24. 深淵の虚書
リックの安否を確認したカンナも安堵の息を漏らしていた。
「すごいよ。リック。まさかあの冥峰竜を討伐しちゃうなんて」
「俺も思ってなかった。まさか岩竜のさらに上位互換の竜を倒す日が来るなんてな」
「それもたった一人で。これはもう偉業だよ。リックの実力がどれだけすごいのかが、これで証明されたようなものだもの」
「……。そうだな。自分が今どこにいるのか。今日ではっきりしたよ」
「自信がついたんじゃない?」
「すまん。実力がどうのとかよりも、まず冥峰竜を倒した、って事実があまりにも現実離れしすぎて、実感わくまで少し時間がかかりそうだ」
「それもそうか。岩竜だったらまだしも、ぶっつけ本番で上位互換だからねぇ」
神出鬼没の竜。それが運がいいのか悪いのか、それほど危険度も高くない天然洞窟の浅層で遭遇するなんて誰が予想できるだろうか。
「とりあえず、一件落着ってことでいいんだよね? 鉱石採掘はどうする?」
「こんな大物が獲れたら十分だろ」
「だよねぇ……」
「とりあえず、この冥峰竜を収納魔法で持ち帰ろう。解体はギルド直属の解体業者にでも頼むか。基礎技術しかない俺たちが解体するには大物すぎる」
リックはそう言いながら気怠い体を鞭打って上半身を起き上がる。
「収納するのはいいけど、入るかな?」
「こういう大型を回収することも想定して、前に大容量の魔法鞄を買ってある」
「用意がいいね」
リックは立ち上がり、収納魔法で大盾を収納し、最後に魔導巧機重鎧を収納する。
「帰ったらその腕を直さないとね」
「そうだな。帰ったら頼むわ」
そんな会話を挟みながら冥峰竜に近づいた時だ。
「ん? リック。岩竜から変な煙みたいのが出てるよ?」
「……みたいだな。なんだこれ?」
竜の外殻から立ち昇る煙にリックとカンナは不思議そうに観察した。
「まあ、問題ないだろ。さっさと収納してしまおう」
リックがそう言って手をかざした瞬間、〝天啓の白書〟が勝手に実体化した。
「「……、えっ?」」
リックたちが状況を掴めないまま、〝天啓の白書〟は独りでにページが開く。そして、眩い光を放ちながら竜から立ち昇る煙をすべて吸収してしまった。
強風が吹き上がるほどの吸引力。リックの意思とは関係なく動き、竜からナニカを吸収した〝天啓の白書〟が消えていくのをただ呆然と眺めていることしかできなかった。
「今のなんだったんだろ?」
状況を理解できないカンナはそう呟いた。リックはもう一度、〝天啓の白書〟を実体化させて、なにが起こったのかを確かめた。
「白書にはなんて?」
「……〝冥峰竜の魂〟を吸収したみたいだ」
カンナの問いにリックはそう答えた。
「そんな機能、白書にあったっけ?」
「いや、これは白書の機能じゃない」
リックは確かめるまではわからなかったが、白書の内容を確認してすべてを理解した。
「これは、〝深淵の虚書〟の力みたいだ」
「それって、あの」
――――
この世界には、スキルブックという、一度でも使用すれば一冊に記されている魔法やスキルを習得可能とする魔法のような技術書が存在する。
古代の人が製作した物でも、現代の人が製作した物でもない謎めいた本。
一説では、〝技巧の神〟が製作していると言われている。一年に数冊、世界のどこかに人知れず配置され、必要とする者の前に現れる。
その中でも特殊なスキルブックが二種。その中の一種が〝深淵の虚書〟というものだ。
「〝深淵の虚書〟は倒した相手の力を吸収し、習得者に合うユニークスキルを創り出す力を持つんだ。一度使用したら消えてしまうスキルブックだが、〝深淵の虚書〟は永久的に習得者の力になる、伝説と言ってもいい代物だ。持ってる人は数える程度しかいない。虚書の効力が発動するまで、すっかり忘れていた」
リックたちは冥峰竜の死骸を回収し、洞窟の外へ向かっていた。その間、リックが習得している〝深淵の虚書〟について話していた。
「リックはそれをどこで手に入れたの?」
「わりと最近だ。岩竜討伐の前だったか。調査依頼でとある危険度Aランクの迷宮に潜ったときがあってな。ちょっと仲間とぶつかった表紙に崖から落ちてしまったんだ。どれくらい落ちたかは知らないが、着地と同時に気絶して、気づいたら古びた書架にいて、散策してたら棚から二冊の本が落ちてきて、拾ったらその一冊が〝深淵の虚書〟だったってわけだ。そのあとは普通に脱出できた。本当に災難だったよな」
当時を振り返りながらリックは淡々と話した。
「よく生きてたね……って、二冊って。もう一冊はなんなの?」
「ああ、〝神聖の虚書〟だ。自分自身の強い意志からユニークスキルを創り出す力を持ってるスキルブックだ。それ以外は深淵とほぼ変わらない」
「超レア物二冊に選ばれるなんてすごいね。普通なら拒絶されるって話なのに」
「けど、これを手に入れてから、メンバー全員の視線が鋭くなったな」
「追放されたのってそれも含まれてるんじゃ……」
カンナは訝しげな表情でそう言った。追放された理由は嫉妬だ。リックが成し遂げてきたこと、手に入れてきたものをふまえるとありえなくはない。なにしたっけ、と今までとくに気にも留めていなかったことが、『バラン・ガタッタ』のメンバーの嫉妬に繋がると思うとリックは今後のことを考えると気が気ではなかった。
「あっ、見て。山脈警備隊の人たちがいるよ」
「だな。信号を確認して来たんだろうな」
「逃した冒険者たちも無事にごようになってるみたいだし、今日のことは一件落着だね」
カンナは笑顔でそう言うが、リックはあまり良い心境ではなかった。
「どうだろうな。なんか嫌な予感がする」
「杞憂じゃない? ほら、早く帰ろ」
「……。そうだな」
商会の件もある。手を組んでいる冒険者たちが逮捕されたことであちらも本格的に動くだろう。もしかしたら接触してくる可能性も視野に入れなければならない。だが、本当に杞憂で終わってくれることを祈りながら、リックたちは帰路についた。




