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中学教師園崎凛  作者: finalphase
第1章 中学1年生1学期編
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第16話 反抗には2種類ある

反抗には、2種類ある。これが山川裕也というサッカー少年にとっての哲学である。


どういうことか説明しよう。


反抗...この言葉は辞書的な意味で言うなら、「服従しようとせず、はむかうこと」と定義される。


誰かに服従しないということは、自分の中にある種の信念を持っていると解釈することもできよう。


信念がなければ、言われたことにただ従うだけで、反抗する必要などないのだから。


彼が考える反抗は大きく分けて以下の2つだ。


まず1つ。これは自分が嫌いな者に歯向かおうとする一般的な反抗の態度。


もう1つは自分が尊敬している人に対し、自分の想いを全力でぶつける信念を貫いた反抗。


前者は無意味だが、後者は自分を成長させてくれる。裕也はそう思っている。


それゆえ、尊敬するサッカー部の顧問である後藤敦のアドバイスでも、いや、尊敬する大人のアドバイスだからこそ納得できなければ真正面から反発する。


サッカーは自分で考えて行動する競技だ。


人のアドバイスを何も考えずに鵜呑みにするだけでは、上達はできない。


この心理こそが彼を有望たるサッカー少年に仕立て上げた中心部である。


これだけ1つのことに熱中し、仲間を思いやり、強い信念を持っている彼がなぜ勉強ができないのか、いや、やろうとしないのか。


その答えは実に簡単である。やはり勉強はどうしても面白いと思えないのだ。いや、正直に言えばこの世で一番つまらないもののようにすら思える。


なぜ、勉強をしなければならないのか。彼は小学生の頃からこの根源的な問いに悩まされてきた。


そんな少年の真剣な問いに、世の大人たちは真正面から向き合おうとはしてくれなかった。


「そんなこといってないでやれ」だとか「将来の役に立つから」とか抽象的な理由しか返ってこない。前者はそもそも答えになっていないし、後者は「勉強が将来の役に立たないならやらなくても良い」とも言えてしまうではないか。


しかも、「将来の役に立つ」というのが受験だとか就職だとか、人生のターニングポイントを通過するための手段だと、大人は言う。


けれどそれは、そこを通過する必要がないなら、勉強をする必要がないことを意味しないだろうか。


その点を明確かつ論理的に答えてくれた大人には、今まで会ったことがない。


そのうちこの問いを聞くこと自体を諦めるようになっていた。


だが、今の自分が、決してこのままで良いと思っているわけではない。


中学生になった今なら、大人もこの根源的な問いに真正面から対峙してくれるのではないだろうか。


裕也は、長年の疑問を教師に対して真剣にぶつけようと覚悟を決めた。

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