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ロシア横断大作戦  作者: たんぬ
沿海地方編
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軍人時代六年

アリョーナは前回、戦友に会いに行くため徒歩でモスクワまで向かうことにしたがどうしてアリョーナは軍人になったのか。それは18歳のとき徴兵制と日本語が上手いので当時ウラジオストクに住んでいたが北樺太サハリンの北緯五十度付近の街に暮らした。しかし、1941年に独ソ戦が始まりドイツ軍が冬将軍に襲われている隙に軍の士官が「今モスクワや指導者の名が付いたスターリングラードが危ないのでここ極東は同盟を結んでいるので心配するな。裏切りナチ公を殲滅したい人は挙手しろ。」と言われたのが誰も挙手をしないので。アリョーナは手を上げ、「私はただ祖国を守りたいだけです。」と語った。そしたら他の軍人が挙手をした。そしてモスクワへ移動する日のウラジオストク駅では多くの人民が私達を送ってくれた。その日の豪華な朝食の味を今でも忘れていない。だんだん列車に乗っていると砲弾の音が聞こえる。ラジオで最近ドイツ軍が停滞気味ということを知り、皆「よし今のうちにベルリンを落としてヨーロッパ解放だ」という顔をしていた。ついに戦場に送られ早速死にかけたことがあった。戦車に轢き殺されかけアリョーナがもう死ぬと思い「我がソビエト連邦に栄光あれ」と言いかけたが急にバッと持ちつかれたと思ったら死ぬのを回避した。その救ってくれた人は「危ねーなー大丈夫か」と言われた。そして塹壕で一緒に戦った。毎日ジワジワとベルリンに近づきついにベルリンに辿り着き、記念として私が「ねぇ記念として赤旗のアリョーナは赤旗のライヒスタークを前に写真を撮ろう」と言ったら戦友となったミハイルが「別にいいで」と言い写真を取ったその後前にいた極東で日本とソ連との戦争が始まったことを知りせっかくできた戦友なのに数年で別れてしまった別れの日ミハイルは手紙や住所が書いてあるメモと赤旗のライヒスタークの前で撮った二人の写真のペンダントを貰い。アリョーナは涙を流しながらこのヨーロッパの地を去った...

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