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三重の壁に守られた街

作者: 古数母守

 誰もが心の中に抱いている自分だけの世界を可視化するシステムが実現されてから一年が経過した。個人の経験と人格が作り出した様々な趣向が展開されるその世界を垣間見て、人々は人間に秘められた可能性について改めて驚嘆していた。特にゲームデザイナーの作り出す仮想世界に飽きてしまったプレイヤーたちは、商業主義に染まっていないその独創的な世界を冒険することに喜びを感じていた。そして僕が密かに思いを寄せている彼女は、そんな冒険者の一人だった。彼女はその道ではかなり有名なプレイヤーで、いくつもの仮想世界を踏破して来た強者であり、見知らぬ世界に対して好奇心を抑えきれない根っからの冒険者だった。そんな彼女を含めたプレイヤーたちの間では最近、強固な三重の壁に守られた街が存在するらしいという噂で持ち切りだったらしい。月並みなようだが三重というところが冒険者の心に刺さるようだった。だがその世界を具現化した人間が何処にいるのかはずっと謎のままだった。彼らは皆、その三重の壁を突破して名を馳せようとしていた。そしてその世界が誰の心の中に構築されているのか探し回っていた。


 彼らが探し回っているその街というのは、実は僕の心の中にあった。それは僕が子供の頃から少しずつ守りを固めて来た街だった。僕は群れるのが嫌で、クラスの中で幅を利かせている子供のご機嫌を取っている取り巻きのような連中が大嫌いだった。一向に尻尾を振ろうとしない僕が気に食わなくて仕方のない彼らはいつも攻撃を仕掛けて来た。そして僕は自分を守るために次々に壁を築き、気が付けば僕の中には三重の壁に守られた街が出来上がっていた。

「いったいその三重の壁に守られた街は何処にあるの?」

彼女は必死になって探していた。僕は悩んでいた。その世界が僕の作り上げたものだと告白すれば大好きな彼女との接点を持つことができるだろう。でもそれと同時に彼女は僕の心の中の世界で冒険を始めてしまうことになる。もしも彼女が私が僕の中に構築した強固な壁を次々に突破してしまったら、僕は心のうちを知られてしまうことになってしまう。そう思って随分と悩んでいたが、結局、彼女に教えることにした。このまま何もしなければ彼女との距離は一向に縮められないと思ったからだった。

「三重の壁に守られた街は僕の心の中にあるんだよ」

そう言うと、彼女は目を丸くしていた。そして早速、僕の心の中の世界で冒険を始めた。


 一番外側の壁は簡単には崩れない理性で塗り固めていた。子供の頃、集団の中で孤立してしまって、周りから一斉に悪口を言われ続けた時も僕はぐっとこらえて理性を保ち続けた。その頃から僕を守っている壁だった。少々のことでは破られないと自信を持っていたが、彼女は練り上げられた魔術と研ぎ澄まされた剣技を巧みに組み合わせて攻略しようとして来た。僕は頑なに守り続けた。

「なかなか手強いわね。あなた。いいお友達になれそう」

彼女は言った。その時、僕に一瞬の油断が生じ、その隙を逃さなかった彼女はあっさりと第一の壁を突破してしまった。やさしい言葉に耳を貸してしまった私の理性の壁は案外、脆かった。

 二番目の壁は折れることのない強固な意志が支えていた。口下手ではあったが、一度決めたことはなんとかやり遂げようとする意志を僕は持ち続けて来た。その頃から僕が頼りにしている壁だった。その壁も彼女は突破してしまった。僕の意志が弱かったのだろうか?

「意外と粘り強い性格をしていたのね。あなた」

彼女は言った。魔術や剣技もさることながら、彼女は一流の話術を持っているようだった。

次々と壁を突破されて僕は焦っていた。

 このままではまずい。彼女に心のうちを知られてしまう。そう思った僕はありったけの想像力を振り絞って最後の壁を守ろうと考えた。何匹もの屈強なドラゴンを解き放って彼女に攻撃を仕掛けた。不意を突かれた彼女は防戦に回るしかなかった。そこへ火を噴くドラゴンが襲い掛かる。一瞬、彼女が怯む。その表情が目に入ってしまった僕は攻撃を躊躇してしまった。その隙を見逃さず、彼女が反撃に出る。次々とドラゴンを倒し、そして最後の壁を突破してしまう。三重の壁を突破した彼女はそのまま回廊を進んだ。その先には大切な宝箱が置いてあった。彼女が宝箱に手をかけて蓋を開いた。そしてその中にあったものを拾い上げた。

「ずっと前から、あなたが好きでした」

そこには誰にも知られぬようにひっそりと胸の奥にしまい込んであった僕の気持ちの書かれた紙が入っていた。紙を手に取った彼女は少し顔を赤らめていた。

「少し手を抜いていたんじゃない?」

冒険から戻って来た彼女はそう言った。

「でもちょっとだけ距離が縮まったかもしれない」

続けて彼女は言った。彼女との距離をもっと縮めるためにはどうすれば良いだろうか? そのことを考えている僕には壁はもう必要ないかもしれなかった。

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