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 環を終えるとピレの頂には一足も二足も早く冬が来て雪の喪裾を麓へ伸ばす。ヌンレが雪に包まれるのも間もなくだ。巡検神事を終えた巫女らが村を去る。子供らは後を追い、大人も大路へ出て名残惜しんだ。アシュラは巫女らが王都へ戻るのについて行かなかった。

「如何に?」

王都へ戻る巫女たちについてくるかという大巫女の問いに、アシュラはひどく迷って

「母が…母が一人になってしまいます」

と答えた。母が首を横に振っているのが見えた。構わず都へ行き、身を立てよと言うのだ。アシュラは母と大巫女を交互に見やったが、それを決める事が出来なかった。大巫女は返事を急がなかった。

「風の者ならば無理にもつれ帰ろうが、支度もあろう」

命じて持ってこさせた紙に書きつけると

「年明けまでに発て。税の荷駄に同行するのがよかろう」

アシュラに差し出した。推状だった。これを持って王都の水の館の門を叩けば、巫女見習いとして受け入れられる。夫々の神の館がよき者を見つけた場合に渡されるというそれだ。税の荷駄は今年のうちに各地から王都へと送られる。一人旅は危険もあるからその荷駄と共に王都へ赴けというのだ。ならば出発までには猶予があった。アシュラは滅多に見ることも無い紙の花弁のような頼りなさに恐る恐る触れた。大巫女は推状から手を離すの止めて言った。

「ただし、以後この神域に立ち入ってはならぬ」

推状と引き換えの約束だった。アシュラは一つ頷いた。

 アシュラは神素を得たが、全き者と宣されても実感など湧かなかった。ただ環を終えて、知ったことがある。

「見えないの?」

アシュラには見える精霊の姿が皆の目には見えていない事実にアシュラは驚愕した。「神素に恵まれているからなのよ」それは母を一層喜ばせた。皆「ラがおわす」「シュウの子が駆けて行く」などと言うし、日々精霊に向かって詩を寿ぐのでそのような事は考えもしなかった。村の者と話すことなどない上に、母は昔からの言い習わしを守る性質、唯一親しかったシュウレにも精霊の姿が見えていたことでアシュラはそうと気付かなかったのだ。シュウレは王都から来た神官なのだから、当然と言えば当然なのだが、これにはアシュラも驚いた。きっとシュウレには最初に会った時からアシュラの神素も分かっていたのだと思う。

 だから大巫女にアシュラの神素が優れている事を告げたのもシュウレだろう。環を拒むアシュラを三位の者が相克する神素を恐れているそれと捉えていたに違いない。とんでもない呼び出され方をしたが、環を受け、推状を下されたのはシュウレのお陰だった。そのシュウレに会えぬのは困った。シュウレは神域に居て、アシュラは神域に入る事を禁じられているのだから顔をあわせることも出来ない。シュウレと話したかった。だが、流石に今度ばかりは禁を破る事は出来ない。あれだけ喜んでいる母を落胆させる事はできなかった。

 アシュラは村の者からは離れて一人、村のとばくちの高台から巫女の一団を見送った。まだ膝小僧を曝したままの姿だ。成人の儀を終えて履くはずの長いスカートは、アシュラよりも先に母に必要になった。環の場で大立ち回りをしたせいで、母のスカートは直しも利かぬほどに破れていたからだ。髪も纏め上げるには長さが足らぬので構わない。新成人は年明けまでに大人の形をすればいい事になっている。寧ろアシュラに必要なのは旅の道中を安全に過ごすための男の服だった。推状は折りたたまれて母が急ぎ作った守袋に納められている。革紐で首から提げ肌身離さぬ様にした。胸に手を当て守袋を感じながら見送る。巫女らの姿が小さくなってゆく。目を皿のようにして探したが、その中にシュウレの姿はなかった。きっと後に残ったのだ。一足先に来たように、後始末を終えてから村を離れるのだろう。アシュラは巫女らの姿が点になり、丘の向こうに消えても見送り続けた。大巡検の齎した新たな流れのあまりの速さにアシュラは身を任せるばかりになっていた。

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