38. 新型、――発進!
地下へ続くエレベータにを落ちたリックは、終着点である堅い地下の床に激突した。
ガァンッ、と静寂に包まれていた地下に金属音が鳴り響く。ミスリル製の防具で死ぬことはないが、自分の重量と重力によって加速した体が減速せずに激突する衝撃はさすがのリックでも苦悶の声を漏らした。
「おつかれ、リック。予定どおりだね」
仰向けに横たわるリックに、カンナが声をかけてきた。
「そっちも予定どおりだな」
「ちょっぱやで準備してきたからね。お兄ちゃんたちも着いてる頃だと思うよ」
「それじゃ、行き違いになったかもな」
「かもね。それで例の物は取り返せたの?」
「抜かりなくな」
リックは収納魔法から冥峰竜の魔核石を取り出して見せた。
最初にゴーレムに殴られたときから魔核石を取り返す作戦を練っていた。体で感じた装甲の感触、もしかしたら合金素材が最悪な組み合わせなのではないか、と思い至り、オッサムに悟られないように自分の装備から岩竜の魔核石を取り外し、ゴーレムに取り付けられていた冥峰竜の魔核石に触れて収納魔法で魔核石をすり替えた。
予想が外れていたら成しえなかった作戦だが、なんとかうまくいった。
命からがら取り返した魔核石をカンナに投げ渡す。
「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁ投げるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
放物線を描いて飛んできた魔核石に、カンナはそう叫びながら受け取った。
「おっ、重い……っ!」
「あっ、すまん。重いのを忘れていた」
リックは魔核石の重量を思い出してカンナに謝った。圧縮加工で魔核石は小さくなっているが、重量はそのままの四〇キロ超えの代物だ。リックはあまり重さを感じていなかったが、カンナにとってはそうではないことを失念していた。
「べつにいいよ。それよりも早く準備しよう。時間がないみたいだし」
「……、そうだな」
真上から伝わる振動音、地下の天井を見上げる二人は準備に取りかかる。
装備を脱いだリックはカンナに連れられて隣のエレベーターデッキに移動した。
カンナは被せていたシートを取り去ってリックに新しい防具を見せた。
「――っ! これが、俺の」
「そうだよ。新しい装備だよ」
鈍い銀色の硬質感のある特殊金属と冥峰竜の素材でできた重鎧。板金と鎖帷子が編みこまれた暗い青色を基調とした腰マント。以前の装備とほとんど変わらないが、新たにリメイクされたデザインには、リックが戦った冥峰竜を彷彿とさせる雰囲気があった。
「どう? 感想を聞かせてよ」
「期待以上だ。本当に俺が着ていいのか、ってためらうほどに」
「それはよかった。これでようやくリックにあげたかった物をあげられるよ」
カンナはそう言って、胴体の装甲を開き、冥峰竜の魔核石をはめ込んだ。
「これでリックと対等な存在になれたかな?」
「なにを言ってるんだ? 俺たちは昔から対等じゃないか」
職人の力があってリックは冒険者として今の地位にいる。それは紛れもないセキネツ武具店の力があったからこそだ。感謝と敬意もすべて含めてその本心を淀みなく伝えた。
「……。そっか。よかった」
カンナは少しの間を置いて、嬉しそうにそう言った。リックが一番に感謝したいのはカンナにだが、それは照れくさいので平然をよそおって心に留めた。
準備は手短く進んだ。リックは旧型を脱いでカンナに説明を受けながら新型に腕を通す。以前と同じように内部の部品がリックの全身に密着して、外装が繋ぎ合うように微調整を入れながら合体していく。装甲の素材が違うだけなのに、なぜか着心地は以前とはまったくと言って異なる。リックはそんな不思議な感覚を覚えた。
「今のところ大丈夫そう? 変な感じはしない?」
「ちょうどいい。動けないから全部とは言い難いがな」
「前も同じこと言ってたね。まあ、リックが大丈夫なら平気か」
カンナはそう言ってタブレットを操作して防具の状態を確認する。
「本当なら魔力タンクを用意しなきゃいけないんだけど、時間がないから今日はない状態で防具の魔具化を始めることになる。ない状態での魔具化は危険で命に係わるんだけど、そこはリックのスキルに頼ろうと思うの」
「……、〈食畜〉か」
リックは短くそう答えた。ユニークスキル〈食畜〉は食べた量に応じて魔力に変換して溜め込むスキル。貯蓄できる魔力に上限はなく、最大魔力量を基準として魔力を分割してストックする。リックの場合は、条件を満たすと能力が上昇するというおまけつきだ。
「そう。どれくらいストックはあるの?」
「ざっと三十本ってところだ」
「けっ、結構あるんだね」
「最後に使ったのが二年前くらいだからな」
「そっか。ならそれくらいあってもおかしくないか……ん? だとすると、リックの大食いってその〈食畜〉が原因だったり?」
「それはさすがにない。俺の胃袋でもさすがに限界がある」
「そ、そっか……ん? 待って。素であれなの!?」
作業する手を止めてまで驚愕するカンナだが、
「ま、まあ、それはいいか。関係ない話だし。それくらいあるならたぶん大丈夫」
すぐに我に返って作業を再開する。
「ごめんね。最後の最後でリックに頼ることになっちゃって」
「構わないさ。今は緊急事態だからな。頼れるところはいつでも頼ってくれ」
「……、ありがと」
カンナのタブレット操作が終わって防具と一緒に固定されているリックに振り向く。
「それじゃ、魔具化を始めるよ。前と同じように起動してみて」
「……、わかった。始めるぞ」
リックは深呼吸して、鎧の術式を起動した瞬間、
ずん――――、と機動音が鳴ると同時に鎧から空振が発生し、沈むような重苦しい空気が周囲を支配した。そして、それが要因なのかライトが点滅し始めた。
目の前で起こる光景に、カンナは驚いた。
「なに、これ?」
「ぐっ! がああああぁぁぁぁっ!?」
カンナが唖然としている中で、突然リックが苦しみ始めた。
「ぐっ! こんなときにっ、スキルが発現を始めやがった!」
リックは〈食畜〉を発動とともに術式を起動させたと同時にスキルの発現が始まった。通常なら発現したらそれまでだが、強力なスキルが発現するとなると魔力を消費する。それが、魔導巧機重鎧の魔具化するという最悪なタイミングで始まった。
「大丈夫なの!?」
「なんとかなっ。園芸用のホースで血を抜かれてるような気分だがなっ」
「絶対ダメな奴じゃん。危険なら中止するよ!」
「止めなく、ていいっ。このまま続けてくれ!」
リックはそう言って気合を入れる。尋常ではないほどの魔力が強制的に吸い取られていく感覚に意識を持っていかれそうになりながらも、なんとか持ちこたえる。
数年かけて貯めた魔力が、二〇本……十本……とついに一桁を切った。
一瞬、幻覚が見えて、竜なのか、人なのか、よくわからない輪郭がリックの目の前に立って、纏わりつこうとしてくるモノを振り払って我に返った。
「間に合ってくれ。術式、回路、魔法陣、コアともに正常に作動。魔力循環率正常。魔力濃度一定値に到達。魔具化に成功! 魔力充填完了。術式の再起動……成功っ! かーらーのっ、疑似視覚術式と接続。外部と内部の音を調整、――最終調整完了!」
カンナはタブレットを操作しながら、新型の最終調整を終えた。
それと同時に、鎧から発せられる異様な空気は収まっていた。
「リック、大丈夫?」
「……最後の一本を残してなんとかな」
「おつかれさま。一瞬、変な感じになってびっくりしたよ」
「俺もだ。まさかスキルが発現するとは」
荒い息を整えながらリックはそう言った。
「どうする? 少し休んでからにする?」
「俺は平気だ。それに、時間もない」
「わかった。それじゃ……発進準備!」
カンナはそう言って近くの操作盤の赤いボタンを押した。
『上昇準備を開始します。機体固定台を射出口に移動します』
アナウンスとともにリックを固定する台が背後に移動し、壁のレールに固定台が密着し、停止した。それは普通のエレベーターとは違うものだった。
『射出口連結完了――プロテクトプレート解放。上昇準備完了』
「なんか、いつもと違うような?」
「ここは元々、有人搭乗機ゴーレムを地上に出す射出口なんだ。ほとんど使われないから、普段は地下への移動手段としてカタパルトをエレベーターとして使ってるの」
「そうなのか」
「でも、今でも射出口として使えるんだよ?」
カンナがそう言って、ガラスで保護されている赤いボタンを破壊して押した。
瞬間、けたたましい警報が鳴り響く。
『緊急上昇ボタンの反応を確認――』
アナウンスはそう言った。
「待ってくれ、カンナ――」
「前座は終わり。これからが本番だぁ!」
『安全装置をパージ、発進します――』
安全装置が外れる破裂音とともにリックを固定したカタパルトが射出された。
ぐん、とリックの体に負荷を与えながら、時速一〇〇キロを出しながら上昇する。
地上では、続々と集まってきた冒険者にオッサムは苦戦を強いられていた。その中で気にも留めていなかったエレベーターから警報が鳴り響き、ハッチが開かれ、強風とともにリックがストッパーが殺し切れなかった衝撃を受けながら地上に到着した。
『チェストロック解除――』
アナウンスがそう言うと上半身を固定する装置が解除されて折り畳まれる。
「今だ! ボルト!」
「あいよ!」
地上で待機していたナットとボルトが輸送車のアームを操作し、魔導軽機関銃、カートリッジ式蓄積魔導剣が取り付けられた武装パックを換装させる。
『レッグロック解除――いってらっしゃいませ』
「いったれ! リック!」
「あの野郎をぶっとばしてくれ!」
伸びたアームから新しい大盾を受け取ったリックは、魔力を込めて腕に接着させた。
「S級のお出ましだぞ!」
「全員、撤退だ!」
冒険者たちはリックの準備が整ったのを見計らってオッサムが搭乗するゴーレムから離れていく。最初から決められていたかのような行動。
S級冒険者の戦いは熾烈を極める。その余波に巻き込まれないように距離を取る。それが冒険者界隈の常識だ。
新たなS級冒険者の戦いを見たい、というのもあるだろうが。それも含めて時間稼ぎにしかならないことを悟っているから潔く身を引く。そこに悔しいも妬ましい感情もなく、自分の力量をわかっているうえでの行動である。おかげでリックは戦いやすい。
「私を見世物にしやがって! 後で覚えていろよ!」
まあ、周囲から聞こえてくる声援はオッサムにとって気に食わないだろうが。
リックにとっては好都合だ。もとよりオッサムを誰かに渡すつもりはない。
この手で完膚なきまでに叩き潰す。
その強い意志がリックの中で静かに燃えている。後ろから支え、背中を押してくれた大切な仲間を傷つけたあの大商会の会長を決して許すつもりはない。
「色彩変更。コードF」
唱えると、鈍い銀色一色の鎧が白を基調とした色に変貌する。
リックは、オッサムに向けて歩みだす。




