32. 秘めた思い
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太陽が昇り始めたばかりの時間帯。静寂に包まれたザルツブルグ。わずかな間しか味わえない人気のない都市を、リックとカンナの二人は歩く。早起きをして断続的にあくびをしながらカンナをセキネツ武具店に送り届けているところである。
「早朝に町を歩くのもなんか新鮮だね」
「そうだな」
「まあ、あくびが止まらないけどね。ふぁ」
カンナはそう言いながらあくびをした。
澄んだ早朝の空気と、新鮮な朝日に照らされながら何気ない会話をしながらセキネツ武具店の前までやってきた。さすがにナットたちも寝ていることもあって静かだった。
店に帰ってきても、カンナは大きなあくびをした。雰囲気から疲れている感じが見受けられないが、リックは少し心配になる。
「もうちょっと寝ててもよかったんだぞ? 最近、働き詰めだったろ」
「そうもいかないよ。もう少しで完成するんだから」
「だがな」
「お願い。今回だけは無理させて」
「……、」
カンナの見せる空笑いに、リックは彼女を見据える。
いつものお願いとは雰囲気が違う余裕のない感じ。止めるのは簡単だ。だが、無謀なことは避けるカンナが決めたことなのはわかる。人の決意を無下にはできない。だが、カンナが倒れるようなことは避けたい。
悩んだ末に、リックは答えを引き出す。
「ヤバいと思ったらすぐに休めよ。倒れたら兄ともども卒倒するぞ」
「気をつけます」
カンナはそう言っていつもの笑顔を見せた。
「それじゃ、ここで。送ってくれてありがとう」
「また昼頃。なにか差し入れ持っていく」
「助かるよ。ドスビルの聞いたスタミナ料理をお願いね」
「任せてくれ。良い料理を知っているんだ」
リックは快く了承した。カンナは、にかっ、と笑って店の扉に手をかけた。
「楽しみに待ってるね。リックも楽しみに待っててね」
「ああ」
リックは微笑を浮かべてカンナの背中に小さく手を振った。
「さて、時間まで草刈りの依頼でも受けるかね」
そう呟きながら、リックはセキネツ武具店を後にした。
――
気づけば、二週間が過ぎた。
カンナたちを監視していた者からの邪魔が入ることもなく、反省部屋から出所してきたパーティ『バラン・ガタッタ』からの接触もなかった。
おかげで順調に作業が進み、深夜に冥峰竜の魔核石の圧縮加工が完了した。
「で、できたぁ……」
冷却が完了した魔核石を見て、カンナは達成感から万歳する。そして、今まで無視してきた疲労感に全身の力を奪われて、椅子にもたれかかった。
だが、まだやることがある、とカンナは体に鞭打って立ち上がる。
「しっかし、思ったより時間かかったなぁ。冥峰竜ともなるとこれが当たり前なのかな」
そう言いながら、圧縮加工機に固定されている魔核石を取り出した。
「よっ……、と、うわっ、おもっ!」
元の大きさが四〇センチはある球体が、今は手に収まるほどの大きさとなり、ちょうど投擲によさそうな球体をしている。。重さは圧縮前と変わらない。見た目と重さのギャップがすごいが、それでも落としそうなった魔核石を持ち直してカンナは確認作業をした。
すると、カラン、と工具が落ちる音が工房内に響いた。
「えっ?」
音のするほうに反射的に振り向いたカンナの目に映ったのは黒づくめの人だった。
顔を隠し、全身黒一色に統一された衣服を身に纏って、鈍器を振り下ろす存在。
襲われる。そう理解して回避行動をとる前に、カンナは頭部を殴打されて気絶した。
黒づくめの者たちは、床に倒れるカンナには目もくれず、転がる冥峰竜の魔核石を「おもっ!」と驚愕しつつも仲間とともに魔法鞄に突っ込んだ。
魔導巧機重鎧も持ち出そうと、黒づくめの者たちは行動したが、
「どうしたんだ――――カンナ!? テメェら何者だ!」
想定外のナットに乱入され、出口に逃げ出した。
「逃がすか!」
ナットは果敢にも黒づくめの者たちに掴みかかるが、少しの取っ組み合いをした後に抜け出されて逃げられてしまった。床に転倒したナットは我に返って、気絶するカンナのほうに急いで駆け寄った。
「カンナ! しっかりしろ、カンナ!」
その日、ようやく完成した魔核石は何者かによって奪われてしまったのだ。
――
リックが惰眠を貪っていたある朝のことだ。習慣になりつつある草刈りの依頼を受けようとしたリックに、カンナが襲われたと知らされ、急いでセキネツ武具店に足を運んだ。
「カンナ!? 大丈夫か!?」
リックが工房に入ると、ちょうど騎士団の事情聴取が終わったところらしく、ナットとボルト、椅子に座るカンナを発見する。
「……、リック」
包帯巻きにされた頭部が痛々しさを物語っていた。被害にあったせいか、いつもの明るく元気な姿からはほど遠く、萎れかけた花のように弱々しい。
「大丈夫か? 頭以外にどこか痛いところはないか?」
「頭だけ。ほかはなんともないよ」
「そうか。重症じゃなくてよかった。医者には見てもらったのか?」
リックの問いに、カンナは首を横に振った。
「わかった。治癒魔法をかけるからいったん包帯を取るぞ」
「……、」
「カンナ?」
リックが近づこうとしたとき、先にカンナのほうが立ち上がった。そして。
「……リック。ごめんなさい」
カンナは床に頭をつけるようにして土下座をした。
「ちょっ!? カンナ、やめてくれ。いったいどうしたっていうんだ?」
あまりにも突然すぎる出来事にリックは慌てて土下座をやめさせようとする。だが、彼女は力強く顔を伏せたまま動こうとしない。
「ごめんなさい。私にはもう謝ることしかできない……」
震える息と声。その様子から、湧き出そうな感情を必死に押し殺していることに気づいたリックはカンナの肩から手を引いた。
「俺には謝罪される理由がわからない。でも、なにかあるからカンナは謝罪してるのはわかる。ゆっくりでいいから聞かせてくれないか?」
リックは困りながらも、慌てる心を抑えて慎重に訊いた。
「最初は一緒に冒険できればいいと思ってた。友達として支えてやれたらって。冒険者もやってたからすぐでなくても頼れる仲間にはなれるかなっ、て。でも、あの竜との戦いを見てから、自分がどれだけ弱いかを思い知らされた。遠くて、今から追いかけてもきっと追いつけない。これじゃ、ダメだって思った。だから冒険者ではなくて、職人としてリックと肩を並べたかった。もうあんな思いをしなくていい、頼れる存在になりたかったんだ」
カンナは言葉を続ける。
「でもダメ。ようやく完成して、最高のものをあげられると思ったのに奪われちゃった。せっかく、私を信用してお金も素材も預けてくれたのにっ」
カンナの頭が、ドンッ、と頭を打ち付けた。
「ごめんなさいっ。リックの期待に応えられなくて。期待を裏切ってしまって」
それは、カンナが心の内にしまっていたであろうリックへの思いだった。
思えば、最初の冒険はカンナの提案から始まった。更新していなかった〝天啓の白書〟を更新し、ブランクもあるのに戦った。かつてのパーティに怒ってくれた。
そして、冥峰竜の素材を使った魔導具製作。最初は希少な素材で職人魂に火がついたのだと、リックはそう思っていた。
だが、実際はリックのことを考えての行動だった。今までの行動すべてが。
だからこそ、カンナは自分なりに対等であると証明するために、魔導具製作をして結果を出したかったのだ。ともに冒険をするために。
「もういいやめろっ、カンナ。リックの旦那ならわかってくれるって」
「根を詰めすぎたんだって。それに、奪われたなら取り返せばいい話だろ」
「……もうないよ。あんな希少なの、ザルツブルグに置いておくわけがない」
「だがな」
「あれ以上の物はもう作れないよ。リックには感謝しかないのに。あんなによくしてもらったのにっ。私からあげられる物はあれしかなかったのにっ」
ナットとボルトは励ますが、カンナの調子が戻ることはなかった。
土下座をするほどにカンナは自分に課していたのだろう。追い詰めるように、押し潰すように、もうチャンスは二度とないと言い聞かせ、顔には出さず、悟られないようにして。
だから、必要以上に自分を追い詰めてしまった。
そして、今に至ってしまった。
「カンナ。頭を上げてくれ」
リックはそう言いながら、カンナの肩を掴んで上半身を起こした。
今にでも泣きそうな顔をしていた。目が合うとすぐにカンナは顔を反らした。
そんな彼女をまっすぐ見て、リックは口を開く。
「ありがとう、カンナ。こんなにも仲間思いな君に恵まれて俺は幸せ者だ」
「でも、約束、守れなかった。顔を合わせられないよ」
そんな調子のカンナに、リックは微笑して口を開く。
「覚えてるか? 俺が初めてセキネツ武具店に来た時のこと」
「……うん。覚えてる。重戦士でも全力で走れる武具が欲しい、って要望してきたときだよね。最初、こいつ正気か、って思ってた」
「ぐっ……まあ、お互い様だ」
当時のリックは、自分のスタイルに合った武具が見つからず困り果てていた。
そんなときにセキネツ武具店に出会った。最初に要望を伝えたとき、「「「は?」」」と言いたげな顔をされたが、難色を示すどころか三兄妹は要望どおりの装備を用意してくれた。
「セキネツ武具店は俺の要望を聞いてくれた。だけど、カンナが急に魔導具にしちゃおうとか言い出して、彫刻でも掘るのかってくらい細かく術式を書き初めたんだよな。初めてそれを見たとき、こいつ正気か、と俺も思った」
リックがそこまで言うと、ようやくカンナと目が合った。
「俺はナットとボルト、そしてカンナに物凄く感謝している。新人時代からの付き合いだから、もうかれこれ五年お世話になってるのか。ホントに感謝してもしきれない」
リックは包帯を取り去り、治癒魔法をかけ、カンナの肩をぽんぽんと叩く。
「カンナが俺に感謝しているように、俺だって感謝している。希少な素材が奪われたからってなんだ。それくらいでカンナを失望なんかしたりしない。もし取り返せなかったそのときは、また素材を取りにいこう、な」
優しく微笑みながらリックはそう言った。これは心の底から思っていることだ。確かに素材が消えたことは非常に残念だ。けれど、かけがえのない存在が残っていることがリックにとってなによりも大切なことだった。仲間がいない冒険なんて寂しいから。
「うぅ……、うわぁぁぁぁぁぁ! リックが優しいよぅ!」
カンナの潤んでいた双眸から徐々に涙を流れ始め、ついには泣き出してしまった。
「お、おい。泣くなよ。俺が泣かしたみたいじゃないか」
「だって、だってぇぇ…………」
泣きじゃくるカンナの涙を、動揺しながらもリックはハンカチで拭ってあげた。
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