44. 再会と再出発
ひとしきり飲んだ後、ケイに肩を貸しながらザルツブルグの郊外を歩いていた。
「なーんで、リックは酒飲んで酔わないんだよぅ!」
「なんでだろうなぁ」
「あっ! わかった! 毒耐性『特大』だからだ! ワハハハハハハットイレいってくる」
すっかりできあがってテンションが変則的に変わるケイは、突然シラフに戻ったかのようにそう言って、リックの肩から離れてトイレに向かっていた。
「今日は飲みすぎだな」
千鳥足のケイを見送りながら、月明かりが照らすブルース地方の大地を眺める。涼しい風が人気のない道に吹きつけて、少し火照っていたリックの顔を撫でていった。
「リック?」
「……、デミと、コルクか」
ふと、知っている声がして振り向くと、そこにはデミが立っていた。
デミ・ハルトレン。女性。年齢一八歳の人間。A級冒険者で万能型の魔術師だ。
ウェーブがかった金髪のセミロング。明るい紫色のリボンでまとめてツインテールにしており、紫色の瞳とよく映える。ぴちっとした紫色と黒を基調とした装備で、体のラインを強調し、左右の横腹の肌が露出し、Iラインの谷間が、こんにちは、している。
短めのスカートに、ガーターベルトが伸びている。
本人いわく、意外と男受けを狙ったコーデらしい。
コルク・レッドブロート。年齢二一歳の人間。同じくA級冒険者の戦士だ。
焦げ茶色の短髪。緑色の瞳。リックより肩幅が広く、ガタイが良い。自分と同じくらいの両手戦斧を振り回す姿は圧巻の一言。装備は動きやすさを重視したものとなっている。
そんな珍しい組み合わせの二人と鉢合わせた。
「こ、こんなところでなにしてるのよ! リック!」
明らかなに動揺しているデミは腕を組んでそう言った。
「……。やめにしないか? お前は悪者を演じると最初こそいいが、時間が経つにつれて徐々にボロが出始める悪い癖がある。今回の追放も本意ではなかったのだろ?」
リックは溜息まじりに、妙に芝居がかったデミに訊いた。彼女は狼狽したが、取り繕うと視線を右往左往させたのち、逃げられないと観念して息をついた。
「……、いつから気づいてたの?」
「カンナをしつこく追い回してた時だったか。あの場で、デミは会話に入ろうとしなかった。むしろ、注目されるのを避けていたように見える」
会話に入らないとともに、サブルトラック商会の装備も最低限の物。おもに羽織るような物に縛っていた。パーティに合わせている感じだった。デミは契約している職人の作る装備を気に入っているから、おそらく契約を破棄していないだろう。
あくまでふり。その証拠に前の装備に戻っている。
「そこまでバレちゃってたらもう隠す意味ないね」
あはは、とデミは苦笑して言った。その親しみやすい表情はリックがいつも見ていた彼女の表情だった。コルクのほうはバツが悪そうに顔を反らしたが、それでも前に少しでも戻れたような気がして、リックは嬉しく思った。
「教えてはくれないだろうか? なにか理由があってのことだったんだろ?」
リックはずっと気になっていたことを訊いた。
「うん、まあ、いいけど。一つ目はリックの成長に追いつけなくなったこと。それとグランが成長の弊害になると確信して、リックの追放に乗った感じかな」
「グランが?」
「リックは知らなかったと思うけど、アイツけっこうリックの悪評ひろめてたんだよ? 営業妨害と言っていいほどにね」
「そんなにか? 思ってたよりやってたんだな」
リックの中で、どんどんグランという人物像が様変わりしていくのを感じた。好青年だった彼はいったいいつから嫉妬に狂い、攻撃的な性格になってしまったのだろうか。
「周りはアイツが評判を下げようとしてるのを気づいてたから、リックには被害なかったけど、話合わせてた私たちはとばっちりだけどね」
デミは溜息をつきながら言葉を続ける。
「話を戻すけど、このままの状態が続くとおたがいのためにならないと思ってた矢先、グランから追放したい、って協力を頼まれたから悪者になるつもりでそれに乗ったってわけ」
「コルクもそんな感じか?」
リックはコルクにも確認する。
「いや、俺は違う。デミに聞かされるまでマジでお前のこと悪者みたいに思ってた。それで、超ノリノリで追放に協力した。いまさら許してほしいとは思ってない」
コルクは気まずそうにそう言った。
「べつに怒ってなどいない。デミは不器用なりに仲間を思っての行動と俺は捉えてるし、コルクは嘘をつかれていただけだろ。だからあんま気にすんな」
冒険者感動話の中には、仲間の成長のためにパーティを追い出す話はよくある話だ。たとえそれが自分の評判を落としたくないがために同情を誘う作り話と言われても。
その張本人の一人。ザルツブルグ騎士団一番隊隊長のアマンダは将来有望だから、って理由で昔パーティから追放されている。今になっては不器用なおっさんどもの余計なお節介と笑い話になっていたりする。
「リック……お前ってそんなにいい奴だったのかっ」
コルクは目頭を押さえて顔を反らした。
気持ちを蔑ろにされたことに不満がないと言われれば嘘になる。だが、そうしないと円滑に進まないと確信したからデミは決断した。彼女は人一倍場の空気や雰囲気、不和に敏感だ。当時のリックなら、きっと気づかずにそれを拒絶していただろう。文句の一つくらい言いたかったが、デミなりに考えてくれていたと考えると強くも言えない。
「もう、コルクはバカで単純すぎるのよ」
「そうだな。話に乗せられやすい、のも問題だな」
「事実だけどよぅ。二人そろってそこまで言うかよ」
こうしていると、追放を宣言してきたときの二人とは到底思えなかった。
「一番の悪はグランだけどね。私たちにとって害そのものよ」
「おいおい。そこまで言うか。いちようデミたちのパーティリーダーだろ?」
「もうパーティメンバーじゃないわよ。私も、コルクも」
「え? そうなのか?」
コルクにも確認を取ると、首を縦に振った。
「前々からグランの暴走は目に余ってたからね。機嫌を損ねないように話合わせるだけでも白い目で見られるし。それに死にかけたし」
「俺も、さすがにグランのことを信用できなくなった」
二人は理由を答えた。まあ、そうなってもおかしくはないか、とリックは思った。
そうすると、現在『バラン・ガタッタ』は三人だけになる。その中の一人は基本的に不在ということを考慮すると、パーティ活動もままらないだろう。
「そうか。いくあてはあるのか?」
「アリナのパーティに加入したの。ちょうど欠員が二人出たところだったみたいだから」
「あそこか。もしかして男女二人か?」
「そうそう。一人は多額の借金をして夜逃げ。もう一人は妊娠させておいて愛人と夜逃げ」
想像以上に修羅場だった。
「ああ……、アリナにドンマイって伝えてくれ」
「わかったわ。ああ、それとこれだけはリックに伝えとく」
デミは近づき、耳を貸せ、と合図を送られたのでリックは素直に従って耳を貸す。
「今も『バラン・ガタッタ』に在籍してるミアには気をつけて。あいつ、なにか企んでる」
「ミアが?」
「正確なことまではわからないんだけど、グランと親密すぎるし、肩を持ちすぎてる。教会の支援を受けてるけど聖女として不透明な部分も多い。要人に越したことはないよ」
ミア・コルネッタ。女性。おそらく二十代前半の人間。A級冒険者の神聖術師だ。
艶のある金色の長髪。透き通った蒼い瞳。絹のような白い肌に、薄い桜色の唇が添えられた端正な顔立ちには誰もが目を引く。すらっとした体格であり、その体の輪郭を追うだけで喉を鳴らしてしまうほどである。
穢れを知らない透き通るような雰囲気は、聖女と呼ぶに相応しいだろう。
妹がいるらしく、引けを取らない美人だとか。
「わかった。気をつけるよ」
そんなミアが怪しい動きをしていることに、リックは信じられなかったが、デミが常日頃から言っていた女の勘は異様に当たるので今回ばかりは素直に聞き入れることにした。
「話はこれで終わり。面倒な話につき合わせてごめんね」
「べつに構わないさ。こうして普通に話せる仲に戻れて俺は満足だ」
「そう」
「そうだ。予定がないなら飲みにいかないか?」
「べつにいいけど、急にどうしたのよ」
「ほら、約束しただろ?」
以前、広場でリックが立ち去る時に残した言葉である。
デミは思い出したようで「ああ、あれね」と呟く。
「嫌だとは言わせない。気持ちを蔑ろにされたぶんは付き合ってもらうぞ」
「ちょっ、それ言われると断れないわね」
「ケイもどうだ?」
リックは物陰に隠れているケイに訊ねた。
ケイはゆっくりと月明かりが差すところに出てきた。
「「げっ、『歩く爆音スピーカー』……」」
「うるせぇよ。ミンチとザクロだけに言われたくはねぇ」
ケイは溜息をついて口を開く。
「リックはこう言ってるが、理由がどうあれお前らがやったことが最低だということは肝に銘じておくことだな。今回ばかりはリックに免じてなにも言わないけどよ」
「そんなのわかってるわ」
「肝に銘じるよ」
デミとコルクはそう言った。
「まあ、お前らがそれで和解してんならそれでいいっか。それじゃ、こっからはまどろっこしいことはなしにして飲みいこう! 二次会だぁぁぁぁ!」
ケイは両手を広げ、夜空に向けて吠えた。
「……。こいつ酔っての?」
「だいぶ前からな」
ケイの爆上げテンションに連れられて、ギルドの食事処へと向かった。
再会と再出発を祝して、四人で盛大に飲んだのだった。
その後の話になるが、ギルドでリックと酒を飲みかわすデミとコルクの姿。そして飲み潰れた三人を送り届けるリックの姿が冒険者たちに周知されることとなった。かつて仲間に追放されたリックが、楽しげしている姿が目撃されたことによって、これ以上、二人の悪評が広まることはなくなった。




