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令嬢ラクーンと護衛フォックスの裏で奔走シリーズ

令嬢ラクーンは聖女様の力を盗んでしまったので、護衛のフォックスと裏で奔走する

作者: トマトガフル

令嬢ラクーンと護衛フォックスの裏で奔走シリーズ 1



「フォックス! 私のフォックス!」

「どうかされましたか、お嬢様」

「どうかも何もないわよ! とうとう……王女が精霊の加護を授かりに行くそうよ!」

「はぁ……、そうですか」

「そうですか。じゃないの! たいへん……私が聖女の力である精霊の加護を盗んだって気付かれちゃうじゃない!」


 おやおやまあまあ、みたいな、子どもがわあわあ騒いでいるのを心にゆとりを持って微笑ましく見つめています、みたいな表情でこちらを見ている。


 私の護衛のフォックスという男は!


 こちらの胸中はどうしようもなく焦りでいっぱいだというのに!

 きぃーっ! と叫喚をあげながらドレスの端を握り締めて力の限り地団駄を踏んだ。

 こんなこと、他の人たちに聞かれる場所ではとても話せないから、現在の場所は自宅の裏庭の隅っこ。職人の手によって鮮やかな花々を咲かせた植木の影に身を潜めて、私たち二人はいる。秘密の場所。

 まあね、大きい声出しちゃってるけれどね。


「そうは言われましても。お嬢様に精霊の加護がある以上、王女は何も授かれないだけでは?」

「何も授かれないのは困るでしょ! 加護が無くて、聖女の祈りの儀式が失敗したら魔の者の封印が解かれてしまうし、……そもそも私が加護を盗んだって気付かれたら極刑よ! 死ぬわ!」

「ふふふ。またまた。お嬢様は大袈裟なんですから」


 まーたお嬢様が騒いでる、そのくらいの熱量でフォックスはこちらを見つめている。要は真面目に捉えていないのだ。


「相手は王女よ!? 死ぬわ……」

「お嬢様は死にませんよ。俺が守っているんですから」

「貴方のその自信はどこから生まれてくるのよ……。確かに、その腕は認めているけれど。相手は国そのものよ?」

「ならば、貴方を守るために国を滅ぼしますか?」

「きゃーっ! 誰が聞いてるか分からないでしょーっ!?」

 物騒な言葉を悲鳴で遮る。こんな場所での会話を誰が聞いているとも思えないけど。自分で散々よろしくないお話をしておいて、棚上げの今更だけれど。

 有言実行してしまいそうで怖いのよ、この護衛は。





 さて。私がこんなにも悩んでいる原因は、数年前にある。

 あれは天に雲ひとつない、空気の澄んだ晴れやかな日だった。私はいつもと同じく、護衛のフォックスを連れてお出掛けをすることにしていた。


 屋敷の門を潜って、待っていた護衛に手を振る。

「お待たせ」

「時間通りです」

「フォックスの予想していた時間通りってこと?」

「準備に手間取るくらい装い豊かにしてきたのでしょう?」

「そういうこと。どこがいいかしら?」

「王都の外れにでも行きますか? あちらの方とか」

「たまにはいいわね」


 で、フォックスの案内で人気もまばらな王都の外れに行き、買い込んだ甘いものを食べて、たくさんお話をして。帰り道、近くの神殿を横切り……フォックスが神殿がありますねなんて教えてくれるから……少しだけ、覗いてみようかな……? なんて足を踏み入れたのが運の尽き。

 だって! 規制線なんてなかったわ! 入っちゃ駄目なら立ち入り禁止くらい書いておきなさいよ!

 今よりずっと幼い私は、父の書斎に入るくらいの足取りで入ったはず。建物の中は開けた空間で、何も無かった。台座や何かの像も、なぁんにも無かった。まるで空白。

 だからこそ、入っても大丈夫だって油断しちゃったわけ。


 建物の中程に進んだ頃、突然床が光り始めたかと思ったら、その光は私の体に集まってきた。私の肌を這う無数の光は、いつしか私の皮膚の中に溶け込むように消えた。悲鳴すら上げられないあっという間の出来事。

 ぱちくりと瞬きを繰り返す。


「今の……なに?」

「神殿ですから。精霊の加護ですね」

「ですね。じゃないの! どうするのよこれー! 体から出てこなくなっちゃったわ!」

「ふふふ。精霊自体が体に入った訳じゃないんですから、出てきませんよ」

「笑ってる場合じゃないでしょー!」


 私は困惑すると同時、焦燥に満ちていた。

 だって、100年に一度生まれ変わる精霊の加護は、代々王の娘、つまり王女が授かるべきとされているのだ。そして精霊の加護を授かった王女は、聖女と呼ばれるようになる。

 聖女は、各地にある三つの神殿に行って祈りを捧げる。これにより、世界の邪気を払って魔の者の封印を維持。世界の平和は守られましたとさ。王都でよく読まれる素敵な物語だ。私も子供の頃から大好き。

 ……そのはずが、つまり、私は聖女の力を横取りしたということ。卒倒しそう。


「……ああっ」

「おっと。お嬢様。お気を確かに」


 手の甲で額を押さえながら、ふらりと後ろによろめく私を、フォックスは片手で難なく支える。

 胸の前で両手を組んで、眉を寄せて彼を見上げた。


「どうしましょう、フォックス〜……」

「何を心配することがあるんですか。貴方には加護があるじゃないですか」

「その加護が問題なの〜!」


 呑気な護衛に振り回されている場合じゃない! 真面目に考えないと!

 しかし主人の不安は護衛にはちっとも伝わらず。目の前で不思議そうに目を丸めるばかり。


「どうして? 俺は貴方が授かるべきだと思いますよ。精霊に気に入られて然るべきです」

「……何でそう思うの?」

「泣いている子どもがいれば一緒に親を探して」

「人として当然だわ」

「困っているご老人が居たら手を握って話を聞いて」

「……助けてあげられることと、出来ないことはあるけれど」

「傷付いている動物がいたら一晩中撫でて面倒を見て」

「ママが動物嫌いだったから大変だったわね……」

「友達がいじめられていたら間に入り」

「貴方その辺の話の時いたかしら……?」

「生命力逞しい」

「それって精霊に気に入られることに関係ある……?」

「……まあ精霊が、一般的に、どんな方に惹かれるか分かりませんが」

「分からないのにそんなご高説垂れてたの!?」

「少なくとも俺は、貴方の器の大きさを知っています」

「フォックス……」

「たまに細かいことで怒ってたりはしますが……」

「上げたなら下げないでくれる!?」


 この護衛はすぐに人のことをおちょくりだすから困ったものね。真剣さが足りないんだから!


 因みに、その日は頭にハンカチを被ってそそくさと家へと戻った。暫く布団に埋もれてがたがたと震えていたが、お城から呼び出される事態など何も無く。再びいつもの生活に収まってしまって数年。




 とうとうその日が来てしまう。

 両手をわなわなと震わせた。


「ま、先ずは……王女が王都外れの神殿で精霊の加護を授かるから……見に行きましょ!」

「そうですね。もう加護を授かれないのに、どうするのか気になりますね」


 まるで茶化すような物言い。キッと睨め付けてやる。動じさせることは出来ないにしても!


「楽しんでるでしょ!?」

「ふふふ、楽しみじゃないですか。揃いも揃ったお偉いさん方が、何も起こらない神殿でどんな反応をするのか」

「私は心臓がひっくり返りそうよ〜! ああ、精霊様〜! あの日の私を許してー!」

「許しているから加護を授かったのでしょう」

「加護を出すために解剖してーっ!」

「そんな無茶苦茶な」


 あの日から変わらずに、目の前の護衛は軽やかに私を相手する。形の良い笑み、少しでも崩しなさいよ!





 王女が精霊の加護を授かる当日。

 私とフォックスは王都の神殿近くの草むらにこそこそと身を潜めていた。作戦会議だ。


「フォックスは神殿の中に入れないと思うから、その辺に居て」

「えぇ、俺も見たいんですけど」

「神聖な儀式だもの! パパの名前を使って、私がぎりぎり入れるかどうかよ!」


 フォックスは少し不服な面持ちをしているが、指示に従うようじいっと熱い視線を送っていたら、頷きで納得を示してくれた。


「何かあったら俺の名を呼んでください」

「馬鹿ね。何も……何もないのよ……一切合切……困ったことに……」


 これから起こるであろう珍事に、既に気落ちした気分が私の肩を落とす。

 王女が加護を授かる瞬間なんて、子供の頃だったらすごくすごく見たい光景だった筈なのに。憧れの一場面なのに。今は緊張による吐き気と戦うばかりよ。


 重い足取りのまま神殿の入り口へ行くと、王女が近衛兵に囲まれて各面々と挨拶を交わしていた。

 それに並んで、私も顔を合わせる。お茶会の席で何度か顔を合わせたことはある。だからこそ、心苦しいの。


「ご、ご機嫌よう」

「あら! ご機嫌よう、ラクーン。元気にしていた?」

「は、はい。本日はお日柄も良く……」

「まあ。他人行儀ね。昔はよくお茶会を楽しんだじゃない」

「う、うふふ……今日は見ていてもいいですか……駄目ですか……」

「もちろん。貴方なら問題ないわよ。見ていてちょうだい。……授かるだけですが、頑張りますわ」


 可憐な笑みを咲かせる王女。こうあるべきだという聖女の姿そのもの。まさに私の憧れ。すてき。

 ああ、こんなに良い子から私は加護を盗んだんだ……。あまりに最低すぎる……。

 今から、何か、こう、いい感じになりますように、と願いながら神殿の中へと入った。




 シーン……。

 ええ、ええ。分かってた、分かってたわ!

 王女が神殿で拝んでいるが、精霊の加護を授かったようにはとても見えない。当然のように何も起こらず、何も反応せず、沈黙が私に突き刺さるだけ。

 どうすることも出来ない私は、笑顔で冷や汗を垂らすのみ。

 ややあってから、周囲から疑問の囁きが密やかに横切っていく。ずっと膝をついて両手を組んで拝んでいた王女も、少しだけ顔を上げて片目で司祭を窺っていた。

 司祭も困惑した表情をしているが、王族を始めとして大層なご身分の面々が並んでいるものだから、とても互いの面子を潰すわけにもいかないのだろう。

 ごほん! と大きく咳払い。後、再び静寂。


 「皆さん、精霊の声が聞こえましたか。無事、王女は精霊の加護を授かりました。これにより、聖女の誕生です!」


 わっ、と神殿内が歓喜に満たされる。何度も王女の名前が建物の中に響き渡っていた。

 みんな、希望を与えられたんだ。平和な世界で、明日も生きようと思う希望を。





 喜ぶ観衆の間を縫って、よろよろと神殿を一足先に後にする。


「お嬢様。こちらです」


 覚束無い足取りで促されるまま草むらへ分け入った。茂みに身を潜めるように、と見せ掛けて、単純に足腰に力が入らなくなってその場にへたり込む。


「汚れますよ」


 フォックスが手持ちのハンカチで私の外着用のドレスを払う。

 その手を縋るように両手で握り締めて、馴染みある顔を見つめた。


「フォックス〜……。ママとパパに迷惑は掛けられないわ。私と一緒に逃げてくれる?」

「貴方が望むなら何処までもお供しますよ」

「無人島でも?」

「当然」

「牢獄でも?」

「一人にはさせません」

「地獄でも?」

「貴方となら本望です。……ただ、その必要がないだけ」

「何でそう言い切れるの……?」

「反対に、まだ起こってもいない何かを憂いてどうするんですか」

「そう、……ね。そうね! まだどうにか出来るかもしれないわ!」


 先走って心配し過ぎているのかもしれない。現に今日だって何とかなっていた。悲しい思いをした人間は誰も居なかったじゃない! 人間の人智の及ばない領域だもの。何とかできるかも!


 私は人差し指を立てて口早に言葉を紡ぎ始める。


「そもそも、最終的には、加護を授かっている私が各地の神殿で祈りを捧げればいいだけじゃない!」

「そうですね」

「流石に今回みたいな無反応が続くと気付かれてしまいそうだから……聖女様の後ろでこっそりと祈る。どうかしら!?」

「良いと思います」

「何とかなりそうな気がしてきたわー!」


 私の双眸も、さっきの観衆と同じように希望に煌めく。燃え上がる。





 情報収集をしっかりと行って、その日を待った。

 そう、各地の神殿へ祈りを捧げに行く日。


 今日は、王都の神殿を中心として、各地に三つある神殿の内のひとつ。森の中の神殿へと赴く。

 城を出る王女にパパの名前を出して謁見。


「聖女様。ご機嫌よう。よろしければ、私も祈りの姿を拝見してもよろしいでしょうか?」

「聖女様だなんて。いいわよ。見ていてね」


 やったー! やったやった! 表ではうふふとお上品に笑いながらも、心の中で両拳を掲げる。



 隊列の一番後ろから少し距離を取って、恐縮しながら付いて歩いた。出来るだけ目立たないように……。閉口……。

 神殿に到着してからも、建物の中の隅の方に身を滑り込ませる。印象に残らないように……。閉口……。


 祈りの儀式はすぐに始まった。聖女様は両膝を地につけて祈りを捧げる。

 私も、彼女の護衛や司祭たちの後ろから両手を組んで祈りを捧げた。

 お願い! 建物内なら同じようなものでしょ! なんとかなってー!


 私の切実な願いが届いたのか、神殿の床が突然輝きを帯びた。眩い光は刺すように天へと向かう。目を開けていられない程の熱い光が室内に満ちて、そして、消えた。

 全員の呆気に取られた沈黙が続いて。


「……終わりました」


 聖女様の照れたような声音をもって、あの日以来の歓声が広がる。口々に彼女を讃える言葉が紡がれていく。拍手がひっきりなしに叩かれた。

 私はといえば、ふうと額の汗を手の甲で拭っている。

 な、なんとかなったわね……。

 笑顔の人々を通り抜けて外に出ると、森の木々の隙間からフォックスが手招いていた。


「素晴らしいです、お嬢様」

「まあね。私の手柄じゃないけれど」

「いいえ、お嬢様の力ですよ」

「借り物の力よ」

「ふふふ、頑なですね」


 満足そうな男。この護衛だけが、私が頑張った事実を知っている。この護衛だけが、奮闘する私を称賛してくれる。自業自得の顛末だとしても。


「……まあ、褒められるのも、悪くないわ」


 ここまで来るのも、精霊の加護を引っ張り出すのも、結構疲れるし。

 そっぽを向いて呟く私を見るフォックスの目は、優しく細められていた。





 この調子で各地の神殿に付いて行こう。

 そう思っていたのに。


「フォックス! 私のフォックス!」

「どうかされましたか、お嬢様」


 私は平素と同じく裏庭の影で護衛を呼んだ。男はどこからともなくひょこりと姿を現す。


「どうかも何もないわよ! 次の祈りは、付いて行くの駄目って断られちゃったわ!」

「何故ですか?」

「……二つ目の神殿は、雪山の麓にあるの。寒いところで、他の方々に気を配る余裕がないかもしれないから、無理だって……」

「そうですか。お嬢様が行かないことには何も始まらないんですがね」

「そうなのよー! 私が盗んだって気付かれても困るし、聖女様に恥をかかせるわけにはいかないわ……。仕方ないから……フォックス、行くわよ」

「え?」

「二人で行くわよ!」



 という訳で、聖女様御一行とは違う道を使って、こっそり私とフォックスも雪の神殿へと向かうことにした。

 道と言っても、雪が積もっていてどれが道かも分からない。頼りになるのは地図と看板と護衛だけ。


「さ、さ、寒いわ……!」

「無理せずもっと防寒してください。風邪を引きますよ」

「うぅ〜!」

「唸って体温上げましょう」


 フォックスが大量に着込んだ私の首元に手を差し入れて、さらに防寒具を増やしてくれる。

 防寒も防風も万端な準備をしてきた。あとは歩き続けて、身体を温めよう。そんな楽観的な考えは、無慈悲な自然を前にして砕け散る。


 青と白の長閑な雪景色は、段々と吹雪く強風によって白一色に染め上げられた。視界が悪い。足元が埋もれる。一歩進むのにどれだけの時間を要するのよ。どこを向いているかも分からない。


「お嬢様。そこに洞窟があります。中で風が止むのを待ちましょう」

「駄目よ! そんなことをしている間に、聖女様が祈り始めちゃうわ!」


 護衛の提案は最善だけれど最速ではない。私は無理矢理一歩を踏み出すけれど、突如雪に足が取られて「きゃあッ」と悲鳴が漏れた。


「お嬢様!」


 直ぐに距離を縮めたフォックスが私の腕を握って、よろけた私を自分の方へと引き寄せてくれる。


「あ……ごめん。大丈夫。大丈夫だから、」

「お嬢様。こんな天気なら、王女たちも休息を挟んでいますよ。休みましょう」

「でも」

「お嬢様」


 フォックスの珍しく強い物言いに否とは言えず、小さい首肯で返事をした。この天気の中、その返答が届いたか分からないが、すぐに護衛は手を動かす。

 私を荷物よろしく肩に抱えて、二人で洞窟に身を隠した。ランプの灯りが時折風に揺れて私たちを照らしている。


「……うぅ、寒い……」


 私は抱えた膝を引き寄せる。

 吹雪に見舞われた体は熱を大きく奪われていた。どうしよう、こんな所で死んじゃったら。フォックスも連れて来ちゃってるのに。どうしよう。心細さにじわりと視界が潤む。情けなさに、目の奥がつんと熱く感じた。


「お嬢様。もっとこちらへ」


 フォックスが自分の上着を脱いでいく。


「……なに脱いでるのよ! 風邪引くわよ!」

「温めようかと思いまして」

「…………か、か、か、体で!? きゃーっ! 不埒だわ!」


 私は甲高い声を上げながら、両手で火照る顔を覆った。

 だめよ! そんな! 交際だってしていないのに! 私の部屋にも入れたことないのに! 異性の護衛を自室なんて入れたら、パパに怒られるからしてないだけだけど……フォックスもそういう空気は読んで、男女の境は踏み越えない。まあ、護衛だし……。ただの護衛だしね……。それはそう……。基本作戦会議をするのは外だ。変な空気にもなりやしない。


「お嬢様、元気じゃないですか……」


 呆れと笑い混じりの声が零される。

 そうっと指の隙間から覗こうとして、ばさりと何かを掛けられた。


「ちょ、ちょっと! 前が見えないわ!」

「息苦しくない程度に被っていてください。とにかく、体を温めて」

「貴方は? 貴方は寒くないの?」

「身体が違いますから」

「うっ……」


 護衛とは当然鍛え方が違う。そう言われると勝ち目がない。だいたいのことは勝ち目がない。勢いだけいつも勝ってるから、フォックスを連れ歩けているのかも。

 フォックスは横になった私の背中を上着越しに摩る。


「寒くなくて、少し寝られそうならそうしてください。また歩くんでしょう」

「うん……。貴方こそ寒かったら言ってね。互いに温め合うのも……その、命が関わるのなら」

「もっと素敵な口説き文句を覚えて来てくださいね」


 むぎゅ〜っと頬の辺りを押される。

 なんて失礼な男! 口説いてるわけじゃないわよ!

 まったく。まったく! なんてプリプリ怒っていたら、身体中を纏う暖かさに瞼がうつらうつらと重たくなる。ぬくぬく。もこもこ。ふわふわ。雪の上にいるとは思えない。まるでベッドで寝ているみたい。

 これだけ何枚もの衣類で阻まれているから、そんなわけないのに、どこからかフォックスの鼓動を感じるようだった。




「お嬢様。晴れましたよ」


 ちかっ、と目蓋に日の光がのる。

 意識が急浮上して、細めた瞳に映る景色をゆっくりと脳が処理をした。


「……もうちょっと」

「二度寝している場合じゃないでしょう」


 両腕を掴まれて少し強引に上半身を起こされた。眠い……。私がまだ微睡みの淵にいる間に、フォックスは素早く身支度を整えている。


「聖女が先に神殿に着きますよ」

「……あ! 行くわよ!」


 荒れ狂った天候は打って変わって、からっとした晴天だ。





 フォックスに肩車をして貰って、雪の神殿裏の小窓のようなところから、建物の中を窺う。

 ちょうど聖女御一行が到着したところのようで、慌ただしく祈りの準備が行われていた。


「……ねえ。建物の外側からでも、祈りは届くと思う?」

「神殿に触れているので大丈夫でしょう」

「そうよねっ! よし、このまま待ちましょう」


 縦に重なりながらその時を待つ。フォックスに全体重預けているけれど、まあ鍛え方が違うらしいから問題無いでしょ。

 特に苦しそうにもしていない。逆に暇そうだ。

 落ちないようにフォックスの頭をぎゅうと抱き締めると、腕の中がもぞもぞと動く。フォックスが上を向いている。表情に変わりはない。……少しくらい照れなさいよ。


「どうかされましたか?」

「べつにぃ。さっき助けて貰ったから、良い子良い子ってしてあげようと思っただけよ」


 ぎゅーと抱き寄せたまま頭のてっぺんを手のひら全体を使って撫でてあげたら、返ってくると思った嫌味のひとつも飛び出さなかった。

 ん? と思って下を向いても、フォックスの表情は分からない。ただ、耳の辺りが少し朱に染まっている。子ども扱いには照れるってこと? もう!



 そんなやり取りを終えた頃、小窓の中に動きが見える。

 聖女が出て来た。

 膝を折って祈りを捧げている。


「きた! きたきた、きたわ!」


 私も慌てて両手を組んで祈った。肩車のまま。

 神殿内まで祈りが通じるか不安に思っていたけれど、覗いていた小窓から眩い光が飛び散るかの如く溢れ出す。

 その眩しさに瞳を閉ざして暫時、輝きは収束していった。

 途端に、建物の中から漏れ出る歓声。上手くいったみたい。はぁ、と安心感と疲労に満ちた吐息が落ちた。


 フォックスが身を低くして肩から下ろしてくれる。


「お疲れ様でした。素晴らしい祈りです」

「今日は貴方と協力した祈りだもの。当然ね」


 肩車の祈りを指して、いたずらっぽく笑ってみせた。フォックスは暫しきょとんと目を丸めてから、ふふふといつものように笑みを作っている。


「貴方のためなら何だって。お嬢様」






 神殿はあと一つ。何とかなりそうだと胸が軽くなる。


 全ての祈りさえ終わってしまえば、精霊の加護を私が盗んだ事実も分からなくなるはず! 悪いことをしてしまったのは申し訳ないけれど、気付かれて私の家が断罪されてしまっても、正直困るから。

 何とか上手いところに落とし込みたい。

 本当は、王女が精霊の加護を得て聖女になって、祈りで世界を守るところ、見たかったけどね。あの日の私が悪いだけ。



 さぁてと。今日は最後の神殿に行かなくちゃ。海上の神殿。船に乗って渡って行く必要がある。それ自体は乗せてもらえそうだから、問題ないわね。

 まあでも、作戦会議はしておこうかしら。


「ねえ、フォックスを呼んでくれるかしら?」


 私は自室から顔を覗かせると、屋敷の侍女を捕まえてそうお願いした。

 普段、異性の部屋たる私の部屋で顔を合わせることはないが、今日は浮かれていたから呼び出しを掛けてしまった。うふふと両手の中で密やかに笑って、部屋に引っ込もうとすると。



「フォックス……って、どなたですか?」



 侍女が不思議そうに首を傾げている。


「え……。フォックスって、私の護衛のフォックスよ!」

「お嬢様の護衛……? 屋敷の護衛に、そんな方いたかしら……?」

「屋敷っていうか、私専属の!」

「お嬢様専属……?」


 困惑した表情の侍女は、とても嘘をついているようには見えない。

 どういうことなの?

 私こそ頭の中が惑いでいっぱいだ。


「あ……さ、下がっていいわ」

「はい……」


 侍女は僅かな混乱を言葉尻に示しつつ、私の指示を聞いて仕事に戻っていった。

 私は乱暴に締めた自室の扉を背にずるずると座り込む。

 両手で顔を覆った。落ち着いて。何か勘違いがあるのかも。


 フォックス! 私のフォックス!

 なにがどうなっているの!?




「ママ! フォックスがどこにいるか知ってる!?」


 さっきの侍女はもしかしたら、単純に私の護衛を知らないだけかもしれない。そうよ! きっとそうだわ!

 私はママの部屋の扉をばたんとお行儀悪く開け放つと、開口一番に問い掛けた。

 椅子に腰掛けていたママは、驚いたように瞠目してからゆっくりと赤い唇を揺らす。


「フォックス? 誰のことよ」


「な、何言ってるのよ! 私の専属の護衛のフォックスよ!」


 やっぱり、母も奇異な眼差しを私に送ってきた。


「専属? 旦那様じゃないんだから、あんたにそんなの居ないでしょ。遥か昔みたいに魔の者が出るわけでもないし、治安が特別悪い所でもないし、王女でもないんだから」


 え? なに。なんなの。

 待ってよ。じゃあ、あれは誰?

 私、誰と一緒に居たの? 私の、私だけの護衛でしょ?

 瞬く間に頭の中が空っぽになった。ふらふらと今にも倒れそうにママの部屋を後にする。









 無意識に足先は裏庭へと向かっていた。

 いつもの、植木の影。誰にも見つからない、秘密の場所。


「お嬢様」


 びくりと私の体が跳ねた。音のする方向に振り返ると、背後の木々の隙間からフォックスが姿を現す。

 何度も何度も聞き馴染んだ声なのに、妙に心臓を急がせてくる。

 強い口調でもないのに、怒っている訳でもないのに、突然、知らない誰かの声のように感じてしまったから。


「ふぉ、フォックス……」

「どうかされましたか? 体が震えていますよ」


 フォックスがゆっくりと私の頬に手を伸ばしてくる。触れる直前、私は一歩引いて避けてしまった。

 目の前の男は、驚いた顔をしている。


「あ、貴方は誰なの!?」

「……何を言っているんですか?」

「私にフォックスなんて護衛はいないって、みんな言っていたわ! 貴方は誰!?」

「何度も呼んでおいて酷いですね。貴方のフォックスですよ」


 背筋に冷たいものが這っていく。

 目の前の人物は普段と一切変わりない調子だ。変わったのは、私の心だけ。


「あ、あ……!」


 何かを問おうと口を開くけれど、ぐちゃぐちゃになった思考は言葉にもならない音を零すのみ。

 フォックスは困ったように眉を下げている。


「お嬢様、落ち着いて。俺は貴方に何もしません」


 再度、男が私に手を伸ばしてくる。

 フォックスの手。私の護衛の、フォックスの手。

 言ってやらなきゃ。聞いてやらなきゃ。何か事情があるのかも。


『フォックス? 誰のことよ』

 母の声が脳裏に過ぎる。


 どさっ。私はその場に尻餅をついていた。


 ずっと傍にいた、この人は誰。私のものだと信じていたのに。どうして何食わぬ顔をしているの。地面についた手が小刻みに震えていた。


「お嬢様」


 今だって信じているのに、悪い想像ばかりが膨らんでいく。本当は悪い人なのかも。騙しているのかも。お金目当てなのかも。パパが目的かも。そんな訳ないのに!


「うっ……こ、こわい……」


 何も考えたくなかった。私の護衛じゃない。私のフォックスじゃない。そんなこと。


「……お嬢様」


 フォックスが手を引っ込める。私が座り込んだ時、必ず起き上がらせてくれる手のひら。


「……俺はただ、貴方の傍に置いて欲しかっただけです」


 絞り出すような声。切実な願い、そんな物言いで。


「……貴方は誰? 何で、私の傍にいるの!?」


 震える音で問う。私の今の願いは、ただそれが知りたいだけ。

 真っ直ぐに男を見つめる。男も視線を逃さない。


 彼の瞳の奥に、私との出会いを見た。

 確か、その時もこの裏庭で、貴方を守りに来ましたと言っていた。その頃、私は王女みたいに専属の護衛が欲しいと騒いでいたから、パパが連れて来てくれたんだと思った。

 それに……遠い昔から知っているような、温かさを感じたから。私は自然と受け入れた。


 沈黙を破るべく、男が薄い唇をゆっくりと開く。


「……俺が、精霊です。馬鹿げた話のようですが、本当です」


「え……。なに、分かんない。分かんないわ」


「昔、貴方が助けた動物が居ましたよね。あれは俺の精霊の時の姿です。まだ、生まれ変わったばかりで……ただの獣にすら傷付けられてしまっていたところを、貴方に救われました。貴方に助けていただいた命を、果たすためにここに居ます」


「じゃあ……、最初から! そう言えば良かったでしょ!」


「そう言ったら傍に置いてくれましたか!?」


 フォックスが声を荒げたところを、初めて見た気がする。思わず身を縮ませてしまう。

 彼も一度気まずそうに視線を外した。


「失礼。…… 精霊は、生涯心を尽くす相手にのみ加護を捧げることが出来ます。貴方は、貴方たちは、精霊の加護は王女が授かるべきだと考えていますよね。俺が精霊だと言ったら、貴方は俺を、王女に差し出していたのではないですか?」


「……だって、そうしないと、平和が……」


「ですが、実際は貴方が加護を授かって何も問題は無かった。……そうでしょう? 俺は最初から貴方に授けるつもりだった。貴方の傍に居たいから。王女じゃなくとも何も問題はないのです。どうせ二、三回王族の姫が聖女に選ばれたから、王族がそう取り決めたのでしょう。権威がお好きなようですからね。……もとは、精霊が尽くすと決めた相手に邪気を寄せ付けない加護を送るだけです。お嬢様。この話は、これでいいですか?」


「だ、だめよ……。精霊は王族のものだと言われているのに、私が盗んだと気付かれたら……罰せられちゃう……」


「気付かれませんよ」


「無責任なこと言わないで!」


 今度は私が恐怖心から声を張り上げた。


「パパとママに、侍女のみんなだっているのに……国を敵に回せないわよ……」


 言葉尻が消えていく。だって、こんなの。




「貴方は、俺と逃げてはくれないんですね」



 こんなにも、心臓が抉られるように感じたことはなかったわ。

 言葉を繋ぐことの出来ない私に、フォックスは続ける。


「分かりました。俺は王女の所へ行きます。これでお嬢様も安心でしょう?」


「……」


「精霊の加護も、俺自身も、王女に捧げます。では、さようなら。……誰かのお嬢様」



 フォックスは素早く踵を返して、一度も振り返らずにどこかへと行ってしまった。もうその背も見えない。

 あんなに冷たい声、初めて聞いた。あんなにも怒らせてしまったのは、初めてだった。


 視界が輪郭を失う。色がぼやけていく。両の目から雫が滴っていく。目元を擦っても止められなくて、そんなことに必死になる自分が間抜けで、涙が止まらない。

 フォックスはいつだって私の傍にいることを選んでくれていたのに。私は選ばなかった。選べないと、選ばなかった。


「……フォックス」


 めそめそと泣いて呼んだって来てくれない。いつもは呼んだら何処からともなく現れるのに。今思えば、私以外の人前には滅多に出てこなかったけれど。そりゃあ、本物の護衛じゃなかったんだもの。

 でも、私の精霊だった。私の、


「フォックス……、私のフォックス……」




 ふと、私はフォックスとの些細な日々を思い出した。


『ねえ、フォックス。王女と精霊の関係って、素敵だと思わない?』

『そうですか?』

『そうよ! 見てよこの物語! 精霊はいつだって王女のことを守っているの。王女はいつだって精霊のことを愛しているの!』

『分かりませんが、……どうして精霊への愛が生まれたんでしょうね』

『馬鹿ね。フォックス。愛は、愛することで生まれるの!』




 座り込んで暫く経った頃、重たい目蓋を擦ったなら、立ち上がり屋敷の敷地外へと駆け出す。


 過去形になんか出来ないわ。貴方を誰かに譲ったりしない。ずっと私のよ。


 門を潜って左右を見回しても、彼の姿はもうない。

 でも、王女の所へ行くと言っていた。それなら最後の神殿に続く港町に行けば会えるはず。

 私は走り出した。港町は隣だから、私の屋敷から遠くない。ひたすら街道を駆け抜ける。不思議と体は軽かった。



 とはいえ、流石に走り切る体力は無くて。歩いたり、走ったりを繰り返す。何度も何度も。道中親切な人に水分を恵んでもらって、また歩き出した。

 最後の神殿が雪の中じゃなくて良かったと心から思っている。




 港町の入り口には、太陽が天辺に昇った頃に着いた。肩で大きく息を整える。乱れた呼吸で肺が苦しい。


 そんなことよりも。フォックスはどこ? どこにいるの?


 周囲を見渡していれば「間も無く出航!」という張り上げた声が響いた。

 嫌な予感が全身を巡る。最後の一踏ん張りだと、足を急かして。


 港に到着すると、人々が一つの船に手を振っていた。いってらっしゃいと。頑張れと。あれに聖女が乗っているのは明らかだった。

 フォックスも、乗っちゃったの? ここからじゃ分からないわ。

 船はどんどんと小さくなっていく。

 行かないで。離れないで。私のフォックスを奪わないで。


「いや……いやよ……」


 唇から声が漏れる。こんな声じゃあ、フォックスに届かない。

 私は、海の果てにも届くくらいの声で、叫んだ。


「フォックスーッ! 私の、フォックスーッ!」


 周りが驚いてこちらを見ている。そんなの知ったこっちゃないわ。


「貴方は私のなんだから! 他のところに行っちゃだめーーっ!!」


 海を巡って彼方まで届くように。喉を枯らして。


「ずっと! 私の傍に居て!」


 今まで当たり前の日常だったそれを、希う。


「フォック」

「お嬢様。流石に少し、恥ずかしいのですが……」


 背後から耳朶に聞き馴染んだ声が聞こえた。

 振り返ると、耳を朱色に染めた男がいる。


「フォックス!」


 勢いそのまま私は彼を抱き締めた。


「ごめんなさい! 私が悪かったわ! 貴方はそうするしかなかったのに、酷いことを言って傷付けてしまったわ!」


 腕の中に閉じ込めた相手は目を見開いてから、困ったように私の背中に手を回す。避けられぬように恐る恐ると。


「俺こそ、ごめんなさい。意地を張りました。……泣かせたいわけではないんです」


 気付けば私の瞳からは涙が溢れ出していた。きっと涙の栓がおかしくなってしまったの。


「もう、船に乗っちゃったかと思ったわ」

「まさか。俺は貴方以外に尽くすつもりはありませんよ。世界が滅亡したとしてもね。……あれは、売り言葉に買い言葉、と言いますか……俺も自分の幼稚さに呆れているんです」


 フォックスは苦虫を噛んだ顔をしているから、思わず笑みで応えてしまう。




「……はっ! どうしよう! 聖女様が行っちゃったわ! 祈りが間に合わない……!」


 フォックスの体ををどんと離して、出航した船を改めて視線で追った。だいぶ小さくなっている。


「今回は諦めて、後で祈っておけばいいのでは?」

「後で行くにしても、海の神殿には船が無いといけないし……あそこまで船を出して貰うのは怪しすぎるわ……。海流も乱れていて誰も近付かないところだもの……」


 定期便があるわけではない。どうしたって向かうには人目につく。

 聖女様にしても、今回だけ神殿は光りませんでしたは、絶対におかしい。失敗したと思われたら聖女様に申し訳ないし、ゆくゆく盗人の私に辿り着いてしまうかも。どうしたら……。


「……お嬢様。雪の神殿は覚えていますか?」

「あ、うん。外から祈った……」

「精霊と接触すると授かった加護が強くなるんですよ」


 肩車の祈りを想起する。あれにそんな効果があったなんて……。


「それでも、神殿まですごく遠いのよ?」

「何とかなりそうでやってみて、本当になんとかしてきているじゃないですか。お嬢様は」

「……うん。うん! そうね! なんとかするしかないんだもの!」


 やるしかない!

 私はフォックスの手を取ると路地裏まで引っ張った。接触ね。接触。私は両手を広げて、ああ、あああ、そのまま固まってしまう。


「……お嬢様?」

「……その、……照れるわ……。破廉恥よ……」

「先程抱き締め合ったばかりじゃないですか」

「そうだけど……」


 面映さから頰に含羞の色をのせて、横を向いてしまう。顔を向き合わせるのが恥ずかしい。今更込み上げてくる。羞恥心。


「……お嬢様。もう、二度と、俺を避けないでくださいね」

「え? ええ、それはもちろ、きゃっ」


 フォックスが私の腰に手を回して、抱き寄せてくる。思わず小さく声が出た。拒絶じゃない、単純な驚きと照れ。それは相手にも伝わっているみたいで、フォックスの両腕が離れていくことは終ぞなかった。

 ああ、合わさった体から鼓動が伝わる。熱を感じる。精霊なのにね。


「……お嬢様。祈りを」

「あ、そうね! そうよね!」


 胸の中にすっぽり収まって落ち着いてしまっていたわ。

 慌てて両手を組むと、祈りを捧げる。


 これ以上なく浮ついた私の心は、きっと世界全てを晴れやかにする。

 私の大事な人がいつまでも平和に暮らせるように。ずっと私の傍に居られるように。

 聖女様はみんな、そんなことを考えて祈っていたのかしら。

 ……祈りって、愛ね。

 海の彼方に光が満ちる。








 それから、私たちがどうなったかといえば。

 国に居ると障りがあるから、私はフォックスと旅に出ることにした。世界にはまだ精霊の加護を必要としている所もあるかもしれないし。いつだって堂々と傍に居たいしね。

 不便なことは多いけど、いつも通り、何とかしているわ。



「ねえ、フォックス。どうして貴方は私を気に入ったの? 精霊姿の時に助けたから? それだけ?」

「それもありますが……それだけだったら、良い人間だなって思った程度でしょうね」

「他に何かあったの?」

「……忘れたなら、教えません」

「えーっ!?」



「貴方がくれたものは、俺が全てを捧げるに等しいものです」









 それはまだ、ラクーンが幼い頃の話。

 傷付いた生き物の手当てをして、頭をゆっくりと撫でていた。

 生き物がくるると喉を鳴らしている。

 ラクーンはうふふと笑った。


『寂しいの? ……私が、愛してあげようか』




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