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第四話 ダンジョン急行

アビスダンジョンは、薄暗いだけでなく、足元の粘液と腐敗臭が響の鼻腔を常に刺激していた。死屍累々の冒険者たちを踏み越えるように、響とバルトは最深部へと歩みを進める。バルトは傷ついた腕を抱え、半泣きになりながら響の後ろを歩いていた。彼の心の声は、恐怖と『早くここから出たい』という悲鳴で満ちている。


「この先は、オークの群れが巣食う区画だ。奴らは力任せだが、数が多いと厄介だぞ……それに、隠れてるゴブリン・スナイパーもいるから、警戒しないと……」


バルトが震える声で情報を伝え終わるか否か。響はすでに歩みを止めていた。


「無駄だ。進め」


響は無表情に言い放ち、バルトを置き去りにするように通路の奥へ踏み出した。彼女の視線はすでに、薄闇に潜む十数体のオークと、岩陰に隠れた数体のゴブリン・スナイパーを捉えていた。奴らの心の声は、まるで獲物を見つけた飢えた獣のように、『人間だ、殺せ!』『肉を裂け!』と響の脳に直接響いてくる。


『喰欲』と『殺意』、そして僅かな『油断』。それらの感情が、響の体内で瞬時にエネルギーへと変換されていく。彼女の瞳が、血のように赤く輝いた。


「煩い」


響は、苛立ちを覚えるほど単純な彼らの心の声に、静かに、しかし明確な殺意を込めて呟いた。その言葉が、目に見えない衝撃となってダンジョン全体に響き渡る。次の瞬間、オークもゴブリンも、その全身の動きがピタリと止まった。彼らの心の声は、『な、なんだ!?』『体が動かない!?』という純粋な『困惑』と『恐怖』に満ちている。


「消滅」


響は、再び冷酷に言い放った。彼女の放った『言霊』は、無数の透明な刃となってオークやゴブリンの体を貫き、一瞬にして光の塵へと変えた。血しぶきすら上がらない、あまりにも一方的で無慈悲な殲滅。通路は瞬く間に静寂を取り戻し、瘴気すらも薄らいでいく。


「な……な、なんだ、今の力は……!?」


バルトは、あまりの出来事に言葉を失い、震える声で尋ねた。彼の心の声は、『まるで神の力だ』『悪夢だ』という、純粋な驚愕と恐怖で満たされている。その感情すら、響の体内で微かなエネルギーとして循環する。


「これは、お前の言葉を、現実にする力だ」


響は、バルトに背を向けたまま淡々と説明した。彼女にとって、それはもはや驚くべきことではない。ただ、目の前の現象を事実として受け入れ、使いこなすだけだ。


響とバルトは、オークの群れがいた通路を過ぎ、さらに奥へと進んだ。ダンジョンは複雑な構造をしており、幾度となく分岐路が現れる。バルトは、その度に迷いながら進路を示そうとするが、響は一度も立ち止まらなかった。


『こっちの道は、罠が多いんだ……迂回した方が……』


『いや、この道は前に進んだことない……危ないかも……』


バルトの心の声は、常に『躊躇』と『不安』で満ちている。しかし、響はそれらのノイズを無視し、自身の直感と、ダンジョンから流れ込む微細な『力の流れ』に従って、迷いなく進んでいく。


「……迂回は無駄。時間の無駄だ」


響が呟くと、バルトが示そうとした壁に、突如として隠された落とし穴が出現した。響は、事前にそれを察知し、何事もなくその上を飛び越えて進む。バルトは、口をあんぐり開けてその場に立ち尽くしていた。響には、ダンジョンの構造そのものが、まるで透過されたかのように見えているのだ。隠された通路、仕掛けられた罠、魔物の配置。全てが彼女の脳内では、明瞭なデータとして処理されている。


さらに進むと、巨大な水路に突き当たった。水流は激しく、対岸に渡るには、朽ちかけた吊り橋しかなかった。


『この橋は、いつ崩れてもおかしくない……飛び移るしかないのか?でも、俺には無理だ……』


バルトの『恐怖』と『諦め』が、響の体内に吸い込まれる。響は、橋の真ん中に立つと、水流の底から聞こえる水の音に耳を傾けた。


「……止まれ」


響が静かに言葉を放つと、激しかった水流が、まるで時間が止まったかのように、ぴたりと静止した。水面は鏡のように穏やかになり、底に沈んだ岩肌がはっきりと見える。


バルトは、またしても呆然としていた。彼の『理解不能』という心の声が響のノイズとなる。響は、水が止まったことで露出した岩の足場を軽やかに踏みしめ、難なく対岸へと渡り切った。


「来い」


響に促され、バルトは恐る恐る静止した水面を渡った。彼の足元が濡れることはなかった。


ダンジョンは、響にとって、もはや危険な場所ではなかった。それは、彼女の新しい「力」を試すための、巨大な訓練場であり、そして、ノイズを糧とするための、無限の資源庫だった。響は、自身の能力が、ただ魔物を倒すだけでなく、環境そのものすら操れることに気づき始めていた。


『こんな力、聞いたことがない……本当に人間なのか……?まるで、ダンジョンの意志そのものに……』


バルトの心の声は、恐怖から、やがて畏怖へと変わっていった。彼は、響の後ろを歩きながら、まるで神話の存在に付き従うかのように、静かに見守っていた。響は、彼の心の声の変遷を楽しんでいた。感情が力になる。これは、彼女の人生で初めて見つけた、「面白い」ゲームだった。そして、このゲームは、まだ始まったばかりだ。


どれほどの時間進んだだろうか。ダンジョンの壁が、徐々に滑らかな石造りに変化していく。そして、遠くから、何か巨大なものが動くような、地響きが聞こえてきた。それは、ダンジョンの奥底から響く、巨大な生命の鼓動のようだった。


「……この先のフロアだ。きっと、ボスがいる。最深部だ……」


バルトが、震える声で言った。彼の心の声には、『これ以上は無理だ』という強い拒否反応と、『死』への確実な予感が混じっている。しかし、響は、その拒否反応を、まるで次の獲物を見つけたかのように、静かに受け止めていた。バルトの恐怖が、響の体内で高鳴り、次の力を生み出す準備を始める。

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