51. それは唐突に訪れた
エリナが冒険者になってから一週間が経った。
冒険に出ない日はカンナから一般常識を教え、リックからは冒険者の知識を教えた。彼女は呑みこみが早く、教えればスポンジのように吸収していった。
多種族との交流も良好だ。最初こそトラブルはあったものの、事情を説明して敵意がないことを証明したあとは普通に会話が弾んでいた。スキンシップが多いのが印象的だったが、味方してくれる女性冒険者が増えてくれたおかげで今のところ被害はない。
現在、ブルースの中央に位置する平原。ザルツブルグから出て最初に目にする土地だ。そこでエリナに実戦経験を積ませている。彼女は戦闘面においても覚えが良く、教えたことをすぐに吸収し、自分の力にした。最初こそためらっていた戦いにもすぐに順応した。
「――〈ホーリーセイバー〉」
今日は平原に出た〈ハウウルフ〉という狼の魔物を討伐に来ている。そして、そのハウルフはエリナの行使した神聖術によって一撃で倒された。
神聖術スキルの攻撃魔法である〈ホーリーセイバー〉。物質化した光の剣を飛ばす魔法だ。初心者の場合、同時展開本数は四本、技量次第では本数を増やすことも可能。中には光の剣を持って接近戦をする者もいたりもする優れものである。
その魔法で、エリナは群れで統率をとって狩りを行うハウウルフを一頭ずつ的確に仕留めていく。淡々と作業をこなすように。
「だいぶ実践にも慣れてきたな」
「リックさんの教え方が良かったからです。神聖術が私にとって未知の力でしたから」
「シスターなら、知ってるはずなんだけどなぁ……」
常識がズレていることは百も承知だったが、まさか聖職者でありながらその知識すら持ち合わせていなかったことにリックは驚きが隠せなかった。
もう寺院のほうを疑った。聖職者の施設を偽ったナニカなのでは、とリックの頭の中を駆け巡ったが、考え過ぎか、だと途中で考えるのをやめた。
「まあ、好戦的な魔物に対処できるようになったなら本格的に冒険に出てもいいかもな」
「これからどこかにいくのですか?」
「いや、今日はここまでだ。だいぶ魔力も消耗しただろう」
「リックさんが望むなら私はどこまでもおともします」
「俺ならともかく、エリナはもう限界に近いだろ?」
「……、」
リックの指摘に不甲斐なさそうにエリナは俯いた。神聖術を正確な操作とともに何度も発動すれば、とうぜん疲弊する。
「そう落ち込むな。最初は誰だってそんなもんさ。力がついてくれば、平原の向こうまで簡単にいけるようにな――――」
言葉を言い終える瞬間、リックに衝撃波が襲う。
ドーン、と衝撃音とともに土埃が舞い、エレナは咄嗟に〈ホーリーシールド〉を展開して自分への被害を防いだ。
「……。——ッ!」
衝撃波が来た方角をエリナが確認すると、そこには巨大なハウウルフがいた。
「こんなふうに、襲撃されてもかすり傷程度で済む」
土埃から出てきたリックは付着した土埃を払いながら言う。
「ですが、服が」
「昨日買ったばかりの『軟弱者』がやれただけだ。それより――」
だぼだぼの半袖が破けて、残存しているのは左肩にかかっているもののみである。リックがハウウルフに振り向くと腕を噛みつかれてしまった。
「……、」
「……っ」
「痛くないんですか?」
「ちょっと痛い。例えるなら誤って落とした本の角がぶつかる痛みが断続的に……」
巨大なハウウルフの噛みつき攻撃が次第に激しさを増し、揺さぶられるリックは少し鬱陶しくなって素手で殴り倒した。
「ああ、痛かった」
リックは噛まれた手を振りながらに言う。
「にしては傷一つありませんね」
「重戦士の防御力だからな。物理攻撃には強い。逆に魔法攻撃には弱――」
起き上がった巨大なハウウルフが咆哮すると同時に衝撃波が放たれ、リックに命中するが、平然とした表情をハウウルフに目を向けた。
「……ハウウルフ。咆える狼。ハウウルフの咆哮は風と音の混合技だ。咆哮から放たれる衝撃波は、相手をダメージとともに歩行感覚を一時的に失わせる。対策としては真正面から戦うのを避け、一定以上の距離を取ること。ボスを筆頭に群れで行動するから非常に厄介な相手だが、対処さえ間違えなければ倒すことはできる」
肉薄するハウウルフを、リックは収納魔法から取り出したメイスを構える。
「エリナはスキルが発動する瞬間を見たことはあるか?」
「いえ」
「なら、ちょうど良い。スキルは発動時に全身から揺らぎなようなものが発生して収縮するという現象が起きる。ほんの一瞬だから肉眼では確認しにくいがな。慣れればスキルが発動する瞬間を視認して対応できるようになる」
スキルの発動時は、体内で魔力が弾けるような、あるいは爆発するようなことが起きている。魔力を消費して自分の中にある力が呼応するように発動する。
「よく見ておくといい。これがスキルだ――〈チャージインパクト〉ッ!」
リックは片手戦棍術スキルの溜め技〈チァージインパクト〉。隙は多いが、強力な一撃となる。リックはスキル〈クイックチャージ〉を習得しているため、短所を克服して強力な一撃を相手に叩き込むことができるようになっている。
リックは、ハウウルフの脳天めがけて叩き落とし、一撃で仕留めた。
「〝天啓の白書〟は自分に秘められた力を引き出してくれる。エリナも気長に冒険者稼業を続けていけば自ずとこういう力を手に入れる。コツコツとやっていこうな」
「はい。リックさん」
「よし、今日はこれで終わりにしよう」
手際よく素材の回収を終わらして、ザルツブルクに戻った二人は依頼達成の報告をして、報酬を受け取り、山分けして今日の冒険者活動を終了した。
リックとエリナの二人は冒険で消耗した魔法薬を買い足し、晩御飯の食材を購入した。
途中、半裸だったリックは服屋で、『豆腐メンタル』と書かれただぼだぼの半袖と奇跡的な再会を果たして衝動買い。半袖を着たリックは満足し、エリナとともに帰路につく。
「リックさんって半袖以外きませんよね? まだ肌寒いと思うのですが」
「そうか? 俺はそんな肌寒いとは感じてないな」
リックの自宅までは遠い。それまでの間は二人で何気ない会話をしながら歩いていた。
そんなとき、エリナの足が止まった。
「どうした? エリナ」
リックが彼女の視線は教会に向いていた。
「いってみるか?」
「……。いいのですか?」
「少し立ち寄るくらいならな」
リックはそう言って、エリナとともに教会に立ち寄った。
扉の前で掃き掃除をしていたシスターに会釈して教会内に入った。硝子ごしに陽光が差し込む教会内。長い椅子が整列し、最奥には神を象った像が鎮座していた。
「この像が神様……私の知っているのとは全然ちがいますね」
「エリナがいた場所ではどんな神を祀っていたんだ?」
「世界に祝福を与える神、としか。礼拝堂には神を象った白い石像がありました」
「白い、石像か」
「本当に真っ白な石像です。顔のない。今に思えば人神にみせたナニカでした」
エリナは淡々とそう言って一歩前に出る。
「でも、きっと。ここで祀られている神様は慈愛に満ちた神様なのでしょう。無機質なものではなく、確かな想いを乗せて、人々の安寧を願うお方」
「なにかを感じてるのか?」
「なんとなく、この像を介して不思議な力を感じます」
リックはエリナの言っていることはわからなかったが、納得はしていた。神聖術師になったことで神聖な力を知覚できるようになっている。エリナは像から出ている神様の力を感じているのだろう。神聖術師ではないリックにはそれがなんなのかわからないが。
すると、エリナは膝をついて祈りを捧げ始めた。
「私はシスターとしては失格ですが、祈ることはできますからね」
「そんな自分を卑下しなくても……自分の意思で寺院にいたわけでもないんだし」
ふにゃ、と柔らかく顔を崩すリックは擁護する。
すると、周囲の空気が引き締まる感覚をリックは察知した。わずかな変化だった。しかしリックの研ぎ澄まされた感覚は見逃すことはなかった。
リックが教会内を見渡していると、目の前の女神像が発光し始めた。
「なんだ?」
リックの敵感知スキルは発動せず、害があるものではないと示しているが、その不思議な光景に目が釘付けになった。
エリナもその異変を感じ取ったようで祈りをやめて顔を上げた。
次第に教会内は神々しい光が差し込み、発光する女神像から光の粒子が飛び交い始めた。やがて発光は像から放たれ、光の粒子が白い羽に形を変えて舞い落ちる。
まるで奇跡を目の当たりにしているようだった。
一枚の光を纏った白い羽がエリナの前に舞い落ち、彼女はそれを優しく受け止める。そして、白い羽は光の粒子となって崩れ、手の中へ入り込んでいった。そして、エリナの体がほのかな光を帯びて消えた。
「……。なんだったのでしょうか」
エリナが呆気に取られている隣で、リックはこの現象を見て冷汗をかいた。
リックはこの現象を知っていた。聖職者、神聖術の使い手、神を象った像の前での祈り。条件を満たした特定の人物に送られる〝神様の加護〟。それは、この世で両手で数える程度しかいない〝聖女〟の誕生を意味した。
もちろん、おめでたいことだ。祝福されるべきであろう。
だが、エリナはどうだろうか。
詳細不明の寺院出身。箱入り娘。シスターでありながら規律に耐え兼ねて脱走。これからのために冒険者になったばかりのエリナが選ばれた。
ややこしくなるに決まっている。ここはシャスティルハーニャ教の教会だ。その教会で加護をもらったということは当然ここを仕切っている者たちが出てくる。
ただでさえ彼女がいた場所は、旧時代の宗教のほかに邪教の可能性だったあるのだ。本人に自覚がなくても、説明不可能な宗教のシスターをどう見られるか。
リック自身、宗教事情を知っているとはいえ表面上のものだけだ。印象だけなら、もしかしたら、『そうなんだ! 珍しいこともあるもんだねぇ』くらいに終わるかもしれない。
だが、エリナは規律とシスターという肩書に縛られて生きてきた。偶然とはいえ、ようやく縛られない今の生活を手にして謳歌を始めたばかりだ。
今度は『聖女』として縛られる。『バラン・ガタッタ』のミラですら自由に冒険者をやっているようで自由ではない。様々な要因が脳裏を過る中、リックはエリナの言葉を思い出し、深呼吸をして逃げる選択を選ぶ。
「エリナ。急いでかえ――――」
リックがエリナの手を取った瞬間、からん、と箒を落とした音が響いた。
出口付近、掃き掃除を終えたシスターがちょうど帰ってきたようで、教会内に舞う白い羽と光を見て唖然としていた。
(いちばん見られちゃいけない関係者に見つかった!)
リックが顔を青くしている隣でエリナは小首を傾げた。
「どうしました?」
「……。いや、少し、面倒なことになっただけだ」
リックは『エリナが聖女? いや違いますよ。匿い作戦』を決行しようとしたが、すぐに諦めた。正面はシャスティルハーニャ教のシスターに塞がれている。逃げ出すにしても聖女が誕生した瞬間を目撃された以上、どこまでも追いかけてくるだろう。
リックは面倒くさそうに溜息を吐いて天井を仰いだ。
教会内には、いまだに祝福が漂っていた。
そして、少し時間が流れてから、ギルドに呼び出されたのだった。




