49. 朝食
次の日の朝。リックは美味しそうな匂いに釣られて起床した。
ぼさぼさの髪を振り乱しながら眠い目をこする。
ふと、自分の聞き手に目がいくリック。昨晩の夜、脳裏に刻まれた感触が鮮明に思い出した。意識していなかったといえ、エリナの感触、をしっかり堪能していた自分に呆れながら、罪悪感とともに寝起きでまだ鈍い煩悩を振り払った。
部屋を見渡すと、エリナの姿はなく、かわりに一階のほうから食事の匂いが漂っていた。
リックは背伸びをしながら、気怠い体を動かして一階へと降りた。
「おはようございます。リック様」
「ああ、おはよう」
ちょうど台所から顔を出したエリナと挨拶を交わしたリックはテーブルに並ぶ朝食に目がいった。料理できるんだな、と回らない頭でそう思った。
「これ、ぜんぶエリナが準備したのか?」
「はい。大量に食材があったので勝手ながら作らせていただきました」
「それはべつに良いんだけど、なぜ?」
「昨夜は断られてしまいましたので、べつの方法でお役に立てればと思いまして」
就寝前の一件があってなんとなく察していたリックは溜息を吐いた。
「無理に返さなくていいんだぞ?」
「それでは私の気が済みません。リック様がよろしければ、このまま私をこの家においてくれませんか? 家事全般であれば一通りできますので」
無表情のままエレナは淡々と頼んだ。本人は真剣なのだろうが、感情の起伏が一切なくてホムンクルスと喋っているように感じるリックは少し考える。
あ、ホムンクルスは人工的に作られた人型のこと。
それで、夜の一件と比べたらマシか、とリックはその申し出を受け入れることにした。何度も断り続けるのも平行線のまま心苦しい。それは彼女も同じだ。
なら、いっそのことその意志を尊重してあげるのも一つの手だ、とリックは結論づけた。
「わかった。エリナの言葉に甘えよう。一人で管理するには無理があったからな」
「ありがとうございます。リック様」
「……、その様づけどうにかならないか? 物凄くこそばゆいんだ」
「では、旦那様?」
「それは勘弁だ」
「……、では、お兄様」
「………………、いいな――いや、ダメだ」
「躊躇するほどのことですか?」
「要望なんだが、普通にリックじゃダメか?」
「………………。では、リックさん、とお呼びいたします」
エリナは少し悩む素振りを見せてからそう言った。
悩むほどか、とかリックは思ったが、様づけよりかはいいかと納得した。
「今後、一緒に住むんだ。変に気を使ったりしなくていいからな」
「では、ご飯大盛りで食べても?」
こんもり盛ったご飯茶碗を見せるエリナ。
「べつにそれは食べたい量食べればいいかと……」
そう言ったとき、リックは不思議なことに気づく。
(ご飯の炊きかた知ってるんだな)
東洋から来たわけでもない箱入りシスターが、米の調理法を知っていることにリックは不思議に思った。それに、やけに料理の品数が多い。
本当に嫁入り前だったのでは、と思うリックに山盛りのご飯茶碗が差し出された。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
つくづく不思議なシスターだ、とリックは思いながらエリナからご飯茶碗を受け取る。
リックは結論づけた。いっかいの冒険者が考えても仕方のないこと、だと。
エリナが自ら望んで寺院で暮らしていたわけでもないし、寺院のほうも逃げ出したシスターの行方を探そうとはしないだろう。
もし、彼女が特別な存在だった場合はややこしい事態には発展するだろうが、当の本人は逃げ出すくらい嫌いな場所に戻るつもりはおそらくない。今は、エリナの意思を尊重してリックは味方になるくらいの気構えで良いのかもしれない。
「……、流れで冒険者になったわけだが、寺院に戻りたいとかあるのか?」
「いえ、そんなことはありません。なぜそのようなことを聞くのですか?」
「……。いや、エリナの気持ちを再確認したかっただけだ。それが訊けて良かった」
「そうですか」
カンナにも早く紹介しないとな、と先々のことを考えながらリックは思った。
「今日から冒険者としていろいろ教える。気になることは積極的に聞いてくれ」
「はい。わかりました」
そして、二人は「いただきます」の挨拶とともに食事を始める。
「ああそうだ。冒険にいく前に、エリナに紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人、ですか?」
「俺には相棒のカンナってやつがいるんだ。女性にしかわからないことは、俺にはわからないから基本的にカンナを頼ることになると思う。それに、初めての友達になると思う」
「友、達……、ってなんですか?」
「……、そこからか」
こうして、リックはエリナとの同居が決まり、二人での冒険者活動が始まるのだった。




