2. 友人と嫉妬
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冒険者は、ギルドに登録して活動する者の総称だ。
危険な領域に赴いて情報や収集物を売買、もしくは冒険者ギルドで張り出されている依頼を受けるかして生計を立てている職業である。
遥か昔、しがない酒場から始まった冒険者稼業。少しずつ積み重ねてきた実績と信頼が実を結んでいき、やがて〝英雄〟と呼ばれる者を誕生させた歴史的背景を持っている。
今や冒険者が生み出すその利益は計り知れず、冒険者にも、国にも、大きな富と栄誉をもたらすほどに大きくなった。今や冒険者なしでは回らないとまで言われている。
そんな冒険者になったリックという男は、これからというときに仲間に追放された。
「なんでこうなっちゃったんだろうなぁ」
追放された重戦士リック・ガルートンは、帰宅途中で出会った友人に飲みに誘われて、少しお高めの静かな酒場で飲んでいる。
「ホント、どうしてなんだろうねぇ。リック君はなんの問題もないと思うのだけど」
カウンターの向かい側でバーテンダーが、テーブルに乗っているリックの脱いだ兜に目を合わせながら小首を傾げていた。
「おい。わざわざ俺の兜と会話するなよ」
リックはそう言いながらハマベガイの味噌汁の具を頬張った。
リック・ガルートン。二〇歳男性独身。冒険者の都〈ザルツブルグ〉のギルドに在籍するA級冒険者。人間とドワーフのクォーターだが、血筋を辿るとエルフの血も混じっている稀有な家庭の生まれ。容姿は人間と変わらない。
人間の中では標準的な体格。ドワーフの遺伝と鍛えたことによってかなり筋肉質だが、ドワーフに似つかぬほどの高身長である。艶のある白銀に近い金髪のセミショートはバーの光で照り輝いている。重戦士らしく、歴戦の戦士の風貌を持ち、キリっとした目が特徴的な美男子。そして、顔の左側には昔に着いたと思われる傷が存在する。
だが、そんな歴戦の戦士の顔をしているはずのリックは冴えない顔をしている。
「ああぁ、ハマベガイの味噌汁うめっ」
「それ一杯だけだからね? 本当は飲み過ぎた人のために用意してたものだから、ハマベガイの在庫はあんまり取り寄せてないの」
「わかってるよ。無理を通したいとは思ってない」
リックはそう言いながら、大盛りのハマベガイの味噌汁を啜って息をついた。
「結論から言うと、嫉妬だな」
事の経緯を聞いていた友人こと、ケイがそう回答した。
咀嚼した物を飲み込んだリックは口を開く。
「嫉妬……」
そう言われたリックは思い当たることがなく、天井を仰いだ。
「実をいうと前々からだな。この耳で聞いたしな」
「まったく気づかなかった。仲良くやってきたはずなんだがなぁ」
「最近まではよくやってたほうじゃねぇの? だけどよ。最近、パーティ活動を取材して配信したいって依頼されたじゃんか。あれが決定打となったみたいだな」
ケイはそう言って、近くに設置されていた魔道具のスクリーンを指差した。
「ちょうど『バラン・ガタッタ』の冒険記録が配信されてるな。偶然にも配信中に岩竜と遭遇。戦闘となって一早く前に出てタゲを取るリック。だけど、竜はリックから離れて戦士が狙うが、リックが逃さず魔剣士並みのスピードで追いつき竜の攻撃を阻止。魔術師が魔力補給中に魔法で援護。神聖術師と距離がある怪我を負ったリーダーを治癒魔術で治療。極めつけは盾で受け止めた衝撃を吸収して、リックのメイスで一発顔面にドーン! 頑丈で有名な竜の頭部は見事に砕かれて倒された。ぜんぶリックがやったことだ」
「俺だけの力じゃないさ。みんながいたから勝てたんだ」
「言っちゃなんだが。あの場で攻撃が通ってたのはリックだけだった。ほかのやつらはまったくと言っていいほど歯が立っていなかった」
「過大評価しすぎじゃないか?」
「現にあの司会役はリック以外ほとんど触れていなかったじゃないか」
「そう、らしいな」
スクリーンの中で解説している司会者は元S級冒険者であり、数々の冒険者を見てきたエルフだ。彼が解説してくれることはその冒険者の評価と言っていい。ケイの言うとおり、司会者はリーダーもそのメンバーも対して触れられていなかった。
「あいつらは確かに強い。だが、あと一歩届かない。あの映像を見りゃ誰でもわかる」
ケイはそう言いながら酒を呷り、言葉を続ける。
「あいつらにとって今回の配信で『バラン・ガタッタ』の名声を立てる一大チャンスだった。だが、リック・ガルートンという重戦士だけが脚光を浴びた。対してほかメンバーは空気そのもの。焦っただろうなぁ。なんせパーティ全体で目立つはずが、リックだけが目立ってしまった。前々から気に入らなかったリックがパーティの顔になってしまう。それだけは嫌だった。だからあいつらは『バラン・ガタッタ』のリック・ガルートンではなく、ただのリック・ガルートンにしてしまおう、と」
「それで、追放か」
「まあ、結果的に良かったんじゃねぇの? あのパーティは最初こそ良かったが停滞した。言っちゃぁなんだが、あのパーティはリックが居ていい場所じゃなくなった」
リックはそう言って天井を仰いだ。この五年間、同時期に知り合った冒険者たちとパーティを組んだことで始まった『バラン・ガタッタ』。依頼を達成し、発現した職業という能力と向き合い、高みを目指して、切磋琢磨して、A級冒険者となった。
今もなお、リックの中では『一緒に強くなろう』とリーダーが言ってくれた言葉を胸に冒険者として前へ進んできた。だが、同じ道を進んでいたと思っていた道はどうやらリックだけだったようで、べつの道を歩んでいたようだった。
「残念だな」
リックは、寂しさと虚しさが入り混じる声で呟きながらミソスープを飲み干した。
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