予定外の場所
賢将王国は小さな島国である。それはそれは、長く続く国だ。現在の王族、国土になって1500年ほどが経つという。これはすごいことだ。国という話からすれば2000年ほど続く国はざらにあるが、国土を奪わず、奪われず、それでもって統治者の血族も長く続く。面積は小さいかもしれないが、それでも俺は賢将王国を尊敬する。
俺はバーツ・ツハイ。ランドー王国に住む青年だ。『賢将王国を尊敬する』なんて偉そうなことを思ったが、俺はただの平民である。そして賢将王国についてもあまり知らない。というか今知った。旅雑誌、そこにちょっと書いてあった歴史の部分を読んだだけだ。
「まあ、これから知るし」
俺は今、船で賢将王国に向かっている。目的地は賢将王国じゃないのだが、燃料補給のために一日とまるらしい。一日でできることはたかが知れているが、ここに書いてある『天ぷら』くらいは食べられるだろう。ふと窓から外を見る。遠くに山が見える。あそこが賢将王国か。楽しみになってきた。さて、腹減ったしレストランにでも行くかな。
「ねーねー、ママ、けんしょうおうこくって、どういうとこ?」
近くの席で育ちのよさそうな女子が話す。雑誌で読んだ限りでは、観光地こそ少ないが他の国々と比べても非常にレベルの高い『食』がある。また、1500年も安定していたために文化や技術が発達しており、中でも『携帯機』というものが特徴らしい。いつでもどこでも手紙が届くものだそう。にわかには信じがたいが……。あと『三冠』とかいう最強集団がいるらしい。
「美味しいものがいっぱいあるのよ。ほら、何食べたい?」
「えーっと、これ!」
微笑ましい。俺が一人でニヤニヤしていると、誰か近づいてきた。
「隣、よろしいですか?」
「ああ、はい……。えっ!?」
思わず飛び上がってしまった。赤茶色の制服、白い帽子、腕章、間違いない。隣に座ったのはあの軍事大国キルリアン王国の軍人である。やばい。飛び上がってしまったがこれ失礼じゃないか? そもそもなんで隣に? え? 詰んだ? 消される?
「ど、どうされました?」
「あ、わ、わあ」
「あ、いや、別に抹殺とかではないので」
「あ、ああ、そうなんですねー」
余計に怖い。やめてくれ。しかし、本当に何かあるわけではないようだ。席に着く。さっきの親子が変な目で見ている。あー、恥ずかし。
「賢将王国、行ったことあります?」
その軍人は何もなかったかのように話し始めた。なんなんだこいつは。
「い、いいえ」
「そうだな……あの料亭……名前なんだっけ? まあいいや。一回白米を食べてみてください。美味しいっすよ」
「白米?」
「はい! あれは驚きますよ。だって、ただ炊いただけの米が甘いんですよ? 信じられないでしょ?」
米なら何度も食べたことあるのだが……何か違うのだろうか? 味付けをしていないのか? 確かに全く想像できない。いいことを聞いた。……いやいや。軍人ぞ。なんかの暗号じゃないか? これ。
「どうしたんですか? そんなビクビクして」
「はは……軍人が近くにいることなんて、初めてですので……」
「あ、す、すみません」
軍人は手でさっと何かを隠した。隠しきれていない。拳銃だ。船になんちゅうもん持ち込んでんだよ。軍人特権か? 発砲する気? 誰に? やっぱ俺? しかし、ここで逃げるのも憚られる。相手が本当に俺を狙っているなら、人目につかないところに逃げた方が危ない。
「で、あなた、賢将王国についてどのくらい知ってますか?」
軍人は怪しい笑顔を浮かべながらこちらを見てくる。何だ? 何が言いたい? てかこいついい顔してやがる。イケメンというのもそうだが、俳優の演技みたいな表情だ。もっとも、今はリアルなのだが。
「いいえ、特には」
「そうなんですね~。じゃあ、驚きますよ」
「えぇ……」
ダメだ。意味が分からない。さっきから意味深なことしか言わない。暗号……だよな? でも伝える人間違ってますよ。俺何も分かんないですよ。
……いや、弱音を吐いてはいけない。これは彼なりのSOSかもしれない。彼の言うことをしっかり覚えておこう。
「白米が甘くて美味い。そして、何かに驚く」
「そうそう、それで」
「おいリーンティ。何してる」
上司っぽい人が現れた。この人も制服を着ている。なんというかオーラがすごい。
「ただ親睦深めてただけです」
「せめてそれどっかに置いてこい」
その人は拳銃を指さしながら言った。ごもっとも。上司はまともなのか?
「あと、そろそろ着くぞ」
「はーい。では」
「あ、ありがとうございました」
軍人二人は去っていった。あー、緊張した。外を見ると、陸地が近づいている。賢将王国はすぐそこだ。
————
「さて、どこ行くかな」
近くの看板を見る。
……
…………
………………
……………………なんも読めねえ。周囲の建物を見てみても、店っぽいものはいくつかあるが、店名は全部『賢将語』で書かれている。我々『大陸語』を使う人にとって、賢将語を覚えるのは至難の業だ。文法や字体が違いすぎる。まったく、なんて観光客に優しくない港町なんだ。仕方がない。雑誌の地図を見てがんばって探すしかない。
「お困りですか?」
「はい?」
真正面から声をかけられる。雑誌に夢中で気づいていなかった俺は変な声を出してしまった。相手は見た感じ賢将王国の人。地元民だ。
「ああ、はい。この『キョウスケ食堂』ってとこに行きたいんですけど」
「え、奇遇ですね。私もそこ行くんですよ。一緒に行きましょ」
「え、いいんですか?」
「はい! こっちです」
ラッキー。それにしても大陸語を流暢に喋る子だ。見た感じ高校生くらいの女子。見ず知らずの俺を助けてくれるとは、なんというしっかり者なのだろう。……いや、そうでもないか? 知らない大人に隙を見せれば誘拐されたっておかしくはない。お人よしというか、危機感が無いというか……。まあ俺は誘拐しないし、ここはありがたくついていこう。
「今日は何しに?」
「船の燃料補給で一日とまるので、色々見て回ろうかなと」
「そうですか。えー、なんか面白いのあるかな。……そうだ。今日近くの運動公園で闘技大会が開かれるんですよ。見に行ったらどうですか?」
闘技大会か。地元で何度か見たことがある。武闘派たちがバチバチにやり合う、武器と魔法の祭典。俺はそこまで戦いに熱狂したということはないが、観光としては悪くない。
「今回、私も出るんです!」
「そうなんですね! ……はい?」
「ん?」
「あなたが闘技大会に? 戦うんですか?」
「はい」
「あなた、何歳ですか?」
「15です」
「……ほーん」
なんか、なんだろう。思ってたんと違う。女子高生が? 闘技大会で戦う? 光景を想像できない。もしかして、俺、今すごく特別な人に案内されてる?
「つきました。『キョウスケ食堂』です!」
「ありがとうございます……」
————
「お待たせー」
案内してくれた女子は友達と思われる子の方に駆けていく。女子会か? やはり闘技大会に出るような子とは思えない……と思ったところで、俺の動きが止まった。体が動かない。なんだ、この圧倒的な威圧感は。圧倒的なオーラは。オーラの元は、一人の女子。さっきの子と話している、一人の女子。間違いない。間違いないはずなのだ。
「アノ! ヒトリ イイ?」
「うわっ! あ、はい」
店員が片言の大陸語で話していて少し緊張がほぐれた。しかし、依然としてオーラは消えない。それでも店内の客は何食わぬ顔で食事をしている。賢将王国ではこの光景は普通なのだろうか。こんなオーラいつも浴びてたら気が狂いそうだ。
『そうなんですね~。じゃあ、驚きますよ』
俺は軍人から言われた言葉を思い返していた。もしかして、このこと? 俺は店員に席を案内される。……オーラの元の近くに。全く落ち着かない。とりあえずメニューを開こう。ありがたいことに写真が載っているので、注文は問題なくできそうだ。文字は少しも読めないけど。
「すみません。この、えーと、これ一つください」
「アイヨッ!」
多分注文できた。雑誌を読み返していると、さっきの子が話しかけてきた。
「席、近いですね。何頼んだんですか?」
「これを頼みました」
俺はメニューを指さして伝える。
「『えび天定食』ですか。王道ですね」
声を出したのは、オーラの子。体が硬直する。どうしよう。すると、さっきの子がオーラの子に何か言った。ふっとオーラが消える。思わずため息をつく。
「ごめんなさい無意識なんです」
「は、はは、気にしないでください」
「私たちはいいかもしれないけど、外国の人は規格外のオーラに慣れてないんだからさ」
賢将王国からしてもあのオーラは規格外なのか。ちょっと安心。規格外のオーラに慣れる、というのはよくわからないが。
「二人とも、闘技大会に?」
「いや、私だけです」
「あんなオーラ出してたのに?」
「まあ『三冠』が、普通の大会に出たら優勝しちゃうから。出るのは王都の大会だけです」
「そうですかー……………………!?!?!?!?」
今、三冠って言ったか? 最強集団って書いてあった、あの? もっとこう、大人がやってるのかと。確かに小中学生がすさまじい魔力を持っているのは珍しいけど珍しくもないというか。というか、そんな人がここにいていいんだ。
「さ、『三冠』って、どういうことですか」
「あれ、意外と知らないんですね。キルリアンの人じゃないの?」
「ランドーです」
「あ、失礼。じゃ、知らなくても無理はないですね。私は『虹術の三冠』久城 栗華です」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
いやー、驚いた驚いた。もしかしてあの軍人、意味深だっただけで、本当のことしか言ってなかった? 暗号とかじゃなかったかも。深読みしすぎたか。
「オマタセ シマシタ。エビノ テンプラ テイショク デス」
「ありがとうございます」
相変わらず店員は片言。そこだけが俺を穏やかな気持ちにさせてくれる。白米、スープ、えび天三本とキャベツの千切り。いたって普通の定食だ。このスープは味噌汁というやつっぽい。まずは一口……絶賛するほどではないが、確かに美味い。じゃあ今度はあの軍人が絶賛してた白米。本当に何も入ってないしかかってないんだな。珍しい。ぱくっ……なにこれ、めちゃめちゃ美味い。あの軍人、本当のこと言ってたんだな。
————
せっかくだから闘技大会も見ることにした。さっきの女子……法理 調が出る大会は気になる。隣で栗華が解説してくれるらしい。正直、地元の闘技大会は何が起こっているのかよくわからなかったからありがたい。それにしても、みんな何かをいじっている。あれが携帯機というやつか? 本当に普及しているんだな。
「ほら、始まりますよ!」
栗華の声で、俺は前を見る。アナウンスが入る。栗華が翻訳してくれた。
「一回戦は、研究の鬼 法理 調と、連戦のベルセルク 宇陀 大介の戦いです! それでは、入場お願いします!」
二人が入ってくる。調はすらっとした薙刀を、大介と呼ばれた人は大きなハンマーを持っている。どちらも木製ではあるが、迫力満点だ。
「ところで、さっきの『研究の鬼』とか、『連戦のベルセルク』みたいなやつは?」
「二つ名です。自己申告です」
「自己申告なんだ」
連戦のベルセルクってつける時、恥ずかしくなかったのだろうか? 少し考える間もなく、試合開始のブザーが鳴る。
「はああああああっ!」
大介が先手必勝とばかりにハンマーを振り下ろす。調はそれをかわした。ここから反撃に出るか!
「避けたタイミングが悪い。衝撃波でバランス崩すね」
栗華の言う通り、調は少しよろけた。その隙を見逃さず、大介は容赦なくハンマーを振り上げる。薙刀の柄で防ぐ調。だいぶ後ろの方まで飛ばされてしまった。
「相手、だいぶ力強いですね」
「男子対女子だったらこうもなります。ただ、ここから逆転するのが調ちゃんです」
調はそのまま大介の方に走っていく。おいおい大丈夫か? 案の定、打ち合いになる。ハンマーと薙刀の……待て、なぜハンマーと薙刀が対等に打ち合えている? どんな技術を。
「肉体強化魔法です。基礎中の基礎ですが、極めれば普通の三倍の力も出せるんですよね」
「ただの肉体強化魔法にそんなポテンシャルが?」
「基礎をおろそかにしてちゃあダメですよ」
調が大介を少し押してきた。いいぞ、このまま! と思ったら、突然大介が姿勢を低くし、調が姿勢を崩す。大介はそのままハンマーを回し、調の背中に直撃させた。容赦ねー。
「あー! 残念」
結果は大介の勝ち。いい試合を見させてもらった。
————
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
俺は、賢将王国について全く知らなかった。今でもよくわからないことはある。でも、いい場所だ。
「次は、賢将王国を目的地にしようかな」
俺は船に戻って寝る。俺の本来の目的地は神聖国家ブランシュール。賢将王国を超える驚きを頼むぞ。




