45. 森でシスターに出逢う
かつての仲間と楽しく酒を飲みかわた翌日。
リックは依頼を受けるためにギルドに来ていた。
いつものように『鉄人』と書かれただぼだぼの半袖と、半ズボンに身を包み、安いサンダルを履いて、呑気にスクリーンを眺めながら朝食を食べていた。
「もっと良いの着たらどうなの? リック君」
すると、受注した依頼の証明書を持ってきたアメリアがそう言った。
「前にも言っただろ。あまり着込むの苦手なんだよ」
「S級にもなってまだそんなこと言うか」
アメリアは深々と溜息をついて、言葉を続ける。
「まっ、いいけど。あとで恥を晒すことになるのはリックなんですからね」
受注した依頼の証明書をリックの頭に軽く叩きつけてアメリアはその場から去った。
リックは不貞腐れながらも頭に乗った受注依頼の証明書を手に取った。
「……、いくか」
場所は変わり、ブルース地方中央に存在する森へとやってきた。
今回の依頼は、大量発生したレッドボアの討伐である。赤茶色の体毛が特徴的で、大型になると大きな牙を持つようになる猪だ。猪の種類の中で最も好戦的で凶暴な生物だ。
そして本来、ザルツブルグには生息しない外来種。ミガル王国がブルース地方に進出するにあたり、食糧問題をなくすために進出一年前に放った。だが、ろくに下調べもせずに放ってしまったがために、在来のボアの生息地を奪ってしまう事態が起こってしまった。近年では交雑種まで確認されるようになった。
今回の討伐依頼はどちらかというと駆除に近い。まあ、素材は価値があるので根絶とまではいかずとも、在来のボアとレッドボアの生息地を分断する意図がある。
交雑種の素材はあまり価値がなく、肉は料理人の腕にかかっている。
「今夜は肉料理だな。付け合わせの山菜も採っていこう」
リックは、食料調達に来たくらいの感覚だ。
群れでの戦闘も考慮するとソロは苦戦する。それなのに重戦士の恰好をせず、半袖短パン、サンダル。そして手ぶらで森の奥地へ進んでいる。
べつに自殺するために軽装備で来ているわけではない。リックの装備と武器は‶収納魔法〟で持ち歩いているため、いつでも装備可能である。
ただ、装備するにあたって手応えのない相手に使うには燃費が悪い。装備が面倒。それに重戦士ということもあって鎧なしでもかなり頑丈だ。なら必要に応じて装備できるように準備だけして、装備が必要になったときだけ装備するようにしている。
リックが基本的に使用するのは、今の装備になる前に使用していた大盾とメイスだ。
「さて、ボアはどこかな……と思ったが、さっきから森が騒がしいな」
本格的にレッドボアを探そうとしたが、森にレッドボアの雄叫びが響いていた。
「これなら、下手に探すより挑発したほうが早いな」
リックは大盾とメイスを‶収納魔法〟から取り出して装備する。感知系のスキルと〈フルヘイト〉を同時に発動し、大盾にメイスを強く盾に叩きつける。
ガンッ、と金属音が森中に響き渡った。それを何度も続けた。
瞬間、草木をかき分けてレッドボアの群れが現れた。
「釣れた」
(……大型、小型、ぜんぶ合わせて一七頭の群れ。上位種、ともに強化種はなし)
リックはメイスを構え、一番最初に間合いに入った群のリーダーを殴打する。
メイスから伝わる衝撃は少ない。コアスキルの反射が良い感じに効いて、必ず帰ってくるはずの反動もレッドボアのダメージへ加算される。
横殴りにされたレッドボアはバットで打たれたボールのように飛んでいった。
「手応えがあまりないな。また力が強くなったのか?」
以前の手応えと違う手応えを感じながら次々と突進してくるレッドボアを仕留めていく。並大抵の魔物なら討伐できる程度の力を振るっているつもりのリックだが、さらに力が増したことで、「調整が必要だな」と呟いてメイスを振るう。
仕留め損ねたレッドボアは逃げようにも〈フルヘイト〉の術中。リックは大盾にメイスをぶつけながら挑発し、突進してきたところを仕留めた。
「これで依頼は完了か。大量だな」
レッドボアの群れを一掃したリックは一息ついた。
「ん?」
ふと、不思議な気配を感じたリックは振り向いた。まず視界に入ったのは白い服装に身を包む女性だ。そして、その女性を追いかけるオークの姿を発見した。
「なぜこの森に人が?」
考えている暇はなかった。リックは女性を助けるために追いかける。
女性が開けた場所に出た瞬間、草に隠れた石につまづいて転倒してしまった。
オークと女性の距離が一メートルに差しかかった瞬間。リックが追いつき、大盾でオークの横っ腹をぶん殴った。胴体にクレーターを作り、大木に激突してオークは倒れた。
「ふぅ……、大丈夫、か?」
レッドボアを倒したのを確認して、リックは女性に振り向いて目を見開いた。
腰まで届くような銀色の長髪。サファイアのような澄んだ瞳。大人びているが、やや幼さが残る顔立ち。落ち着きはあるが、どこか影のあるような雰囲気を帯びていた。
シスター服に似た白い服装に身を包んでいる。ただシスターの服装にしては露出が多く、そういう服装をして楽しむ店の娼婦にも見える。そして、
(おっぱい、大っきぃぇ……)
ザルツブルグでもなかなか見かけない巨乳と太腿。その高ステータスのボディを強調するような服装が相まって、澄まし顔のリックが目を見開くほどの迫力があった。
(いや、ええもん見たぁ)
人の魅惑に感服しつつ、よこしまな考えは程々にし、リックは手を差し伸べた。
「お怪我はありませんか?」
「……、えっ、あ、はい。助けていただき、ありがとうございます」
リックは、女性が伸ばした手を取り、立ち上がらせた。
「ところで、その恰好……どこかのシスターの方と見受けられる」
「はい。私はシスターです」
女性は平坦な口調でそう答えた。
その返答に、リックは内心では少し安堵した。
これで娼婦ですか、と最初に聞いていたら失礼に値する。たまにあるのだ。どこかのシスター、もしくは聖女の巡礼の旅をしていることが。その際、かなり露出が多い正装をしていることが多く、娼婦と間違われることが多い。そんなこともあり、野蛮な冒険者や村人、領主といった人が、巡礼を嘘と思って言い分も聞かずにシスターを襲ってしまったなんて事件が何件かある。いくつのギルドと村が消えたことか。
そのこともあってザルツブルグでは、一人旅の女性には気をつけろ、と警告されている。とくに新人と素行の悪い冒険者に対しては。
「そうでしたか。白を基調とした正装は珍しいですね。申し遅れました。俺はリック・ガルートンといいます。ザルツブルグで冒険者をしています」
「ザルツ、ブルグ、冒険者……これはご丁寧に。私はエリナ・クラークロンドと申します」
「旅の途中でしたら、よろしければザルツブルグまで案内しますが」
「その、ザルツブルグ、とはなんでしょうか?」
「ん? 都市の名前ですが……」
聞き覚えがないのか、シスターは不思議そうな顔をしていた。
宛てのない旅なのだろうか、とリックは思った。
「すみませんが、どこの宗派ですか? よければ聖堂の名前を聞いても?」
「宗派も、名前も、わかりません。私がいた場所は寺院と呼ばれていました」
「寺院……」
初めて聞く施設らしき名前にリックは小首を傾げた。脳裏に浮かんだのは、巡礼の旅にあたって詳細を説明できないのかと考えた。だが、その予想は外れることになった。
「私は、寺院から逃げ出してきた者です」
「逃げ、出してきた?」
「はい。ここがどこなのかも、わかりません」
エリナは淡々とそう答えた。不明の宗派。所在のわからない寺院と呼ばれる施設。詳細不明のシスターは、その宗派から抜け出してきたと言う。どうやら、リックはかなり訳ありなシスターと出会ったらしい。




