第5話 罪なき誤解
凛は黙って彼女の話の続きを聞いていた。
ある時、いつものように、沙織たちのグループが女子トイレで日和をいじめていると、彼女の中にとてつもない罪悪感が沸いてきたのだそうだ。
彼女にもグループから仲間外れにされ、いじめられるという悲しい過去の経験があったようだ。
沙織の今の強気な性格はそんな自分の弱さを少しでも隠したいという心理に起因している。
彼女は思わず全身がずぶ濡れの状態で肩を震わせている日和の手を掴んで彼女を立たせた。
「はぁ?、沙織。あんた、どういうつもり。自分からいじめを首謀した癖に良くいまさらそんな行動ができるわね。あんたのことも私がいじめてあげる。」
そう言うなり、真美は沙織の顔面に向かって、バケツを投げつけた。
先ほどまで日和に水をかけるために用意していたものである。
それは沙織の胸の辺りを通り過ぎて床に転がった。
「真美、危ないじゃない。そんなにあたしのことが気に食わないわけ。それは良いけど限度ってものがあるのよ。」
沙織は足元に転がったバケツを真美の顔面に向かって投げつけた。
真美がそれを避けると、それは丁度彼女の後ろに背中を丸めて座っている日和の方角に向かっていく。彼女が悲鳴を上げる。幸い、日和の身体にバケツが直撃することはなかった。
だが、その時、トイレのドアが開いて、すごい剣幕をしたクラスメートが入ってきた。水野真美である。
「あなたたち、何をやってるの?5人で弱い者いじめなんて最低ね。自分たちの行為を少しでもおかしいと思わなかったの?なんて幼稚なのかしら。」
「その、ごめ...」
そう言いかけた沙織を遮って真美が口を挟んだ。
「私たちは止めようとしたわよ、沙織、るな、ありさの3人が日和ちゃんをいじめてるのを見て注意してたところなの。けど、沙織にバケツ投げられちゃって...何も言えなくなっちゃった。ごめんね。水野さん、私が、もっと、強い人間だったら...」
真美のはさっきまでと打って変わっていつもながらの塩らしい表情で答える。
「あんたね、私はそんなことして...」
「じゃあ、このバケツ投げたのは誰かなぁ、みんな?」
真美の問いに侑李だけでなくありさも手をあげる。
「何が真実だかわからないけど、バケツを投げたのはあなたみたいね、金子さん。弱い者いじめをするような人は私のクラスには必要ないわ。」、真理は淡々と言った。
これが、いじめが発覚した真相であるそうだ。
凛は最初、耳を疑った。普段の真美はとても素直で良い子で、とても人を傷つけるような行動を取るようなタイプではないように思えたからだ。
目の前の沙織が嘘をついているという可能性も否定できない。
いやいや、と心の中で首を振る。
教師たるもの、生徒のことを信じられなくてどうするのだ。