悪のおばあちゃんと正義のババァ
清谷花恵は81歳、世界征服を企んでいる。
「おはようございます、花恵おばあさん」
今朝も登校途中の小学生たちが花恵に挨拶をして通る。
花恵は小綺麗な豪邸の前で、花壇の花に水をやりながら、にっこり笑顔を見せた。
「おはよぉ〜。みんな、車に気をつけて学校へ行くんだよ」
小学生たちは皆、花恵おばあちゃんのことが好きだ。笑顔がやわらかくて、声の優しい彼女のことを、誰もが自分のほんとうの祖母みたいに思っていた。
まさかおばあちゃんが育てている花壇の植物が、人類を滅亡させるための毒物兵器の材料だなんて、誰も思っていなかった。
原木乃は80歳、ゴミ屋敷に独り住んでいる。
キノは誰もから『ババァ』と呼ばれていた。
彼女がゴミ屋敷の前でヤンキー座りをし、タバコをふかしていると、小学生たちが顔をしかめて通っていく。
「うわっ、くっせ!」
「ババァの前、通りたくねー!」
「相変わらずきったねーババァ!」
キノはタバコの煙を吹きかけながら、悪態をつく。
「ガキども、嫌ならウチの前を通るんじゃないぞ! 早よ学校行け! 遅れんぞ!」
誰もが原ババァのことが嫌いだった。誰も笑顔を見たことがなくて、厳しく刻まれたシワが鬼ババみたいだと思っていた。
まさかこのババァが超人的なパワーをもった正義のヒロインだなんて、一人として思うことはなかった。
「ホホホホホ……。もうすぐ毒兵器『ウラヌス』が完成するわ」
花恵おばあちゃんはかわいいリビングルームで、隣に寄り添う愛犬シェパードの頭を撫でながら、柔和な笑顔を浮かべた。
「これが完成したら、世界中にばらまいて、人類を滅亡させるの。だって人間は地球の害虫なんですもの」
シェパード犬が愛情たっぷりの視線をおばあちゃんに向ける。犬も花恵さんのことが大好きだった。
「そうはさせんぞいっ」
窓ガラスを突き破って、原ババァが侵入してきた。
「清谷花恵! テメーの野望はこの原木乃が打ち砕くっ!」
「あらまぁ、原さんとこのキノさんじゃないの」
花恵さんはあくまで物腰のやわらかさを崩さない。
「まだあの世に逝ってらっしゃらなかったのね? 木乃伊みたいなお名前ですのに。ホホホ」
「ヒヒヒ。テメーこそよくその歳まで化けの皮剥がされずに生きてこられたもんだね」
「ところで住居不法侵入ですわよ? セキュリティーの方がすぐにやって来ますわ」
「来させてみろよ。どっちが正義かを見てもらおうぜ」
「見ていただくまでもありませんわ、ウフフ。だってみんな私のことが大好きで、あなたのことが大嫌いなんですもの」
花恵さんの言葉にキノは思い出した。
自分は汚らしい糞ババァのレッテルを貼られている。世界中のみんなが優しい花恵おばあちゃんの味方だということを。
「誰もわかってくれなくていいさ」
原ババァがポーズを決め、技を繰り出す。
「あたしさえテメーが悪だと知ってれば、それでいい。いくよっ! 術式展開! 金色疋殺地蔵!」
ババァの背後に巨大な禍々しき芋虫の身体をもつ赤ん坊のようなものが出現し、ギャアァと泣いた。
「パクリですわね」
花恵おばあちゃんが鼻で嗤う。
「その赤ん坊が泣くと、広範囲に渡って毒を撒き散らすという技なのかしらねぇ〜? ごめんなさいねぇ〜、私、あらゆる毒に対して免疫があるんですのよ〜」
言葉の通り、花恵さんは平気で立っている。
駆けつけたセキュリティーのひとたちが毒に悶え苦しみはじめた。
原ババァは腰に用意していた抗体を光速で注射すると、彼らを安全な場所まで抱えて移動し、すぐにまた部屋へ戻ってきた。
「あら、ご苦労さま」
にこっとやわらかく笑うと、花恵おばあちゃんが技を繰り出した。
「今度はこちらの番ですよ〜? この攻撃を召し上がって果たして平気でいられるかしら」
おばあちゃんの背中から、色とりどりの花が、ぽんと咲いた。
やわらかな色の花弁に囲まれたその中心が火を吹いた。ババァめがけて千六百発の弾丸が撃ち込まれる。
「なんの!」
ババァは千六百発の弾丸すべてを指で掴むと、花恵おばあちゃんに向けて撃ち返した。
「自分の放った技であの世へお逝き!」
「私、亡くなった主人と約束したんですよ〜」
花恵おばあちゃんを守ってシェパード犬が立ち塞がる。
「絶対に人類を滅亡させるって」
弾丸はすべてシェパードが盾となってその身に受けた。
原ババァが叫ぶ。
「犬ーーーッ!」
「うふふ……。たかが犬じゃないの」
ババァは時間を戻した。
千六百発の弾丸が自分に襲いかかるところまで。
それをすべて指で摘み取ると、部屋の隅に置いてあったゴミ箱の中へ捨てた。
シェパード犬がババァを威嚇して唸る。ババァに対する嫌悪がその表情に浮かんでいる。
「そろそろシチューが煮えた頃ね」
花恵おばあちゃんが編み物をしていた手を止め、テーブルの上に置いた。
「よっ……こらしょ」
辛そうに腰に手を当てながら立ち上がると、台所でぐつぐつ音を立てていたビーフシチューが瘴気を放った。
鍋の中から現れた無数の毒手が壁じゅうを伝い、原ババァを取り囲む。
「あたしを誰だと思っている?」
ババァは懐から何枚もお札を取り出すと、周囲にばら撒いた。
「この原木乃、老いて足腰は弱っても術は衰えちゃいないよ!」
お札はすべて光輝くいったんもめんに変わり、毒手を浄化して消えた。
「ふふふ……。そういえばあなた、若い頃は千騎の悪魔軍団と一人で闘って討ち滅ぼしてたわね」
「フン! そんなもの、今でもあたし一人いればじゅうぶんさ」
「私だって千の天使の軍団を一人で滅ぼしたし、若い頃は美人といわれてもてはやされましたのよ」
「知ってるさ。器量のよさであたしの百万倍人気がありよったよな」
「とりあえず人類は滅ぼしますよ。邪魔しないでね? 人類は地球の癌なんですから」
「させん! このあたしがいる限り、キサマの好きにはさせんぞいっ!」
そこへ窓の外を下校途中の小学生たちが通りかかった。
「あーーっ!」
「ババァがまたおばあちゃんのこと、いじめてるー!」
「警察呼ぼう! 警察!」
「チッ……」
原ババァは鬼のような顔を歪めて舌打ちをした。
「どうやらまた勝負はおあずけのようだね」
「えぇ……。残念ですわね」
おばあちゃんは被害者面をして窓の外に叫んだ。
「助けて! ババァが私をいじめるの!」
シェパード犬が激しく吠え、ババァは仕方なく引き上げるしかなかった。
ゴミ屋敷に戻ると玄関の扉にたくさんの貼り紙がされていた。
『ババァ! はよタヒね!』
『おばあちゃんをいじめるな!』
『なんで優しいおばあちゃんに暴力をふるうんだ!』
『泥棒! 金返せ!』
家に入ると窓ガラスに外から石が投げつけられた。
次々と小学生や大人たちが投げつける石に、防弾窓ガラスはびくともしない。ババァも慣れていて、その心は傷つかなかった。
「花恵おばあちゃんめ……」
憎悪を剥き出しにした悪魔のような顔で、原ババァは呟いた。
「のうのうと年金でいい暮らししやがって……。きちんと税金も払いやがって……。いつかテメーの本性を白日の下にさらしてやる!」
原ババァは若い頃から無職であり、借金まみれであった。
今日も借金取りがやってきた。
「オラァ! 借りたもんはきっちり返せや、ババァ!」
ドアを叩く借金取りに、ババァは居留守を使った。




