41. 寺院のシスター
少女は、寺院を囲む壁を見上げていた。
白亜の壁に覆われた寺院。澄んだ空と空気、静寂に支配され、生娘の楽しげな会話よりも、小鳥の囀りが鮮明に聞こえてくる箱庭だ。
そこは誰も知らない。その場所で暮らすシスターですらどこにあるのか、どのような目的であるのか、名前もわからない寺院。しかし、それを誰も気にしない。それがすべてであると、受け入れて暮らしている。ただ一人を除いて。
そこに暮らす、一人だけ白い修道服に身を包む少女がいる。
他のシスターとは違う正装を身に纏っている。寺院に住まう者たちが神様と崇める白い石像が鎮座する礼拝堂で祈りを済ませ、シスターフッドの慈愛からかけ離れた言葉をもらい、命令に従って少女は外の洗い場で洗い物をしている。
少女は物心ついた頃からこの寺院に住んでいた。
厳しい規律に縛られ、自由はなく、外界を知らず、今年で一八歳を迎える。
少女は外の世界に興味があった。
どんな世界が広がって、どれだけ教えがあっているのか、知りたかった。なにより、この壁に囲まれた世界が苦しかった。寺院で教え込まれたことに不信感を抱いていたから。
『外に出たい? あなたには必要のないことです。くだらないことは考えないことですよ』
「……っ」
あの時、シスターフッドは冷たくあしらった。そして痛みによって教え込まれた。二度と反論も言葉を返すことも許させないように。おかげで少女は思い出すだけで辛い。
それと同時に、自分は一生外に出られない事実に心の奥が締めつけられる思いだった。
のどかな日常、それ以外は時間が止まっているかのように変わらない。
考えても仕方ないこと。自分の運命を受け入れるしかない。
一生を、規律に縛られながら労働し、矛盾だらけの神へ祈りを捧げるのだ。
そう思っていた。そう思っていたその日にそれは現れた。
仕事をしよう、と視線を戻そうとしたとき、なにもなかったところに扉を見つけた。
「……、あんなところに扉なんてあったでしょうか?」
ふいに、良くない考えが脳裏によぎる。
あそこを出れば自由になれるのでは、と。幸いなことに人影もなく、見張る者もいない。このチャンスを逃したら二度と外に出る機会はないと思った。
「……、」
ためらいはあった。だが、それよりも膨れ上がった希望が、気持ちが先行した。
憧れた外にいける。そして、ここから逃げられる。
少女は初めて規律を破った。扉を開け、外の世界へと飛び出した。
ガコン、と木製の扉が閉まる乾いた音とともに、洗い場から流れ出る水音だけがその場の静けさをかき消す。その場にはもう少女の息遣いは存在しない。
この日を境に、寺院内では少女の行方を掴めていない。




