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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
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『フギン』と『ムニン』

 キッチンでローハンとサエキが話している。


「いよいよ来週、『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』が見つかったことを公表するんだってさ」

「あれ、来月だって言ってなかったっけ?」

「強制送還者が出たんで急遽変更になったんだ。すんなり渡航許可が降りてこちらに来たんだが、予定と違う行動を繰り返すんで尋問したら『ヨウコ』を探していたと白状したらしい」

「つまり、不審者が渡航審査に通っちゃったってことか。あれだけ厳しくしても駄目なんだね」

「いまでも人権侵害すれすれの事やってるからな。これ以上、厳しくするとなると正当な理由が必要なんだよ。『ヨウコ』の身の安全のためだといえば、誰もが納得するだろうからな」

「いつまでも狙われてるのも困るなあ」

「未だにどこから情報が漏れたのかわかんないんだよ。ガムも相当プライドを傷つけられたみたいだ。その話題になると、とたんに機嫌が悪くなる」


 ヨウコが鼻歌を歌いながら入ってくる。


「おや、ヨウコちゃんご機嫌だな」

「キースとの電話の後はいつも機嫌がいいんだよ」

「え? ローハン、聞いてたの?」

「盗み聞きなんてしないけどさ。最近は電話回線もモニターしてるから、誰と通話してたかぐらいは分かるよ」

「今度のミュージカルの話してたのよ。オーエンのサインを貰ってくれるように頼んじゃった。うひひひ」

「……ひどいこと、頼むんだなあ」

「何がひどいのよ?」


 サエキがヨウコに話しかける。


「撮影は順調なのか? キースの奴、実績がないもんだから、いろいろ言われてたじゃないか」

「映画の宣伝のために、替え玉ダンサーまで使って人気俳優を出すなんてずるいんじゃないか、とかね。ケーブルテレビで短いメイキングを流したでしょ? それでみんなキースが本当に踊れるんだって納得したみたいよ。結局、何をやっても、天才だってことで落ち着くのよね」

「今じゃ七ヶ国語を操ることになってるしな。いい加減に怪しまれないか心配だよ」

「まさか人間じゃないなんて疑う人はいないわよ」

「この間はカリフォルニア大学の研究室から協力依頼があったらしいぞ。脳の言語野の研究をしてるとこだ」

「脳みそなんて入ってないのにね。でも今の時代、マルチリンガルの人間なんてたくさんいるでしょ?」

「そうは言っても、あいつみたいにどの言語も完璧に使いこなせる人間なんて、そうはいないからな」

「私なんて未だに英語で苦労してるってのに、コンピュータって得よねえ」

「得って言うのかな?」

「ねえ、キースってさ、どうして自分の名前が嫌いなの?」

「『フギン』の事?」

「うん。気にするほどおかしな名前じゃないでしょ?」

「よく言うよ。名前を聞くなり『おかしな名前ね』って言ったのはヨウコちゃんだろ?」

「そんなこと言ったっけ?」


 サエキ、苦笑いする。


「ほんと、自分に都合のいいことしか覚えてないんだな。フギンって言うのはな、神話に出てくるカラスの名前なんだ。えらいカミサマのために情報収集してる使いっ走りだ」

「わかった。ガムさんの使いっ走りみたいで気に入らないんだね」

「『ガムランはカミサマ気取りなんだよ』ってふてくされてたな。あいつら、最初から仲が悪いんだ。困ったもんだよ」


 ローハンが尋ねる。


「神話じゃカラスは二羽で一組だろ? もう一羽は作らなかったの?」

「『フギン』の相棒の『ムニン』だな。ちゃんと存在してるよ」

「どこにいるんだよ?」

「『ムニン』もキースの一部なんだよ。あいつの設置された目的のひとつはだな、後世のためにこの時代の記録を保存しておく事なんだ。『ムニン』は あいつの管理してるデータバンクに付けられた名前なんだが、『ムニン』はただの記憶装置であって、人格を持ってるのは『フギン』のほうだから、そっちの名前で呼ばれてるわけだ」

「なるほど、そういうことか。あいつ、結構重要なんだな」

「そりゃ、この時代と24世紀を繋ぐパイプラインだからな。本来ならあんな自分勝手な奴に任せられるようなポストじゃないんだけどな」


 ヨウコが口を挟む。


「でもさ、ちゃんと仕事はしてるんでしょ?」

「まあな」

「じゃあ、いいじゃない」

「ガムはそうは思ってないみたいなんだ」

「キースは信用できるわよ。確かにわがままだけどさ」


 サエキ、笑う。


「そうだな。俺も最近そういう気がしてきたよ」

「それにしても『俳優キース』は評判いいわよね。ミュージカル出演の件も、多少の物言いはついたけど、好意的な意見がほとんどだったもんね」

「元々あいつのことを悪く報道する命知らずはいないからな」

「どういう意味?」

「ジンクスなんだよ。知らなかったのか? あいつの悪口を流した番組や雑誌は落ち目になるんだ。確かに日頃の行いはいいけどさ、ここまで評判がいいのは異常だと思わないか?」


 ヨウコ、呆れた顔をする。


「なんだ、自分で情報操作してるんじゃないの。すっかり騙されちゃったわ」

「それじゃあ、ファン、やめる?」

「まさか。私に米を食うなって言うようなものよ。じゃ、ご飯の用意してくるね」


 ヨウコが部屋から出て行くと、サエキが笑う。


「米だってさ」


 ローハンが肩をすくめる。


「あーあ、主食は俺にしといてもらわないと困るんだけどなあ。それにしても、キースって好き放題やってるんだね」

「ヨウコちゃんとのキス写真撮られたときにさ、キースとは不釣り合いだって書きたてた週刊誌があったんだ。日本の出版社なんで、キースのジンクスなんて信じてなかったんだろうな。あそこは無残なことになったよ」

「血も涙もないなあ」


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