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ハイスペック・タンクウォーリア ‐コストがかかると追放された壁役重戦士はS級冒険者になって無双する‐  作者: 兎藤うと
一章 白き聖女編

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53. 錯綜と世界観2

 教会の一室。ギルドから返ってきたハロルドは、窓辺から物憂げに外を眺めていた。


「エリナ様を、どう思いますか?」


 ハロルドは、静かに付き人であるシスターに訊いた。


「そうですね。おっぱいが大きかったです。片方だけで私の両手から零れてしまって」

「そっちじゃない。神託の件です」

「あっ、そっちですか」


 飄々とした表情で話すシスターに、ハロルドは眉間を痙攣させるも平静を保った。


 一六歳という若い年齢でハロルドの側近となったシスター。物静かな性格でありながらも、その裏を表すと破天荒の一言。頼れるが、たまに頭を悩ませる優秀なシスターだ。

 名はエマ。そんなシスターは平謝りをしたあと、言葉を続ける。


「彼女は聖女で間違いないと思います。背中に聖印を確認できましたし、なにより治癒魔法を行使した際、光の粒子を纏っていました。違いがあるとするならば、治癒魔法の光が白かったくらいでしょうか? なにも問題ないかと」


「ですよね。ですが、肝心の神託がないんですよね」


 ハロルドは溜息をつく。聖女というものは神様から人々を導き、希望となるために素質のある者に聖印と神託を授ける。必ずなにかしらの理由が存在する。理由もなく与えられるようなものではない。


「そもそも、聖印ってなんなのでしょうか?」

「……、なんで知らないの」

「基礎知識はありますよ。ですが、聖印の効果だけです」


 聖職者の自覚が皆無なのではないのかと疑いたくなるほどに飄々としているエマに対し、ハロルドは頭を悩ませて溜息を吐いた。


「聖印は、言うなれば、この人は聖女ですよ、という神様の印みたいなものです」


 そう言ってハロルドは近くの本棚から一冊の本を取り出し、


「昔あったのですよ。本物の聖女を、ペテン師として処刑されたということが」


 エマにその本を渡す。


「〝嘘つきアリアの黙示録〟ですか」

「知っているのですね」

「大まかには。聖女なのにペテン師にされ、詐欺師を信じた人々からその身を辱められ、苦痛を与え、弄ばれ、最後は生きたまま焼かれた、と言われてるものです」


 その本はペテン師とされた聖女を必死に守ろうとした青年が、人の愚かさと村の住民を呪うように書かれた挿絵付きの一冊だ。


「それなら話は早いです。昔は聖印というものはありませんでした。ですが、この事件の後、聖女の背中に〝聖印〟が表れるようになった。はっきりと、この人が聖女だ、と言わんばかりに。その後、村がどうなったかは言うまでもないですがね」


 ハロルドは、エマに返却された本を棚に戻した。


「今も技巧神は我々人類を見守り、手を貸してくれています。またいつかくる厄災を乗り越えれるように。ですが、新たに誕生した聖女をどう受け取っていいのやら」


「神託がないことに、そこまで頭を悩めるものですか?」

「今までなかったことですからね。困惑もします」

「なにかするのですか?」


 エマの言葉にハロルドは首を横に振る。


「私たちはなにもしません。神託がない以上、教会に留まってもらうことはできません。力になることはできますが、それ以外はエリナ様のご意向を尊重しようかと思います」


 ハロルドはそう言って椅子に座る。


「それでいいのですか?」


「いいのです。理由があって技巧神がそうしたのでしょうし、我々は静観するとしましょう。むしろ、逆にこちら側が気をつけるべきです」


「と、言いますと?」


「理由はどうであれ、技巧神のご意向を都合よく解釈してしまうことのほうが、あってはならないことですから。今回の件は大々的に公言しない方針を取ろうと思います」


「ハロルド様がそうおっしゃるなら、私からはなにも言いません」

「すまないね」


 エマの言葉を聞いてハロルドはそう返した。


「とすると問題は、この都市にもう一つ存在する宗教ですか」

「そうだね。カサンドラ宗教。向こうが神託のない聖女をどう見るか」


 ザルツブルグには二つの宗教派が存在する。

 そのもう一つ目が〝カサンドラ教〟。シャスティルハーニャ教とはべつの神を信仰しており、街中であったら軽く会釈する程度の間柄である。


 信徒は少なく、その勢力圏も広くはない。ザルツブルグでの勧誘活動は頻繁に行われているが、周囲からは勧誘のしつこさが災いして煙たがられている。


 そこには、聖女ミラ・コルネッタが身を置いている。今もパーティ『バラン・ガタッタ』に在籍し、リーダーとともに活動している。

 聖女としての活動が不透明であることくらいである。


「最悪の場合、あの聖女から力も借りる必要が出てきそうですね」

「見張らせておきましょうか?」


「やめときましょう。今は相手の出方を見るべきです。ここはザルツブルグ。なにも考えずに大暴れする馬鹿はいませんから」

「わかりました」


 エマは深々と頭を下げる。



 ――



 ある危険度Sランクの迷宮の下層。

 下に向かって突き進む二人の冒険者がいた。


 S級冒険者のネイサン・フリークス。頭部を覆うレンズのような単眼。コートに手袋、ブーツ、その内側にはパワードスーツと肌を一切見せない装備をしている。


 もう一人は、B級冒険者のシャノン・フリークス。巻角、赤毛の長髪。あどけない容姿どこか儚げな雰囲気が漂う少女だ。ドレスを彷彿とさせる黒を基調とした装備に身を包み、左腕には機械仕掛けの円形の盾。左腰には片手直剣を携えている。


 どんよりと湿気を帯びた空気が漂う空間を二人は黙々と進んでいた。


「こそこそするのはもうやめにしませんか? 最初から気づいてましたよ」


 背後の気配にネイサンはそう言って踵を返す。

 すると、物陰から見知った顔が姿を見せた。


「おやおや。誰かと思えばS級認定を取り消された『バラン・ガタッタ』のパーティではありませんか。尾行とは随分と落ちぶれましたね」


 そこにいたのはグラン・ドロルコ。明るい茶髪。緑の瞳。容姿は良いが、その余裕のない不機嫌そうな表情がくっついた顔では誰も寄りたがらないだろう。そんな彼は逮捕されたサブルトラック商会の装備一式に身を包んでいた。


 それはミラ・コルネッタも同じだった。


「うるさい! 二人が裏切らなければ取り消されなかったんだ!」


 優しい声音のネイサンに事実をはっきりを言われたグランは吠えた。


「信用を失うようなことをするからですよ」

「うるさい! 俺はS級並みの力があるんだぞ!」


「アマンダさんにも追いつけない速さで、リックさんの防御を崩せないあなたが、どうしたらS級になれるのでしょうか。それに、あなたは圧倒的に手数が足りない」


 ネイサンは淡々と言う。


「はっ、出たよ。S級冒険者ネイサンの口癖〝手数〟。そんなに複数の職業(ジョブ)が必要ってか。持ってる人は羨ましいですねぇ」


 S級冒険者がわざわざ助言をしているのにグランはそれを嘲笑した。


「なにか勘違いしていませんか?」

「なに?」


 ネイサンは激怒するわけでもなく、平坦な口調で言い放って言葉を続ける。


職業(ジョブ)が一つだけでも、覚えられるものはいくらでもあります。攻撃、防御、応用、強化、治癒。なぜあなたは攻撃以外のスキルを頑なに習得しないのですか?」


「攻撃特化の魔剣士に必要ないからだ!」


「その固定概念に固執してる時点であなたはその程度なのですよ。魔剣士一本でやってきたアマンダさんですら防御の型を持っています。それではいつまで経ってもA級のまま。リックさんを追い抜くこともできません」


 会話にリックが出た瞬間、グランは「は?」と額に青筋を立てて怒りをあらわにする。


「そこまで言うなら、さぞネイサンはお強いんだろうなぁ? リックに勝てるくらい」

「ふふっ、なにを言ってるのですか。私含め、誰もリックさんとは戦いたくはありません」


「さすがのS級冒険者であらせられるネイサンでも勝てないんだ」

「どうでしょうね。五分五分と言ったところでしょう」

「言い訳か? S級冒険者のくせに」


 グランがそう煽ると、今まで静観していたシャノンが剣を引き抜く。立派な冒険者でもある父も同然の家族を侮辱されて激情したのだ。だが、「シャノン」とネイサンに静止され、歩み出そうとしていたシャノンは我に返り止まる。


「採算が取れないのですよ。あの防御を崩すとなるとどれだけのアイテムと魔力が必要になるか。そう考えると戦う気も失せるというもの」


 ネイサンはリックを高く評価している。圧倒的な防御力、重戦士にそぐわない機動性、防御を逆手に取った攻撃力。味方なら頼りになる反面、敵対すれば面倒な相手だ。


 出世欲がないとはいえ、目標さえあれば、困難さえあれば、突き進める不屈の精神を兼ね備えている。それを思うとネイサンは、リックの成長から目を離せない。


「行動する前に諦めるとか笑えるな」

「どうぞ笑ってください。あなたはそれしか能がないようですから」

「なんだと! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」


 ネイサンに煽り返されたグランは激怒する。


「そう言われたくなければ、私たちについてこずに迷宮探索をすればいいではないですか。まあ、あなたがたの狙いは私たちが収集した迷宮産の武装なのでしょうけど」


 グランたちはサブルトラック商会と契約して、お世話になっていた職人との契約を破棄した。今の装備はサブルトラック商会が販売していた物だ。


 だが、あの商会が出す装備はブルース地方では通用しない。それを踏まえると、前と同等か、それ以上の性能を持つ装備が欲しいに決まっている。S級認定が取り消され、切羽詰まっているグランたちなら相手を殺してでも奪うのが目に見える。


「なら話が早い! 迷宮で手に入れた収集物を渡せ!」


 悪びれる様子もなくグランは堂々と言ってのけた。周りが見えていないのか、それとも馬鹿なのか、目の前にいるのはS級冒険者にも関わらず失礼な態度をとる。


「先程から黙って聞いていれば、叔父様に無礼な態度ばかり。許さない!」


 それにキレたのはシャノンだった。


「シャノン。やめなさい。あなたが勝てる相手ではありませんよ」

「でも!」

「いいのです。多少反発があったほうがこちらとしては大いに楽しめますから」


 ネイサンは穏やかな口調でシャノンを諭した。大好きな叔父様に言われたのであればシャノンも引き下がるしかなく、諦めたように肩を落として後ろに下がった。


「あなたがたがそこまで言うなら、こちらとしてもやぶさかではありません」


 ネイサンはそう言って収納魔法から迷宮で手に入れた武具を取り出す。とくに懐に置いておきたい物もなく、すべてグランの足元に放り投げる。


「すべて一級品の装備とアイテムでしょう。それをどう使うかはあなたたち次第です。それで成功しようが、身を滅ぼそうが私たちは関知しません」


「わかってんじゃん。ありがとよ」

「どういたしまして。用が済んだのでしたら、私たちは先を急ぎますね」

「おう。じゃあな」


 グランの無礼な態度を取られてもなお、ネイサンはどうでもよさそうに淡々と挨拶をして、今にでも飛び掛かりそうなシャノンの背中を押して奥へ進んでいった。

 しばらく歩いたのち、ネイサンは背中を押すのをやめて肩を並べる。


「よろしかったのですか?」


 不服そうなシャノンは訊く。


「いいのですよ。あのままいけばシャノンが危なかったですから。それに、追い詰められて無敵になった者がなにをしでかすか。いわばあの収集物はその依存先です。あれがあるかぎりシャノンも、リックの身の回りの人に危害は加えないでしょう」


「さすが叔父様! そこまで考えてのことだったのですね!」

「私にも大切なものがありますからね。先になにを狙われるのかくらい察しがつきます」


 ネイサンはそう言いながら愛おしいシャノンの頭を撫でる。撫でられる彼女は少し照れくさそうにしながらもその表情は嬉しそうに微笑んでいた。


「それに、舞台装置は再利用してなんぼです」

「あの者たちになにかしてもらうのですか?」

「いいえ。私たちからはなにもしません。しなくても勝手に踊ってくれるでしょう」


 魔物が出現しないこの時間を潰すようにネイサンは言葉を続ける。


「シャノンは〝旧時代〟を知っていますか?」

「はい。人類の大半が死滅した魔力災害が起こる前の話ですよね」

「そうです。ですが、事実は少しだけ違います」


 ネイサンは肯定するとともに訂正を加える。


「旧時代とは、約七百年前のことを指しますが、実際は魔力災害と今の時代が始まる間に百年未満の空白の時間のことを言います」


「そんな空白が……もしかして約七百年前と曖昧に答えるのはそういうことですか?」

「昔の人はそうだったみたいですが、今は自然と定着したものになりますね」


 人差し指を立てながらネイサンは優しい口調で答える。

 ネイサンの話が大好きなシャノンは強張った表情がほぐれ、楽しそうに聞いていた。


「そうなのですね。その空白はいったいなにがあったのですか?」

「そうですね。魔力災害前の記録は軒並み消し飛んだ後ですから、は色濃く残る空白部分をいうべきでしょう。わかりやすので言うなら〝旧時代の宗教〟でしょうか。まだまだ曖昧な部分も多いですが」


 ネイサンは言葉を続ける。


「〝旧時代〟とつくものは例外を除いてすべてが厄ネタです。今でもその存在は健在。いずれその厄災と戦う時が来るでしょう。時間は有限。タイムリミットは少しずつ近づいてきている。足の引っ張り合いなどやってる暇などどこにもないのですよ」


「叔父様?」

「すみません。少々愚痴を吐露していましたね。不快な気持ちになってませんか?」


 ネイサンが謝罪をするとシャノンはぶんぶんと首を横に振った。


「いえ! 叔父様の話はとても勉強になります。ですので、どうか謝らないでください」

「……。わかりました。ならお詫びに、もう一つとっておきの話をしましょうか」


 ネイサンはそう言ってシャノンの頭を撫でる。

 嬉しそうに頭を撫でられる彼女を、仮面越しに見るネイサンは顔を綻ばせた。


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