01-02:ダム
──キーンコーンカーンコーン♪
うー……頭叩かれたせいで、髪ほつれた……。
せっかく眉上でパッツンパッツン揃えた前髪に、微妙な乱れが……。
ブラシ、ブラシ……と。
スマホの自撮りモードでチェックしながら整え……。
……よし、リカバリー完了。
きょうもパッツン前髪と、くっきり太眉がKAWAII。
やっぱり前髪は長すぎず短すぎずが一番の美!
あくまで一個人の感想、だけれど。
そんなあたしが気になってしまっているのは、こともあろうに前髪激長女子の蔭山さん。
両目が完全に見えないほどの超ロング前髪、それって二次元のみ許されるヘアースタイルでしょ!
あんたは乙女ゲーの目見せない系主人公か!
ああああ……やっぱり気になる気になる!
その前髪の奥にある瞳が!
あ……武市が蔭山さんの席へ──。
「ねえねえ倫、ちょっといい?」
「……はい。なんでしょう?」
「うち倫のことで、ずっと気になってるとこあって~」
武市萌々。
ニックネーム、たけちー。
中肉中背の、人懐っこい癒し系女子。
癒しキャラな半面、普通なら聞きづらいことも悪気なく聞いちゃうところあり。
いよいよ武市も、蔭山さんの前髪気になったか~。
「……鞄のそのアクキー、『背信の宮廷女官』の摺扇だよねっ?」
「あ、はい。もしかして武市さんもファンでした?」
「先週沼ったばかりのド新規だけどね~」
「わぁ、ご新規さん大歓迎です! あのドラマ、すっごく面白いのに見てる人少なくて! だから、同志が話し掛けてくれるかも……って、このアクキーつけてました。アハッ♪」
違ったー!
前髪の話題違ったー!
なんか海外ドラマの話してるっ!
っていうかこのクラス、蔭山さんの異常な前髪の長さに疑問持つ奴、あたし以外いないのなぜっ!?
どうしてみんな、蔭山さんの前髪スルーして日常トークできるのっ!?
「じゃあ倫、お昼休みに『背宮』トークお願いできるぅ? 伏線とか教えて!」
「いいですよ。なんなら、いますぐにでも!」
「ごめんっ! うち、いまからおトイレなん!」
「アハハッ、はい。ではお昼休みに」
──はっ!?
武市が慌ててトイレ行った。
女子のトイレタイム……それは身だしなみの一環。
蔭山さんもきっと、例外ではなく──。
トイレへ行った際に、手洗い場にある鏡で前髪を整えるはず!
つまり……蔭山さんと連れションすれば、髪の奥に隠れてる目を見れる可能性大っ!
よーっし!
蔭山さんがトイレ離脱する瞬間を狙って、連れションするっ!
あたしもいまちょっと尿意あるけど……ここは備蓄っ!
──キーンコーンカーンコーン♪
2時限目、終了。
蔭山さんに動きなし。
こっちはもう準備万端。
朝おかわりした味噌汁の水分が、地味に効いてきてる。
──キーンコーンカーンコーン♪
3時限目、終了。
蔭山さんに席を立つ気配なし。
なんかノート見て復習っぽいことしてる。
一方のこちらは……ヤバめ。
キャパ限界。
全席完売。
けれどここで席を立っては、蔭山さんに連れションする理由が──。
──キーンコーンカーンコーン♪
4時限目終了、昼休み……。
……………………。
……頑張った。
頑張った、あたし……限界を超えて。
だから自分を責めまい、むしろ誇ろう。
少しくらいの決壊がなんだ……って、ぐすん。
そしていまさら気づいたけれど、本当に溜め込まず、エアおしっこでよかったんじゃないかと──。