あとがき
この文章を書こうと思った理由は、別にAIを褒めたいからでも、未来を予言したいからでもない。
単純に、AIに対して少し違和感があったからだ。
世間ではAIについて、「便利な検索ツール」とか「仕事を奪う存在」とか、そういう話が多い。
もちろん、それも一つの見方だと思う。
でも、自分がAIに求めていたものはそこではなかった。
検索すれば出てくる情報なら、自分でも調べられる。
人間一人では処理できないほど大量の情報を集めて、そこから関係性を見つけて、考えを広げる。
そういう部分に価値があると思った。
たぶん、人間に同じことを求める人はいない。
一人の人間が全ての分野の知識を持って、全ての視点から考えることなんて不可能だからだ。
でもAIなら、それを期待できる。
だからこそ、ただそれっぽい答えを返されると物足りなく感じる。
欲しいのは答えそのものじゃなくて、自分一人では届かなかった場所を見るための視点だからだ。
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ただ、考えていくうちに、これはAIの話だけではないと思った。
AIがどれだけ進化するかという話をしているようで、実際には人間が何を求めているのかという話だった。
人間は昔から、自分の限界を超えるために道具を作ってきた。
文字で記憶を拡張して、機械で身体能力を拡張して、コンピュータで計算能力を拡張した。
ならばAIは、思考を拡張するための道具なのかもしれない。
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もちろん、AIは万能ではない。
間違えることもあるし、人間と同じ経験をしているわけでもない。
だから、AIに全てを任せればいいという話ではない。
むしろAIが高度になるほど、人間側の判断は重要になると思う。
何を聞くのか。
何を信じるのか。
何を価値あるものとするのか。
そこには人間が残る。
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結局、AIについて考えることは、人間について考えることだった。
知識が多いことが知性なのか。
計算が速いことが知性なのか。
それとも、問いを作り、意味を見つけることが知性なのか。
まだ答えは分からない。
でも、AIという存在によって、その問いを考える機会が生まれたこと自体に価値があると思う。
AIは人間の代わりになるものではなく、人間が自分自身を見るための新しい鏡なのかもしれない。
この先AIがどこまで進化するのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、重要なのはAIが何をできるようになるかだけではなく、人間がAIを使って何を考えるかだということだ。




