9. リックの大盾
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岩山の頂上で不敵な笑みを浮かべたリーダーのザザンは顔を引っ込めた。
おそらく、逃げるのだろう。すぐに捕まえたいリックだったが、さすがに断崖絶壁を登れるほどの脚力があったとしても面倒である。
「……、試してみるか」
リックはそう呟いて、高出力スラスターと足から風魔法を噴出する魔道具を起動させる。ついでに風魔法も行使し、意を決して跳躍するとともに出力を上げて飛んだ。
初めての飛行。初めて操作。なにも起きないはずがなく。
操作を誤ったリックは、断崖に叩きつけられ、岩を削りながら頂上に到達した。
「ずいぶんと派手な登場だな。冒険者」
「今日が初めてのフライトでな。大目に見てくれ」
リックは風魔法を纏いながら頂上に着陸した。
「なあ、見逃してくれねぇか? 金はここにあるやつぜんぶやる。どうだ?」
「いいな、それ。ついでにお前にかけられた賞金も貰いたいところだな」
「欲張りな冒険者だな。んじゃ、交渉決裂、っていいか、なッ!」
ザザンは、一気に距離を詰め、マチェットでリックに斬りかかる。
リックは大盾でその攻撃を防ぐ。片手剣を抜刀するが、ザザンの素早い連撃が襲う。
「——〈シールドバッシュ〉ッ」
リックはタイミングを見計らい、スキル盾術〈シールドバッシュ〉。盾を突き出して殴る技をザザンに直撃させる。意表を突かれた彼は防御態勢が遅れ、真面に喰らった。
よろめいて後ろに下がったところで、
「——〈シールドブロー〉ッ!」
盾の持ち手を変えて、地面に触れる尖った部分でザザンの腹を殴り、
「——〈シールドスラッシュ〉」
続けざまに回転攻撃の技を繰り出すが、そっちはザザンにいなされてしまった。
だが、もろに喰らった一撃が効いたらしく、ザザンは距離を取って腹を抱ええていた。
リックは持ち手の装置を動かし、中心から横にスライドさせ、元の位置に戻す。
「その盾、持ち手に仕掛けがあるんだな。横と縦、向きを変えるだけで位置を変えたりもできるのか。腕に巻くベルトがないってことはマグネット技術か」
「理解が早いな。ずいぶんと詳しいみたいだな」
「ふれる機会が多いもんでね。お前さんの盾は珍しい構造をしている。おかげさまで持ち手からしてこないだろう動作が来て不覚を取っちまったよ」
リックの大盾は、あらゆる仕掛けが入っている。持ち手が変わるのもその一つ。前々から持ち手の位置で行動制限がかかるため、それを解消したかったリックは、武具の新調すると同時に‶セキネツ武具店〟で構想を練って盾に取り入れたのだ。
「俺もそれに負けねぇくらい、とっておきの魔道具を持っているんだ」
「そうか。んじゃ、使わないうちにぶちのめすか」
「せかすな、よっ!」
ザザンは煙玉を地面に叩きつけ、煙幕が張られた。リックはすかさず風魔法で煙幕を吹き飛ばしたが、彼の姿は消えていた。
「……。逃げたか?」
「逃げてねぇよ」
ザザンの声が周囲に響き、近くの小屋を破壊して有人搭乗機ゴーレムが姿を現した。
体高約三メートル。見た目はまるでデッサン人形のような機体。多少違うヵ所と言えば手だけしっかりと作られていることくらい。あとは金属製なくらいだろうか。
しかもその機体は、ミゲル王国で使用されている試験用機体だ。賊に盗まれるとか、警備がお粗末な国だ、と自分の国でもあるのにリックは思った。
「どこで手に入れたのか知らんが、誰かに支援でもされてんのか?」
リックはそう言いながら片手剣を抜刀する。
「いたとしても教えるかよ」
ザザンはそう言って、手頃な樹木を引き抜いてリックに肉薄する。機体が踏み締めるたびに鈍い地鳴りが響き、ザザンは樹木を大振りで叩きつけた。
リックは大盾で防ぎ、短い金属音を響かせるとともに樹木が折れた。その隙を見逃さず片手剣を振るうが、見計らっていたかのように鋼鉄の手に掴まれてしまう。
「……、」
リックは迷わず片手剣を手離して距離を取った。
「獲物ゲット。ふむ。鋼の剣か。良い装備してるわりには普通の剣だな」
「ロマンを詰め込み過ぎて金欠なんだ。武器のほうを厳かにしてしまった」
「それで俺の首を取り来たわけか。取るには百年早かったようだがな!」
機体の強化魔法を発動したザザンは鋼の剣を大きく振りかぶった。武器強化まで発動し、リックを沈める気で振るう渾身の一撃だ。
リックは大盾の仕掛けを操作すると、盾に格納された武器の柄が飛び出す。それを掴んで引き抜き、ザザンの攻撃をいなすと同時に武器を振り下ろした。
その一撃は見事に鋼の剣を持つ手に直撃し、破壊することに成功した。
「な、なんだと!? 炭素鋼の装甲を簡単に!?」
リックが取り出した次の手、魔道具の武器である。
「魔道具の片手戦斧だ。と言っても、柄は少しばかり短めにしてるけどな」
飾り気のない広い片刃の斧。柄は刃と繋がる部分は少し前に出ており、背には術式と魔力増幅を担う部品が取り付けられている。リックの主力武器はメイスと剣のほかに、大盾に収納した魔導具の片手戦斧であるが、まだまだ引き出しを用意している。
「——〈シールドブロー〉ッ!」
狼狽するザザンに持ち手を変更し、がら空きになっている胴体に技を撃ち込み、
「——〈シールドスラッシュ〉ッ!」
技を繋げて胴体を斬り伏せた。
火花が散り、力に押されてザザンはさらに後ろに下がった。
「鋼鉄の装甲に、盾の攻撃が効くわけないだろ――」
ザザンが前進しようとして膝をついた。
「な、なぜ――」
だが、その理由は胴体に刻まれていた。剣で斬られたような跡。ザザンの目はすぐさまリックのほうへ視線を戻した。
リックの大盾の末端から鋭い両刃の剣が突き出ていた。ガチャン、という音を立てながらその両刃の剣は収納され、リックは盾の持ち手を元に戻す。
「な、なんだそれ」
「作成者が言うにはパイルバンカーというものらしい。この場合、ソードバンカーと言うべきなのかもしれないが」
パイルバンカーを考案したのはカンナである。魔力を増幅させて一気に射出することで硬い装甲でも簡単に貫ける代物。パイルからソードにしたのはリックの提案だ。
薙ぎ払い、殴打と、盾術スキルに応用できそうなものが多く、斬撃という要素を組み込ませることが容易だった。いまやリックの盾は守れることのできる武器である。
「これしきのことでやられるかよ! このチクショーが!」
ザザンは距離を取り、瓦礫の中から魔導回転銃を取り出してリックに発射した。発射音が繋がってエンジンを吹かすような音とともに鉄の雨がリックを襲う。
リックは慌てずに大盾で防ぎながら走り、ザザンとの距離を詰めた。そして、大盾で〈シールドバッシュ〉で回転銃を破壊した。
「うわああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!」
ザザンは叫んでリックに襲いかかるが、動力源が近い胴体をダメージが入り、出力が落ちた有人搭乗機ゴーレムでは本領を発揮できるわけもなく、動きが鈍くなっている。
リックは片手戦斧で容赦なく機体を斬りつけていく。
魔道具の片手戦斧は、振動系の術式が刻まれている。そして、それにリックが魔力装甲と武器強化を展開して攻撃力を倍増させている。おかげで硬い装甲でも刃こぼれすることなく、斬り裂けてしまう。
ザザンが操作する機体は大破し、落ちるのも時間の問題だった。
「俺様がやられるわけない! まだだ、まだだァァァァァァァァァァァァッッ!」
諦めの悪いザザンは大破した機体で突進し、リックの大盾と鍔釣り合いが起こる。
三メートルもある機体を涼しい顔で対応するリックは、
「いや、終わりだ」
そう言って片手戦斧を手離して、腰のメイスを手に取った。
リックには〈蓄積装甲〉というユニークスキルがある。自分の防御力で相殺したダメージを〝闘気〟というエネルギーに変換して蓄積する。それを攻撃時に使用、武器に付与することができる。蓄積した闘気を自由に使用量を変えながら使用可能だ。
「——〈チャージインパクト〉ッ!」
スキルを発動し、蓄積したエネルギーをすべて力を乗せたメイスが横腹に突き刺さった。
瞬間、凄まじい衝撃を受けた機体にはクレーターが出来上がり、爆発にも似た音とともに地面すれすれを滑走するように機体が飛んでいき、壁に激突して停止した。
リックはザザンに近づく。中身が露出し、硬い装甲に挟まれて動けなくなったザザンは苦悶の声を漏らしていた。致命傷までには至っていない。
リックは、こんなものか、と追撃はやめた。
「たかが一人の冒険者に、こん、な……っ!」
「俺だけの力じゃないさ」
苦悶の声を漏らしながら言うザザンに、リックは淡々とそう言った。
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