しているようだ。


 御子は千里眼のせいで、人の悪感情も見せつけられて生きて来た節がある。見ないようにすればしたで今度は自分が心を開きにくくなる。


 だったら一度、全てを認めた上で自らの価値基準と照らし合わせて、善悪の判断をつけ、時には感情を共有する事で相手を理解しようとしている。時には自分をさらけ出し、時には相手の感覚まで共感する。


 だから御子は肝が据わっている。表面の言葉に踊らされない、度胸と強さがあるのだ。


 その御子が全幅の信頼を寄せているであろう良平に、隠さなければならないことがあるというのなら、結構事は深刻そうだ。


「これは礼似が直接御子に問いただすしかなさそうね。ほら、あんた達って、特別だから」

 土間は意味ありげに礼似に問いかける。


「土間だって、人の事は言えないと思うけど。私達は、訳ありの厄介者だったのは一緒でしょ?」


「それはそうね。でも、やっぱりあんた達は何かが特別だと思うわ。憶えてる? 私達が初めて顔を合わせた時のこと」


「忘れる訳ないわ。それぞれの組から私達が選ばれて、これから各組が連携できるかどうかと、迫られたんだから」


「そうよ。それなのに礼似、あんた、あの場で行ったのよね。詐欺師は返上する。もう、嘘はつかないって。これから仕事を任されるって時に」


「別に詐欺師として呼ばれた訳じゃないんだから、かまわなかったでしょ?」

 礼似のむくれ顔に土間が軽いため息をついた。



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