第38話 インクルーシブ教育
「今日先生方に集まって貰ったのは他でもない。1年3組の中村裕太君のように特別な支援を必要とする生徒への対策が急務です。既に特別支援教室で学んでいる生徒については心配していませんが、問題は彼のように障害の特性があっても通常学級にいる生徒です。特に発達障害は放置しておくと二次的な障害を引き起こすことが多い。」
発達障害とは生まれつきの脳機能の発達の偏りによって、思考や行動、コミュニケーションなどに特徴が現れる状態のことである。自閉スペクトラム障害(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などが代表的な発達障害である。
「どのクラスにも、特別な配慮を必要とする生徒は7、8人にいるというのが私の実感です。その中で特別支援教室に行っている生徒は4人か5人。つまり、それ以外は通常の学級に残ることになる。更に、グレーゾーンの生徒の存在も無視できません。」
発達障害グレーゾーンとは、発達障害の診断基準を完全に満たさないものの、発達障害の特性が見られる状態を指す通称である。これは正式な病名ではなく、あくまで「傾向がある」状態を表す言葉なのだ。
「しかし、立花校長、お言葉ですが、私も含め先生方は通常学級の生徒を見るだけで手一杯かと思われます。」
1年2組担当教師丸山望の言葉に多くの教員が一斉に頷く。
「大事なのはその観点です。既に特別支援教育に行っている子は心配ありませんが、特別支援教室に行っていない何らかの障害を持っている生徒にも仏の生徒と同じ学びの場を提供するのです。理想を言えば、クラスの中のどのような子も同じ空間で学び、互いに尊重しあえる場所を作ることが望ましい。すなわち、インクルーシブ教育の考え方が大事なのです。自分の教え子の生徒は誰1人取り残してはいけません。それが例え殺人者の子どもであっても。」
inclusiveという言葉には、「包括的な」「包み込む」という意味がある。
立花の熱烈な演説に教員たちが圧倒される。
会議が終わると、凛は個別に彼女から呼び出された。
「それで、あのあと、中村裕太君の件に関して進展はありましたか?」
「いえ、毎日家庭には伺っているのですが...」
「玄関のドアを開けてくれないのですか?」
「はい...」
「まあそうでしょうね。あのおバカな親のことだもの。けど、このままじゃ裕太君の将来が危なくなるかもしれない。私が、直々にお宅に伺ってみることにするわ。」
「はい。ありがとうございます。」
凛は深々と頭を下げた。