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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
98/256

ヨウコとローハン、テニスをする

 キッチン ヨウコとサエキが話しているところに、ローハンがテニスラケットを抱えて入ってくる。


「ねえ、ヨウコ。テニスしようよ。運動不足だろ?」

「やらない」

「どうしてだよ? せっかくコートを作ったのに、ほとんど使ってないじゃないか」

「丘の斜面にコートを作ったのはどこの間抜けよ? 打ちにくいったらありゃしない。リュウとやりなよ」

「だって、うちの敷地には斜面しかないだろ? リュウは勤務中だって言って遊んでくれないんだよ」

「あの子、真面目よねえ」

「じゃあ、平らなコート、借りる?」

「公園の無料のとこならいいけど。アーヤはどうするの?」


 サエキが声をかける。


「俺がみといてやるから行っておいで」

「でも、お天気がいいから順番待ちが凄そうよ。待ってる間に日焼けしちゃうよ」


 サエキが笑う。


「じゃ、キースに頼んでやるよ。そこのスポーツクラブなら、いつでも予約取ってくれるって言ってたからさ」

「キースとローハンがゴルフしたところ? めちゃくちゃ高そうじゃない?」

「ついでに料金も払ってもらいな。あいつ、金の使い道に困ってるんだからさ」

「頼りになるなあ」


 ローハン、むくれる。


「頼りにならなくて悪かったな」

「いいよ。慣れてるから」


 ローハン、助けを求めてサエキを見る。


「ちょっと、サエキさん、なんか言ってやってよ」

「やっぱ、コネのある男ってカッコいいよな」


        *****************************************

                                               

 ローハンとヨウコがウーフを連れてスポーツクラブの門をくぐると、待ち構えていた男性が話しかけてくる。


「ジョーンズ様ご夫妻ですか?」

「そうだけど」

「わたくし、当スポーツクラブの支配人をしておりますウィリアムズと申します。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 ヨウコ、入り口の横に張ってある注意書きに目を留める。


「あれ、ペットは連れて入っちゃいけないんだ」

「いえ、お気になさらないでください」

「ほんとに? えらくサービスがいいのね」


 ローハン、笑う。


「キースに脅されたんだろ。かわいそうに」


 支配人、ヨウコ達をテニスコートに案内する。


「こちらのコートでよろしいでしょうか?」

「うわあ、きれいなコートね。何時まで使っていいの?」

「終日貸切にしてありますので、お好きなだけどうぞ」


 ローハン、笑う。


「そりゃいいや」

「私、30分ももたないと思うけど?」

「それではごゆっくりどうぞ。御用がありましたら、そちらのインターホンでいつでもお呼びください」


 支配人が出て行くと、ヨウコとローハンがラケットを持ってコートに出る。ヨウコ、ウーフに声をかける。


「ウーフ、球拾い、お願いね」


 ローハン、呆れた顔をする。


「ここなら球拾いなんていらないだろ? フェンスがあるじゃないか」

「フェンスを越えたら拾ってきてよ」

「もう、へたくそなんだから」


 ローハンが打った球をヨウコが返す。


「ヨウコ、うまくなったんじゃない?」

「やっぱり平らなコートは違うわね」


 ヨウコがもう一度打ち返すと、ボールがフェンスを越える。


「そうでもないか」


 ウーフ、立ち上がってボールを拾いに出て行く。


「ボールならたくさんあるから、後でまとめて拾えばいいよ」

「暇なんだから拾ってきてもらえばいいじゃない。次、打ってよ」


 ボールをくわえて戻ってきたウーフの後から、高級そうなテニスウェアに身を包んだ男女が入ってくる。男がヨウコに声をかける。


「ちょっといいかな?」

「なんですか?」

「君たちの犬が彼女を脅かしたんだよ」

「え? ウーフ、何かしたの?」


 ウーフが口を開こうとするが、ヨウコが慌てて合図して止める。ウーフ、恨めしそうに首を横に振る。


「何もしてないって言ってるけど? この子はボールを拾いに行っただけでしょ?」

「こんな汚い牧羊犬が急に出てきちゃ、誰だって驚くだろ。連れてこられちゃ迷惑だ。ペットは禁止だって知らないのか?」


 ヨウコ、ムッとする。


「人の犬捕まえて汚いなんて、あんた、いくらなんでも失礼じゃないの?」


 ローハンがコートの反対側から駆け寄ってくる。


「ヨウコ、どうしたの? この人達、誰?」


 男、ローハンをじろじろと見る。


「犬も汚なきゃ女の趣味も悪いんだな。田舎のモデルが田舎のクラブの会員になって、いい気でいるんだろ?」

「俺、会員じゃないよ」

「そういう問題じゃないでしょ?」


 支配人が慌てて走ってくる。


「何かございましたか?」


 男がじろりと支配人を睨む。


「俺たち、こっちのコートを予約してたんだけど? どうしてこんな奴らが使ってるの?」

「申し訳ございませんが、やむを得ない事情がありまして……」


 ローハンが口を挟む。


「だからってヨウコに絡むことないだろ? コートぐらい言ってくれりゃ替わってやったのに」


 ヨウコ、男を睨む。


「ローハン、女の趣味が悪いとまで言われてんのよ。なんか言ってやってよ」

「そうだなあ……」


 ローハン、無邪気な笑顔を浮かべる。


「ねえ、君、テニスは上手なの? ずいぶんと高そうなラケットを持ってるよね」


 支配人が慌てて割って入る。


「そ、それは……」


 男が支配人を押しのけて前に出る。


「もの凄くね」

「もしかして、田舎のモデルなんかに負けたら、プライドが傷つくぐらいの腕はあるのかな?」

「そんな事になったら、恥ずかしくて死んじゃうかもな」

「じゃ、俺とシングルで試合して。おじさん、審判お願いね」

「で、でも……」


 ヨウコ、支配人の袖をひっぱる。


「いいから。あなたには絶対に迷惑かけないって約束するわ」


 ヨウコ、ローハンにキスすると意地悪く笑う。


「ローハン、手加減なしでやっちまいな」

「おう」


 男が鼻で笑う。


「よほど自信があるんだな。そのラケット、どこのブランド? 見たことないよ」

「ガレージセールで買ったからわかんないや。メイドインチャイナって書いてあるよ。格好いいだろ?」

「ジャージ着てるのは、もしかしてテニスウェアなんて持ってないからとか言うなよな」

「よくわかったね。平らなコートでテニスするの、今年は初めてなんだ」


 ヨウコが笑顔でローハンに話しかける。


「ほら、しゃべってないで始めようよ。その人、自信ありげだし、先にサーブを打たせてあげたら?」


        *****************************************

                                               

 その日の午後 キッチンでヨウコとローハンとサエキが話している。

 

「エンリコ・ライヒマンにストレート勝ちか」

「テニスの試合なんて何年も見てないから、まさかプロだなんて知らなかったのよ。愛人とニュージーランド旅行に来てたらしいわ」

「おじさん、驚いてたね」

「そりゃそうでしょ。あの男、昨年は世界ランキング三位だったんだってよ。ローハン、格好良すぎ」

「惚れ直した?」

「ローハンが最初のサーブを返したときのあいつの顔、サエキさんに見せてあげたいな」

「記録なら残してあるよ。見る?」


 サエキが笑う。


「生身の人間の反射神経じゃ、どうあがいてもローハンには勝てないよ。キースが、よくやった、だってさ。クラブの防犯カメラを使っていい位置で見れたらしい」


 ローハン、むくれる。


「なんだよ。偉そうに」

「そういや、さすがのローハンも、キースが相手だと最初のセットは絶対に落とすわよね」

「そんなの今、思い出さなくてもいいだろ? どうせ残りは俺が取るんだよ」

「キースはさ、テニスの腕はローハンより上なんだけど、身体の方は人間と変わらないもんだから持久力がないんだ。ローハンはかなり補強されてるからな」

「サエキさんの説明ってほんとにわかりやすいわね。帰りがけにウーフがあの男に向かって『ざまあみろ』って言ったんだ。笑っちゃった」

「ええ? また一般人に話しかけたの? 何度言ったらわかるんだよ」


 ウーフ、不機嫌そうにサエキを見上げる。


「俺のこと、汚いって言ったんだぞ。風呂に入ったところなのに」


 ヨウコが笑う。


「まあ今回だけは許してあげようよ。こんなに気分のいいことってあんまりないんだからさ」


 サエキがにやりとする。


「キースがさ、さっきの試合の動画をネット中の動画サイトへ流しといたって。画像をエンハンスしたから、エンリコ本人だって丸分かりらしい」

「そりゃ面白いわ。ローハンは誰だかわかんないようにしてあるわよね」

「謎の天才テニスプレイヤーだな」

「でも、そこまでキースがやらなくてもいいんじゃないの? 馬鹿にされたのは私達なんだしさ」

「自分の友達を侮辱する奴は許せないんだろうな」


 ローハン、苦笑いする。


「友達ねえ。ほんと、キースって友達思いだよな。熱い友情に涙が出そうだよ」


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