36. 打開策
ザルツブルグに警報が鳴り響いた。
それは都市内で問題が起こったことを知らせるものであり、さらに騎士団だけでは手に負えない脅威が現れたことを冒険者に知らせるものでもあった。
美味しい料理に舌を包み、酒で喉を鳴らし、完全に出来上がっていた冒険者たち。
友達と買い物を楽しんだり、大切な思い人とデートをしている冒険者たち。
ぶらりと祭りと楽しんでいる冒険者たち。
笑顔に満ちていた冒険者たちだったが、警報が鳴った瞬間、C級以上の冒険者の目つきが鋭いものに変わった。酒をやめ、買い物をやめ、デートをやめ、都市に現れたであろう敵に備えて動き出す。戦闘面に関わらない人たちは一般人に呼びかけを始めている。
きっと都市の外から来た者にとっては異様な光景だろう。なんせこの都市の特色であり、ほかの地域では見られない冒険者の心意気である。
「ん? 警報だ」
「なにかあったんだろうな」
露店巡りをしていたリックとカンナの二人は呑気にそう言った。料理をたくさん買ったのでそろそろ場所を見つけてゆっくりご飯を食べようと話し合っていたところだった。
「私たちも加勢する?」
「敵によるな。街中だと、あまり人がいても動きづらくなるし……ん?」
討伐に参加するか悩んでいると。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と地面が断続的に揺れ始めれた。それは段々とリックたちに使づいてくるように揺れが大きくなっていく。
一番大きな揺れがした瞬間、十字路に佇む石造りの建物が爆発し、土煙とともに稼働しないはずの五メートル以上の有人搭乗機ゴーレムが現れた。
「なにあれ!?」
「な、なんだあのゴーレムは!?」
カンナもリックも驚愕するほどのゴーレムがこちらに向かって走ってくる。あの大きさで稼働しているのも驚きだが、それ以上にあの巨体で通常機体より遥かに速度が出ていることに知識を軽くかじっただけのリックですら驚きを隠せない。
「――ッ! 貴様らはリックとカンナか!」
ゴーレムに搭載されいているスピーカーから男の声でそう叫んだ。そして、リックたちを標的にしたゴーレムは一気に間合いを詰めた。
「――なっ!?」
突然のことで反応が遅れたリックは咄嗟にカンナを抱き寄せて庇った。
ゴーレムに殴られたリックたちは建物の壁を突き破りながら飛んでいった。
「いっ、痛ったぁ……」
瓦礫の中からカンナが起き上がる。リックのおかげで無傷で済み、強盗に殴られた場所を軽く頭を打ったので優しく撫でた。
「リック、大丈――――」
カンナがリックのほうに振り向くと、吐血するリックの姿があった。本人も自分が吐血するほどの重傷を負ったことに驚いて、手に付着した血を見て固まっていた。
「リック!? 大丈夫なの!?」
カンナは慌てて駆け寄って安否を確認する。A級以上の実力を持つグランのトマホークを受けて無傷だったリックが、鋼鉄の巨人の拳を喰らっただけで負傷するなんてありえない。その光景は平気だと思っていたカンナを心配させるほどだった。
リックは口から溢れる血を飲み込んで、〈バトルヒーリング〉という数秒ごとに継続して治癒魔法がかかる魔法を行使する。
「大丈夫だ。治癒魔法で治る程度の傷だ」
「そっかぁ、よかったぁ」
へなへなと座り込むカンナを一瞥し、リックは彼女が無事なことに安堵の息をついた。
「それにしても、あのゴーレムって」
「十中八九、オッサムだろうな」
「だよねぇ。あんなバカでかいゴーレムを起動できるとしたら、あの冥峰竜の魔核石しかないもんね。まあ、盗まれた時期からしてそれしかないけど」
まさか盗んだ冥峰竜の魔核石を使って逃亡を図るなんてリックは想定していなかった。定番の夜逃げをするものかと勝手に思っていた。その逃亡はわりと派手だった。
「どこだぁ! リック・ガルートン!」
ゴーレムに搭乗しているであろうオッサムの声が響き渡る。リックたちを探して破壊した建物の瓦礫を掻き分けている。
「標的は俺か」
「さっさと逃げればいいのに」
「腹の虫が収まらないのだろう。偶然とはいえ計画を邪魔したわけだからな」
「とばっちりじゃん」
「まあ、狙われた以上、対応するしかない。逃げたら被害が大きくなりそうだ」
「だね」
目的が決まったリックとカンナの二人は立ち上がる。
「……。それで作戦なんだが――――」
ボロボロになってしまったお気に入りのダサシャツから視線を移した先で、露店で服を売っていたおじさんと目が合ったリック。そして、運命の出会いかのように見つけたシャツ。カンナと作戦の計画を立てながら露店で新しい服を購入する。
新たに、『鉄人』と書かれたぶがぶかのダサTを着るリック。
「作戦はわかったけど、本当に大丈夫なんだよね?」
「まあ、どうにかなるだろ。頼んだぞ」
「了解。リックのだから心配してないけど、やられないでよね」
「ああ。そっちも遅れないでくれよ」
「任せてよ」
軽く握って作った拳を小さく打ち合わせ、リックはオッサムの方向へ、カンナはセキネツ武具店の方向へ走り出した。
――
「どこだリック!」
オッサムは血眼になってリックを探している。計画をとことん邪魔してくれた報いを受けさせようと躍起になっている。
刹那、背後から凄まじい殺気を感じ取り、咄嗟に半身を引いて回避する。
ゴーレムの機体に一筋の軌跡が引かれ、甲高い金属音が鳴り響く。ゴーレムの頭上にへし折れた剣の刀身が宙を舞い、立ち直ったアマンダが通り過ぎた。
「くっ、元とはいえS級は侮れんか、だが!」
オッサムはS級の実力を再確認しつつも、アマンダに拳を振り抜く。だが、彼女はそれを予言していたかのように振り返らないまま心身を翻して回避した。
「アマンダ隊長! 予備の剣です!」
「助かる!」
魔術師カインの支援により飛翔してきた剣をキャッチしたアマンダは、再度ゴーレムを切り刻まんと連撃を繰り出した。剣が折れるたびにカインの助力によって剣が補充される。華麗な連携によって、オッサムは手も足も出ない。
アマンダの猛攻でさえゴーレムの機体はかすり傷がつく程度だったが、オッサムの足止めには繋がり、騎士団の部隊が合流し、完全にオッサムの退路を断った。
「サブルトラック商会会長、オッサム・サブルトラック。神妙にお縄につけ!」
「誰が貴様らに捕まるか!」
「ふむ、なら斬り刻むしかないか」
アマンダがそう言った瞬間、一筋の光の軌跡がゴーレムの関節部分を通り過ぎ、火花と剣の刀身が飛び散った。それに続くようにして剣士系の隊員たちがゴーレムを斬りかかる。
オッサムが操るゴーレムの攻撃は当たらないが、騎士団の攻撃も歯が立たない。拮抗した状態が続くことは目に見えている。S級冒険者でもこないかぎり、どうにもならない。
「硬いなぁ。ミスリルか、アダマンタイトの合金と言ったことろか」
「よくまあ、そんな金属を調達できましたよね」
「おおかた、姑息な手でも使ったのだろう。部下を使って違法採掘させてたようだからな」
「あの商会ならやりかねないですね」
「長丁場になりそうだ。カイン、今すぐ私の魔剣を取ってきてくれ」
「こちらからの支援ができなりますが?」
「構わん。急げ」
「……、わかりました」
カインはそう言って魔剣を取りに騎士団本部へ走っていった。
「さて、予備の剣を合わせてどれくらい持つかな」
アマンダはそう言いながら地を蹴り、隊員たちが斬るのに苦戦していた太いケーブルをたった一振りで糸も容易く切断した。
「ケーブルが切断されたか。都市を出るまでの繋ぎするつもりだったが致しかたない」
リック・ガルートンを気が済むまで痛めつけるつもりでいたが、ゴーレムを王都へ届けることを優先し、オッサムは騎士団の相手をするのをやめた。
「――ッ! いかせるな! タンク!」
オッサムが逃走すると察したアマンダは命令を下した。即座に重戦士の隊員数名が陣形を組み、〈ガード〉のスキルを行使してゴーレムに立ちはだかった。
「チィッ、邪魔だ!」
オッサムは舌打ちをして重戦士を薙ぎ払った。鈍く短い金属音とともに圧倒的な防御を誇るはずの重戦士たちは重機に弾かれた小石のように飛んだ。
「怯むな! もう一度陣形をと――」
地面に叩きつけられた重戦士にアマンダが士気を奮い立たせようと声を上げたが、目の前に横たわる重戦士を見て驚愕した。
虫の息で吐血する重戦士。A級以上の魔物の攻撃を物ともしない堅牢なる盾が一瞬にして瀕死の状態へと追いやられた。もう戦えないと悟ったアマンダは、一刻も早く重戦士をこの場から離脱させなければと思った。
だが、それよりも先にオッサムが動いた。アマンダに向けて拳を振るゴーレム。その道筋には重症のタンクが横たわっている。隊員を見捨てられないアマンダは回避をやめ、防御系の剣術スキルを発動する構えを取る。
「大盾かりるぞ!」
それと同時に、現場に到着したリックが隊員の大盾を拾い上げてアマンダの前に出た。
ガンッ! と金属音を鳴らしながらリックはゴーレムの拳を受け止める。お気に入りのサンダルが千切れて、素足で地面を踏みしめるリックは奥歯を噛みしめて、
「――〈シールドインパクト〉ッ!」
最大出力のスキルを発動する。爆発を彷彿とさせる衝撃波はゴーレムの巨体を吹き飛ばした。軽く放物線を描いたのち、石レンガの道に背中からめり込んだ。
頼もしい助っ人の登場により、危機を脱したことにアマンダは安堵した。
「すまないリック。助かった――」
だが、心強い盾役であるリックは吐血した。S級の重戦士でさえ、あのゴーレムの攻撃を受け止めただけでダメージを受けた。その光景にアマンダは驚きを隠せなかった。
「S級でも吐血するのか」
「おそらく、盗まれた魔核石の効果だと思う」
「……、なるほど、そう考えるのが妥当か。ゴーレムでも魔核石の力を引き出せるとは」
「引き出しているというより、溢れている、のほうが正しいかもしれない。攻撃を受けてわかったが、オッサムはあの力を操れていない。もしかしたら気づいていない」
リックとアマンダが会話している間、オッサムはゴーレムの重い機体を起き上がらせていく。動きが早いわりには起き上がるのに少し苦戦しているようだった。
その光景を眺めながらアマンダは口を開く。
「ほう。なら、倒せないわけではなさそうだ。リックはなにか策があるのか?」
「いちよう、とだけ」
リックはそう言って血を拭う。
「リック・ガルートン! お前を待っていたぞ!」
立ち上がったオッサムはそう叫んだ。
「そのようだな」
「私の計画を台無しにした報い、ここで受けてもらおう! まあ、魔核石のお礼に命だけは助けてやる。冒険者生活ができるかはわからないがなぁ」
「あげたつもりはないがな。そっちが来るなら俺も全力でお前をぶちのめそう」
「いきがるなよ! 若造が! 竜の魔核石を使ったゴーレムだぞ!」
オッサムは動き出すと同時にリックも走り出す。突き出された機械の鉄拳を大盾で受け流し、回転をかけながら〈シールドスラッシュ〉をゴーレムの腕に叩きつける。
ゴチィンッ、と鈍い金属音とともにリックの持つ大盾が歪む。だが、最大出力で振り抜かれたスキルによって腕が内側に入ってゴーレムの体が捩れる。
勢いを殺し切れずに膝を崩すことを想定してのリックの一撃だったが、体が傾きかけた瞬間、ゴーレムの腰がぐるんと回転した。
「ふぇ?」
予想外の出来事にリックは変な声を漏らした。ゴーレムは金属筋繊維で動いている。人体に近い構造で、必ずといっていいほど上半身と下半身を繋がれて可動域が制限されている。リックは初めて知った。そういうのもあるんだなぁ、っと。
そして、回転をかけた拳が振り向かれてリックに直撃、そのまま空高く飛んでいった。
――
一方その頃。カンナは身体を強化する〈ブースト〉と速度を上げる〈アクセル〉のスキルを駆使してセキネツ武具店に到着した。
「ただいま!」
肩で息をしながらカンナは、カウンターで呑気に談笑していた兄二人に声をかける。
「お? どうしたカンナ。リックの旦那とデートにいったんじゃないのか?」
「兄貴。すぐからかおうとするのやめろよ」
「ナットにぃ! ボルトにぃ! 今すぐ手伝って!」
そんなからかいを無視してカンナは兄貴たちに協力を頼んだ。了承を得る前に軽く息を整えたカンナは工房に入って準備を始める。
「お、おい。どうしたんだ? そんなに切羽詰まって」
「今リックがゴーレムと戦ってるの。盗まれた魔核石を使ったゴーレムと」
「なんだって!? それっておめぇ、サブルトラック商会のやつと戦ってるってことか?」
「そう! だからどうしても魔導巧機重鎧が必要なの」
カンナはそう言いながら新型装備をクレーンを使って移動を始める。
「だけどその装備はあの魔核石が必要、ってカンナも言ってたじゃないか」
「リックが奪い返す予定になってる。それと同時に新型を稼働させる」
「ちょ!? それって準備なしで魔具化するってことか!?」
ナットが驚く隣で、眉間にシワを寄せるボルトが口を開く。
「いくらなんでも危険じゃないか?」
「大丈夫。それに関してはちゃんと策があるから」
「わかった。ちょっと走行車の準備してくる!」
「おねがい!」
ナットとボルトが輸送車の準備をしている間に、カンナは修理中の旧型魔導巧機重鎧に、ないよりはマシと思ってリックの前に装備していた腕を取りつける。
ちょうど旧型の準備を終えた時だった。
突然、工房の壁がぶち破ってリックが入ってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? リック!?」
カンナは驚いて瓦礫の中に横たわるリックに駆け寄った。
「さすが五本に入る大商会だ。即配だよ」
「馬鹿言ってないで起き上がる。体は大丈夫なの?」
「平気だ。屋根裏のミスリル製の道具にぶつからなくてよかったよ」
「風魔法を使ったブーツで飛んだ時だっけ。あれは本当に焦った」
「まったくだ。それより、旧型は使えるか?」
「使用可能だよ。ちょうど届けるところだった」
「助かる」
カンナの手を取ってリックは立ち上がる。
「武装パックは大丈夫だったよね?」
「ああ。今は最低限で十分だ」
リックはそう言って収納魔法で魔導巧機重鎧を収納してあるブーツを手に取る。それは魔導巧機重鎧に飛行機能を取りつけることになったときに、リックに試させた風魔法で飛ぶ魔導具のブーツだった。
「あ、それ、どうするの?」
「最短距離で戻る。多分壊れると思うが、構わないか?」
「大丈夫。すぐに準備していくから、なんとか持ちこたえて」
「わかった」
リックはそう言って魔導具のブーツを使用して飛んでいった。
空高く飛んだリックは何度も使用して、最後の微調整でブーツは壊れてしまったが、視界にオッサムが搭乗するゴーレムを捉えた。着地点を確認しながら、リックは胸に手を当て収納魔法を発動して魔導巧機重鎧を装備した。




