43. 新職業習得、人形師
冒険の都〈ザルツブルグ〉は、S級冒険者リックの活動拠点であり、住んでいる都市である。現在、〈セキネツ武具店〉の休憩室で仕事仲間のカンナと稼いだ金額を計算していた。
「今回も稼いだよねぇ。稼ぐ気でいたわけじゃないのにね」
「ここ最近、〝白漂領域〟がよく発生するようになったからな。それもあるだろうな」
「オッサムの件からほとぼり冷めるまで大人しくしていたいぃ、ってあれだけ言ってたのにね。今回も大活躍。テレビにもしっかりとその雄姿が映ってるよ」
カンナはそう言いながら薄型テレビを指差した。
画面には大地を走り抜けるリックの姿が映っていた。
「二つ名も増えたよね。『疾走する鋼鉄の城塞』から始まって『難攻不落のリック』、『鉄の守護者』と。前々からあったもの含めるとこれで三つかな」
「鉄というか、合金だがな」
「金属イコール鉄って感じなんじゃない?」
「そんな感じか」
リックがそう言うと、カンナは計算を終えて「よし」と呟いて紙を手渡す。
「終わったよ。これでいいかな?」
手渡された紙にリックは目を通して、配分を確認する。
「なにかほしいのとかあったら言ってね。配分を考えるから」
「これで大丈夫だ。必要になったら活動費から出せばいい」
リックはそう言って紙をテーブルに置いた。
「そう言って無断で小型飛行船を買ったのはどこの誰かな? しかも自腹で」
「べつにいいだろ? あったら便利だと思ったんだよ」
「私の呟きだけでこうなるとは思わなかったけどね」
「嫌だったか?」
「嫌とかそういうのじゃなくて、相談してほしかったかな。嬉しいけど、こういうのが続くと精神的にちょっとくるかな? 仲間なんだし、さ」
言い淀むカンナの苦笑いを見て、リックは彼女が土下座した時のことを思い出した。彼女は期待に応えようとして課した重圧に押し潰されてしまいそうになったことがある。善意からでも、それを圧しつけて彼女の負担になってダメだと、自分の行動を反省した。
「すまない。以後きをつけるよ」
「そうしてくれると助かります。でも、嬉しいのは変わらないから、今回は移動に必要だと思ってたところだから不問ってことで」
カンナはにこやかにそう言った。
「それじゃ、この話は終了ってことで、そろそろ始めようかな」
「ん? なにをだ?」
リックが訊ねると、カンナは、ふふーん、と言わんばかりの含みのある笑みを浮かべながら、工房のほうに案内された。
じゃじゃーん! とカンナに見せられたのは人間サイズの木製人形だった。
「これはなんだ?」
「職業〈人形師〉の練習用人形だよ」
カンナは胸を張ってそう言った。
人形師――傀儡を操作して戦う魔法職である。強さは操作する人形によって変化し、人型にかぎらず獣型などの傀儡をも操作可能だ。あの無人機ゴーレムも操れる。
攻撃、支援とたいへん利便性のある職業であり、冒険者のような戦闘員を模した人形を操れば疑似的な冒険者パーティだって作れてしまう。そのせいで、ぼっちの最強職なんて心無いヤジが飛んできてしまうのもしばしば。
「良く習得できたな。そんなすごいの」
「へへぇん。すごいでしょ」
カンナは嬉しそうに胸を張った。
なんかちょっと胸元のチャックが開いてんな、とリックは思いながら口を開く。
「意外だな。新しく職業を習得するなんてどんな心境の変化だ?」
「ほら、私って前衛に出てリックと肩を並べて戦えないじゃん?」
「まあ、そうだな」
実力差がありすぎてリックの戦闘にカンナが追いつけない。そもそもの話、カンナの本職は生産職であって戦闘職ではないから無理もない。
「だから後方からの支援に徹しようと思って。将来的にはリックの戦闘を手助けできる程度には動かせるだろうし、準備や作業も楽になると思う」
「それはいいな。その前に、カンナは魔法系の職業を持ってたか?」
リックの把握しているので鍛冶師と戦士。どれも魔法系ではない。
「ああ、言ってなかったっけ? 私これでも錬金術師の職業も持ってるんだよ? その証拠に、リックの使ってる魔導巧機重鎧の金属筋繊維もここで作ってるんだよ?」
「え? そうなの? てっきり外注してたのかと」
思えば、カンナは魔導具専門の職人だったことをリックは思い出す。てっきり錬金術師などから錬金した素材を購入して使っているものだと思っていた。
「まあ、そう思うよね。鍛冶師は特殊素材をよく扱うから最近では錬金術を学ぶ者も多いよ。外注するより安く済むし、なにより楽しい」
「驚いたな。ドワーフは魔力を扱うのが苦手だと思っていたから」
「事実だけどね。私の場合はリックと同じで血は薄いけどね」
カンナはドワーフのクォーターだ。見た目は人間とはいえ、ドワーフの特性を持ち合わせいている。魔力も少なく、魔法を扱うのが苦手、という短所を持った状態での出発で、魔法系の職業を習得したということは、相当な努力したのだと伺えた。
「そうとう大変だったんじゃないか? 魔力も少ない状態でのスタートは」
「全然? 元から魔力量が多かったから大したことはしてないよ」
「ほう。とすると人間基準で見た場合の魔法使いくらいの魔力量か?」
「そのくらいかな? まあ、人形師を習得してからはもっと増やそうと頑張ってるけどね」
カンナは手をかざして練習用人形を動かし始める。
「……。人形師を習得してどれくらいだ?」
「二週間も経ってないよ」
「それにしては難なく動かせてるな。天職だったりしてな」
「天職かぁ。スムーズに覚えられたからそうなのかなぁ」
カンナはのほほんとそう言いながら、人形で摩訶不思議な踊りをさせていた。
ふと、リックは思った。人形師の技術を誰から習ったんだろうな、と。
人形師は習得している人は少ない。習得するには職業習得所か人形師から教えてもらうことでようやく習得可能となる。少し面倒な職業なのだ。つまりカンナは人形師から教えてもらったことになるが、ザルツブルグには片手に数える程度しかいない。そして、訊ねて積極的に教えてくれる人物を、リックは一人しか知らない。
「ちなみに、誰から習ったんだ?」
まさかな、と思い、リックは訊ねた。
「え? リックも雑草取りの依頼とかでよく知ってる人だよ。最近知ったんだけど、あの人ってA級冒険者のけっこう有名な人だったんだね。テレサさん、って」
「あの人か……」
やっぱりか、とリックは額に手を当てた。
テレサ・カレンデュラ。女性。推定年齢二六歳。人間族。A級冒険者。人形師&錬金術師。明るい茶髪のショートヘアーでアメジストのような美しい瞳を持つ、妖艶な雰囲気を纏ったお姉さんだ。ザルツブルグの西方面の閑静な場所に住んでいる。
百を超える傀儡を操作することが可能であり、優れた人形は彼女と行動する疑似冒険者パーティとして編成されている。
二つ名は『いわく永遠の残機』。その名のとおり、無限といえるほどの人形を所持している彼女にふさわしい名前だ。
ただ、彼女には少し問題があり、大人のお人形遊びが激しい女性なのだ。
「リックも知ってる? テレサさんって、しりこん? みたいな肌の代用品を錬金術師で作った人みたいでさ。その人形の完成度っていったら本物の人みたいですごかったなぁ。ただオークみたいな、二メートルはありそうな亜人系が多かったのはなんでだろ?」
いわくド変態でドMだ。気にいった人に対して自分の性癖をオープンに語る癖があってリックも草むしりの依頼を受けたときに歓迎されてしまったことがある。
『人間の三分の一くらいある太いモノで責められるのはたまらないのっ』
『私を玩具みたいに壊す勢いでめちゃめちゃにされるのがいいのっ』
『裂けそうになりながらも内側から広がっていく感じがまた』
『両方から同時に責められるのも』
『たまには人間もいいかなって。リック君の全身の型をとらせてくれないかしら?』
『また来てくれたのね? さっ、型を取らせて♡ あっ、待って逃げないで! ギルドにチクらないで!? お願いだから! 嘘の指名依頼したのは謝るから!』
ギルド長とは幼馴染らしいが、絶対二十代ではない。
初対面の頃からトラブル続きの関係だが、奇妙なことに交流は今も続いている。
カンナを見ながら、とくに問題なさそうな雰囲気を感じたリックは口を開く。
「あの人は色々と拗らせちゃって友達がいないから、仲良くしてやってくれ」
「ん? 心配しないで、もう仲良いから!」
カンナはそう言って親指を立てた。
「それならいいか」
リックはテレサのことは黙っておくことにした。
「さてと。練習もほどほどにして、いよいよ本番といこうかね」
カンナはそう言って、近くの布を取り去った。
姿を現したのは、かつてリックが使っていた魔導巧機重鎧だった。
「まさか、これを操る気か?」
リックは、お前正気か、と武装を指差す。
「そうだよ。これから私の半身となる01号機ちゃん!」
「なんかいつのまにかナンバリングされてるし」
「ちなみにリックのは02号機だよ」
「そうですか」
「ついでにいうと試作機00号機もいる」
「いつのまにか知らん武装もいるし」
「ぶっつけ本番じゃ作らないよ」
そう言いながら一ヵ月くらいで仕上げたセキネツ武具店に、リックは恐ろしく感じた。
「作ってそんな経ってないし、岩竜の魔核石も無事戻ってきたし。たぶん、私が用意できる中で一番の戦力だと思う。だから早く動かせるようにしたいんだ」
「いや……」
話はさておき、多分魔力が足りない、とリックは確信をもって思った。前に本人が使うと干からびると言っていた危ない武装を動かそうとしている光景に不安が膨れ上がる。
「大丈夫だよ。干からびたりしないから」
不安を察してか、リックの肩を叩きながらカンナはそう言った。
「それじゃ、いくよ! 魔導巧機重鎧01号機!」
カンナは両手を魔導巧機重鎧にかざし、魔力を送り始める。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
「――ッ!」
全力で魔力を送り続けるカンナ。しかし、まったく動かない。駆動しそうな音はしているものの、リックの三割くらいの魔力を送っても動かない光景に驚愕する。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁ……ぁぁ………………ぁぁ、ぁぅ……」
そして、魔力を絞り切ったカンナは萎れた花のように倒れ込むのだった。
「………………、」
悲惨だ、とリックは思った。重鎧は石像のように動いていなかった。
「またやってるのか? カンナ。いい加減、内部バッテリーを積め、って言ったろ」
すると、カンナの兄のボルトが顔を出した。
「積んでないのか?」
「なんなら中身は空洞だ。外部骨格だけで動かそうだなんて無謀すぎるんだよ。外部と内部の両方からの供給があれば動かせるのに」
ボルトは呆れたように言いながらカンナの介抱する。まあ、彼女なりになにか考えがあって搭載しないのだろう、とリックは内心でフォローするのだが、それと同時に、なにも考えてないかも、とブレーキが利きづらい仲なりに考えてしまった。
「こんちゃーす! リックいません?」
リックが介抱を手伝おうとしたところ、工房に知り合いが訊ねてきた。
「ケイ。久しぶりだな」
「そうだよ。あれから全然連絡こないからこっちから出向いてやったぜ」
「すまなかった。最近、忙しかったからな」
「いいってことよ。これから飲みにいこうとしてたんだが、時間あいてるか?」
「そうだな……」
リックはカンナのほうを見て少し悩む。
「いって来いよ。カンナの介抱は俺でしとくから」
ボルトがそう言うと、気絶してなかったカンナが親指を立てた。
「すまない。それじゃ、いくとするか。ケイ」
「そうこなくっちゃっね」
ケイは嬉しそうに言いながら、リックに肩を組みながら夜の都市に出向いた。




