第129話 優等生カップルの悩み!
水野真理と九条慶翔は、休暇中も理想のカップルたるデートを重ねていた。
彼等は、1年3組というクラスの中で極めて優秀な生徒だ。
勉強、運動、音楽などあらゆる分野で力を発揮する完全無欠の生徒だし、友達も多く、教師にも一目置かれている。
けれど、完全無欠であることが人生に必ずしも幸福と呼べる要素を齎すとは限らない。
通常、個々の人間には得意な分野と、苦手な分野があり、苦手な分野がある人間はそれをどうにかして克服しようとハングリー精神とでも言うべき力を発揮する。
例えば、コミュニケーションが苦手な人間が、例えば芸術分野において力を発揮するというように。
勉強は苦手だが運動は得意だというモチベーションで自己肯定感の高さを保っている人間は、クラスにも一定数存在する。
初期の頃の山川裕也や植松博がそれに当たる。
まさに、水野真理という人間はこの点に悩みを抱えていた。
自分が万能な人間だと周囲に認識されてしまっていることも、彼女の悩みだが、それと同様に極端に苦手なことがないのも彼女の悩みだ。彼女はある日、彼氏である慶翔にこんなことを言った。
「私ね、最近思うんだ。私って、多分、周りから見たら極端に苦手なことが無いんだと思う。だから、コンプレックスを持ったりとか、悔しい思いをしたことが無いの。けど、人生の中で大物になる人間って、そういう物を持ってる人なんだと思う。私は、平凡な人生を送るのが怖い。贅沢な悩みなんだろうけど。世の中には勉強とか運動が人よりできない人もいるんだし...」
「そんなことないさ。真理は今だって立派に悩んでるじゃないか。それに、真理は必ず将来大物になるよ。俺が保証しても良い。」
「ぷっ。何を根拠にそんなこと言ってるのよ?」
「特別な根拠はないさ。俺の勘。」
「勘なんだ...」
2人は顔を見合わせて笑い合った。手を繋いで慶翔と歩いていると、心が落ち着く。それはクラスの中で孤独に気を遣っている優等生としての真理ではなく、素直な1人の女子中学生としての真理だ。
「将来の夢か。色んな選択肢があるわよね。私もそろそろ考えなきゃね。」
彼女は心の中で呟いた。慶翔が真理の手を握る力を少し強めたので、彼女は少し驚いた。
「大丈夫さ、真理なら。例え、どんなことがあっても。いつまでも幸せでいよう。俺たちにはそれができる。」
彼の静かな言葉に、彼女は黙って頷いた。外には雪が舞い、冬ならではの冷たい風が吹き抜けていた。けれども、それは彼等にとって爽やかに、そして心地良く感じられた。