29. 『過去と決別』
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リーダーであるグランが、リックに気づくと怪訝そうな顔を浮かべた。
「リック……」
「……。グランか。カンナになにか用か?」
「お前には関係ない話だ。俺たちはセキネツ武具店と専属契約を結びに来たんだ」
ドヤ顔で言うグランだが、カンナが血相を変えて逃げてきた様子から相当しつこく粘着したに違いないだろう。
「助けてリック。あいつ何度も断っても諦めてくれないの」
案の定というか、そういうことらしい。リックは呆れて溜息を吐いた。
「専属契約なら俺がしているが、それでも諦めないのか?」
「だからなんだ? 俺たちの話を聞けば鞍替えするに決まってる」
どこからそんな自信が、とツッコミ入れたくなるところだが、グランはそんなことお構いなしに公衆の面前で大金を堂々と見せつけた。その行動にさすがのリックも引いた。
だが、リックはべつにカンナを縛るつもりは一切ない。
「カンナ。あの防具を作るとしたらいくつが限界だ?」
「正直に言うと三つまでが限界だけど、そもそもはな話、現状リック以外は扱えない」
「使うとどうなるんだ?」
「干からびて死ぬ」
「それはまた危険だな」
「リックに当てはめた結果だよ。道具の魔具化は膨大な魔力が必要だし。それに、彼らに合わせて作ったとしても別店舗の武具を性能は変わらないと思うよ」
カンナの話を聞いたリックは、改めてグランに向き直る。カンナの武具を所望するグランたちには悪いが、リスクがある以上は軽率に与えることなんてできない。
「どうだ? 俺たちの専属になれば、リックのはした金より良い待遇を与えられるぞ」
「だからお金の問題じゃないって何度も説明したじゃん。あれはリックだから使えるのであって、あんたらじゃ扱うことすらできないって」
武器も鎧も、等しく命を預ける相棒だ。それらを作り上げる専門職が説明付きで頑なに拒否しているのだから受け入れるべきだ。良く聞く話、分不相応な力は必ず身を亡ぼす。
だが、安全を考慮した職人カンナからのありがたい言葉は、グランには挑発と受け取られてしまったようで、彼の眉がピクッと動いた。
「そいつのどこがいいんだよ。俺たちから地位も名誉も、なにもかもを奪っていったやつだぜ? なんの努力もしたことのない運だけで冒険やってるのにさ」
「なにを言って」
「そのままの意味だ。そいつは俺たち『バラン・ガタッタ』から活躍を奪ってきたからだ。壁役のくせにアタッカーやヒーラーの真似事までするようになった。そのせいでまともな連携も取れず、仲間の活躍をぜんぶ横からかっさらっていった。そうだなぁ、偶然遭遇した岩竜討伐、賞金首のザザンの逮捕、どれも俺たち『バラン・ガタッタ』がいたから倒せたのに、リックという冒険者は自分の手柄にした。極めつけは迷宮で手に入れた伝説級のスキルブックを二冊ぜんぶ独占しやがった」
「待て。俺は独占したつもりはない。それにスキルブックの性質を知っているなら――」
「うるさい! ならスキルブックをそのまま持って帰ってくればよかっただろ! その場で使って選ばれただと? 最初から独占するつもりだったんだろ!」
リックの弁明もグランは聞き入れるつもりはないらしい。スキルブックは最初に見つけた人の所有物となるのに、独占は聞こえが悪すぎる。
そもそも、スキルブックには明確な意志が存在する。選ばれた者の前に現れ、その力を授ける。そのため、所持しているからといって相応しい者が現れた瞬間、気づかないうちに所有者の前から消えていることのほうが多い。その性質のせいでスキルブックで本気で商売しようとする者はいない。店頭に並んでいても、消えたらそれまでと割り切って売っているくらいだし、冒険者だって売却までに手元から消えたら諦めるほどだ。
そんなスキルブックの中でも伝説級とされる〝深淵の虚書〟と〝神聖の虚書〟にリックは選ばれた。普通なら見つけたとしても拒絶されるのが当たり前のスキルブックに。
「リック・ガルートンは自分を売り込むためだけにパーティ『バラン・ガタッタ』を利用してきた。なんの努力もせず、漁夫の利で大きくなった見せかけだけの冒険者だ!」
徐々に熱くなってきたグランは荒い口調でまくし立てた。
「グラン。そうまでして俺を……」
事実無根な話を続けるグランに、リックは心の底から悲しんだ。
リックは、グランのパーティ『バラン・ガタッタ』とは新人時代からの付き合いだった。壁役を探していた彼らと出会い、その中のメンバーになった。
互いに高め合う仲間だったはずなのに、リックの前にいるかつての仲間は蹴り落そうとしている現実に寂しさを感じた。
「ふざけないで!」
瞬間、カンナの切り裂くような怒号が響いた。
「なにも知らないくせに好き勝手言いやがって! それでも一緒に肩を並べてきた仲間か! リックは努力していた。挫折しながらも悩みながらも頑張っていたんだ。それを、奪ったとか、利用したとか、そんなに簡単に片づけるなァ!」
カンナは荒い息のまま、言葉を続ける。
「リックは頑張ってたんだよっ。あんたらと対等にっ、冒険をしたくてっ!」
すべての言葉を絞り出して、涙ぐんだ。
心の底から吐き出された気持ち。それを隣で聞いていたリックは驚くほどに目を見開いた。声音でもそれが本気だと伝わるほどに、リックを思っての言葉だった。
それと同時にリックは悔んだ。これほどまでに思ってくれる人が近くにいたのにも関わらず、過去の情景に囚われている自分に。もうパーティではない。なら答えを出すべきだ、とリックは心の中で答えを固める。信じてくれる仲間のためにも。
「だからぁ? なんだ? 職人ごときが冒険者を語るな」
カンナの言葉は、想いはグランには届かなかった。それよりもこの反論がよりグランの機嫌を損ねてしまったらしく、刃のように鋭い視線をカンナに向けた。
「悪いが、グラン。俺はカンナと専属契約をしている。これ以上、カンナに付きまとうならギルドに報告しなければならなくなる」
リックは、明らかに敵視するグランから守るようにしてカンナの前に出た。それによってグランのヘイトは自然とリックに向かった。
「あ? お前に指図される筋合いはない!」
「指図じゃない。これは警告だ」
まっすぐグランを見据えるリックははっきりとそう告げる。
「……リック」
「ありがとう、カンナ。俺は本当に良い仲間に恵まれた。おかげで迷いが晴れた」
リックはカンナに心からの感謝の言葉を述べた。追放されてから、また仲良くやれる、とそんな未練がましい期待が心のどこかにあった。
だがもう、リックは『バラン・ガタッタ』のパーティメンバーではない。ザルツブルグに在籍する一人の冒険者だ。なら、それ相応の対応をしなくてはならない。たとえそれが、過去の仲間が目の前に立ちはだかったとしても。
リックは覚悟を決めた。過去と決別すると。
「すかしてんじゃねぇぞ! ただの重戦士が、壁役の分際で、一人じゃろくに冒険できねぇ職業のくせに! 群れなきゃ活躍できねぇくせにぃッ!」
グランは激情に任せた怒号を飛ばした。
「確かに俺は重戦士だが、冒険者の冒険には関係のない話だ。お前の基準がなんなのかは知らないが、重戦士だからといって決めつけるのは、それはただの傲慢だ」
リックは飄々と返した。いつのまにか捩じ曲がってしまったグランたちの嫉妬心にはっきりと。事実から目を背けるかつての仲間に。
「うるさい!」
グランは振り払うように叫び、懐から取り出したトマホークをリックに投擲した。
トマホークは無防備なリックの顔面に直撃した。周囲の野次馬から悲鳴が上がり、カンナの「リック!」とを叫ぶ声が響いた。
だが、トマホークはリックの肉を断つことはなく、地面に落ちた。
当然、リックの顔は無傷だった。痛いが、リックなら耐えられる程度だ。
「これが現実だ。お前は俺を傷つけられない」
「そ、そんなことあるか! 俺の攻撃だぞ! スキルか魔法を使ったんだろ!」
「なら、グランの後ろでずっと黙ってるデミに聞いてみたらどうだ?」
リックは淡々と問いかける。すると、魔力の動きがわかるデミが動揺を見せた。
「デミ、どうなんだ?」
「そ、それは、その……」
言葉を詰まらせて顔を反らすデミ。それ以上のことは何も言わなかったが、その反応からでも魔法が使われていなかったことをグランは理解したようだ。
「なぜだ! 同じ冒険をしてきたはずなのに!」
「ホントにな。なんでこんなにも開いてるんだろうな」
「才能の差だと言いたいのか!」
「それで片づけられるほど、お前の頭はお花畑じゃないだろ」
グランは奥歯を噛みしめながらリックを睨みつける。
そんな彼から目を逸らさないリックは過去を振り返る。気づける機会はいくらでもあった。なのに自分を優先し、いつも遊んでいる彼らを気にも留めなかった。きっと各自で鍛錬しているのだと思い込んでいた。近況を聞くくらいいつでもできたのに、冒険と、何気ない話だけで毎日を繰り返しているだけになっていた。
「気づいてやればよかった。いや、もしかしたら俺も俺で、ちゃんとお前らに向き合えてなかったんだろうな」
リックはそんな自分を悔みながら言葉を続ける。
「グラン。俺はお前たちが羨ましかった」
「テメェ! 言わせておけば、羨ましかった、だぁ? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
すると、ずっとグランの後ろで傍観していたコルクが怒声を上げた。
「まあ、そうなるか」
心からの本音。持っていないモノを持っていた『バラン・ガタッタ』メンバーに憧れてリックは頑張ってきた。だが、その心意とはまったく違う意味で捉えられてしまった。
話は平行線のままで終わる、そう確信したリックはその場から離れることを決めた。
「また話そう。今度はゆっくり食事でもしながらさ」
「おい、リック。そう簡単に逃がすと思ってるのか? 今ここで決闘してもらうぞ!」
グランがそう言うと剣を引き抜いた。
「これ以上、痴態を晒すのだけはやめろ」
「今度は見くだすのか!」
「そうじゃない。お前らの装備、ぜんぶサブルトラック商会が出してるものだろ? スポンサーになってくれたのかは知らんが、良くしてくれてた職人の装備を捨てて、その装備で剣を抜いたりしたら、みんなにどう見られるかわかってるはずだ」
ミガル王国の大商会と言えば聞こえはいいが、最初から印象が悪く、ザルツブルグで問題を起こした商会。すでにザルツブルグの住民には知れ渡っている状態だ。それで騒ぎを起こせば、『バラン・ガタッタ』は印象は地に落ちる。S級認定されているなら尚更。
「何年か前に言ったはずだぞ。軽率な行動は信用を失う、と」
「今度は説教か。大物にでもなったつもりか! 武器を構えろ! リック!」
グランはそう叫んで、身体強化スキルを発動しながら剣を構えた。
少し言い過ぎたか、と思いながらリックが収納魔法を発動しようとしたときだ。
「リック・ガルートンは最近S級冒険者になったばかりの正真正銘の大物だぞ」
野次馬から出てきた女性がそう言ってリックたちの間に入った。
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