第23話 少女の葛藤
浅野真美の心は、ある種の葛藤を覚えていた。何のことはない。
金子沙織たちに対する嫌悪感と道徳心が鬩ぎあっている。
真美は、田辺日和が嫌いだった。挙動不審で、自信がなくて、引っ込み思案な性格が。
そんなになよなよしないで、もっと自信を持てば良いのに、といつも思っていた。
多少のどもりなんて気にすることはない。少なくとも真美自身は気にしたことがない。そんなことよりも自信の無さを前面に出すそのネガティブさが嫌いだったのだ。そして、ネガティブで自信も無い癖に、他人の欠点を指摘してくる傲慢さ。これが余計に真美を苛立たせた。だからこそ、沙織が彼女をいじめようと言い出した時にはすぐに賛成した。金子沙織も鼻につく女だとは思っていたが、まずは田辺日和から潰せれば都合が良いと思い、彼女に協力した。
なのに、自分がいじめてた相手と仲良くなるなんて!どういうつもり?許せない!
それに、前トイレでバケツを投げつけられたし...
何て暴力的な女なんだろう。
侑李の言ったように、あの女も大切にしているものの1つか2つくらいは学校に持ってきているだろう。それを奪えば、彼女を精神的に痛めつけることができる。けど、と首を横に振る。
「それって立派な犯罪行為なんじゃ」という考えが頭をよぎる。
そして、侑李に万引きを止められたことを思い出した。もしあの時侑李がいなければ、私は万引きを完遂し、そして犯罪者としての人生を歩みはじめていたかもしれない...
そう考えるとぞっとした。浅野真美は人が見ていないところでは反社会的な行動を取ることも多いけれど、社会的な良識は弁えているのだ。
そう考えると、世の犯罪者たちは一概に悪人とは言えないのかもしれない。例え善行を何回行ったとしても、1回重大犯罪を起こしてしまえば、犯罪者としてのイメージが払拭されなくなってしまう。これは良く考えると残酷なことである。
沙織への嫌悪感と社会的な良識、これらの2つの概念を天秤にかけた時、真美の心に迷いが生じた。
沙織をいじめて地獄に突き落とせれば腹の虫が収まる代わりに、犯罪者としてのレッテルを貼られるかもしれない。逆に、社会的な良識を選択すれば今まで通りの安定した人生が歩める代わりに、沙織という人間を目の前にする度に永遠に苛立つことになるだろう。
真美の心は1日中葛藤を繰り返したが、永遠に結論は出なかった。そして、自分の考えを頭の中で反芻するプロセスに、苦痛を覚え始めていた。