第29話 モンスター・ペアレント
凛には、最近気がかりなことがある。
どことなく、小林侑李の様子がおかしいような気がするのだ。
彼女が教師にたてつくのはいつもながらのことである。
しかし、今の彼女は何かに怯え、強烈な不安を内に秘めているように見えるのだ。
凛の悪い予感は、見事に的中していた。
父は、侑李のテストの成績を見ると、彼女に暴行を加え始めるようになったのだ。
今までは、侑李に直接手を出すのは母親だけで、父親は、母親に対してのみDVを行っていた。
それが父親からも被害を被るようになれば、彼女が心に深い傷を負うのは当然だった。
小林侑李は、普段の人を見透かしたような態度から大人びている印象を周囲に与えることも多いが、何といってもまだ中学1年生の幼い少女なのだ。
運命は、時として残酷だ。同じ世に生まれても、親から十分な愛を受けて育つ者とそうでない者がいる。
「それはあまりにも不平等だ」と侑李はこの頃感じている。
無力な自分は、父親にただ屈することしかできないから...
どんなにひどい仕打ちをされようと、黙って受け入れるしかない。
それはまさに、蛇に噛まれた蛙と形容するにふさわしい。
学校では、園崎凛が一通りの仕事を終えたところであった。職員室を出ようとした時、一通の電話がかかってきた。
彼女はたまたま受話器に近い位置にいたので、それを取って応答した。
「もしもし。私、浜森中学校の園崎凛と申しますけれども...」
電話の向こう側から、低い男性の声が聞こえた。
「ああ、あんたが」
「あの、どちら様でございましょうか?」
「俺だよ、俺。ほら、小林侑李の父親。」
「失礼いたしました。小林侑李様のお父様でいらっしゃいましたか。あの、ご用件の方は...」
凛は冷静に受け答えをしながら、「俺だよ、俺。って、オレオレ詐欺じゃないんだから。」と心の中で突っ込みを入れた。
「要件も何もねーよ。娘の成績が酷いんだよ。うちの子をどうしてくれるんだ?」
「その節は大変申し訳ございません。私の力不足で...」
「あんたの話なんて聞いてねーよ。悪いのはこの学校。浜森の設備が悪いから侑李があんな酷い点数になるんだ。平の教員じゃなくて、管理職を呼び出せや。校長でも教頭でも良いから。」
「そうおっしゃられましても」
「良いから早くしろよ。あんたの声はもううんざりなんだよ。」
「承知いたしました。今、及び致しますね。」
凛は、本校の校長である今泉宗太郎に声をかけに言った。
モンスター・ペアレント。今では誰もが知っている存在。彼らは現在も多くの教員の頭を悩ませているのだ。