第30話 諸刃の剣
「ったく。あなたのような親がいると、格式ある本校の秩序が乱れます。今後、このような電話をしてくれば、即座に警察に訴えますよ。」
今泉宗太郎は、毅然とした態度で保護者対応を終えた。
彼は、この浜森中学校を伝統と格式ある学校だと評し、過去からの歴史を大切にしている。その秩序を乱されるのが、彼の最も嫌悪することである。
「今泉校長ったら、相変わらずなんだから...」
教頭の立花直子が小声で呟く。
彼女は、伝統と格式にはあまり拘らないたちであり、時代の変化に応じて学校を変えていきたいタイプである
保守派の今泉校長と革新派の立花教頭、彼らは犬猿の仲である。
性別だけでなく、性格、価値観、考え方など、すべてにおいて対照的である。
今は校長が平泉なので、学校政策は保守の方面に傾いていた。
立花としては早く出世して校長になり、浜森中学校を1から改革したいのが本音であった。
「今泉という校長がいる限り、この学校に未来はない。あいつなんか交通事故にでもあえば良いのに...」と立花は思った。
一方、今泉の方は、「待ってろよ、立花。少しでもボロが出たらそれを理由にこの学校を追放してやるからな。」と思っていた。
中学校の伝統を守りたいか、新しい改革を行いたいかで、教師たちの派閥は今泉派と立花派に二極化していた。
けれど、それは考え方の見の話であり、2人とも教員たちからは好かれてはいなかった。
というのも、彼らの人間性があまり褒められたものではなかったから。
校長、教頭、という立派な肩書を名乗れるようになってから、まるで一国の王になったかのように偉そうに振舞い、教員たちを労働の道具であるかのように酷使した。
時代は、間違いなく新たなリーダーを求めている。
全く、嘆かわしい限りである。自分で物事を決断できるリーダーシップ、それが彼らを校長や教頭のような管理職に導いた。
けれども、その独断で物事を決めて、決断する彼らの癖が多くの教員から反感を得る形になったのだ。
逆説的ではあるけれど、これはなべぶた式組織の宿命でもある。権力を持って自分がさぞかし偉いかのように勘違いした者はやがてその権威に溺れ、権力を暴走させたあとに自滅する。
学校は、非常に狭い村社会である。この世界の常識は、いわば世間の非常識。
大学の教育学部で教職を取得して、そのまま現場に出れば、他の広い世界を知らない可能性が高い。
これが、「教員は社会を知らない」と言われる所以である。