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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
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前世の約束

 同日の晩 キッチンでヨウコが片付けをしているところにローハンが入ってくる。


「ヨウコ、手伝おうか?」

「ううん、もう終わるからいいわよ。ローハン、どうかしたの? 私が戻ってきてからずっとおかしな目で見てるでしょ? まさかキースに妬いてるの?」


 ローハン、後ろからヨウコを抱きしめる。


「そんなんじゃないよ」

「変なローハン。どうしちゃったのよ」

「何があっても俺はヨウコを裏切ったりしないからね」

「わかってるってば」


 ヨウコ、笑う。


「そうか、トニーに何か聞かされたのね」

「なんにも聞いてないよ」

「ヨウコには秘密だって言われたんでしょ? あんたが嘘ついてもすぐにわかるわよ。何を聞いたの?」

「うん……」 

「教えなさいよ。トニーには言わないから」 

「ナオキと別れた後、悪い男にひっかかったって話だよ」 

「ああ、あれか。もう昔の話でしょ。気にすることないよ」

「そんなはずないだろ?」

「そりゃ、思い出したら涙が出るほど悔しいけどさ。でも今は幸せだからね。いつまでもくよくよしてたら、大切な時間がもったいないでしょ?」

「ねえ、ヨウコ。あいつらね、キースが捕まえてくれたんだよ。今はオーストラリアで刑務所に入ってる。ヨウコにお湯かけられた跡も残ってるってさ」

「そう……なんだ」


 ヨウコ、ぺたんと椅子に座る。


「大丈夫?」

「……なんだかやっと胸のつかえが取れた気がする。ありがとう、教えてくれて」


 ローハン、ヨウコの隣に腰を下ろす。


「ねえ、あの後、ヨウコ、失踪したんだろ? どこに行ってたの?」

「ええ? そんなことも聞いたの?」

「教えたくなきゃいいけど……」

「ううん、ローハンになら話してあげる。あの日は岬まで海を見に行ってたのよ。小雨の中、崖っぷちに立ってずっと海面を見下ろしてたの。そしたら男の人が近づいてきてね、私に『生きてた方がいいと思うよ』って言ったのよ」

「……死ぬ気……だったの?」 

「ううん。別に死のうと思ってたわけじゃないんだけどね。でも、飛び降りちゃってもおかしくない精神状態だったわね」

「その人は誰だったの?」 

「知らないわ。聞かなかったし。駐車場には他に車はなかったし、ウォーキングするような天気でもなかったから、どこから現れたのかさっぱりわかんないの。でも、なかなか格好よかったのよ」

「格好いい男に会ったから元気になったの?」

「まさか。でも、なんだかとても不思議な出来事だったからね、人生まだまだ楽しいことがありそうだ、って気がしたの。それからすぐに『じいさん』に会ったから、予感は当たってたってことかな」

「ふうん。ねえ、ヨウコ。俺に出会うまでキースはヨウコの心の支えだったの?」

「そんな大げさなもんじゃないわよ。でも、希望はくれたわね。キースを見てたら嫌な事全部忘れられたし」

「じゃあ、俺も少しはキースに感謝しなくっちゃね」

「あら、ずいぶん寛大になったのね」


 ローハン、ヨウコを抱き寄せる。


「今度生まれ変わったらね、俺がヨウコの最初の男になるよ。最初から最後までずっとヨウコのそばにいる。だからもう誰にもヨウコを傷つけさせやしないよ」

「またこのロボット、生まれ変わりだなんて言ってるわ。そんな守れるかどうかもわからない約束しても仕方ないでしょ? 第一、今世もまだ終わっちゃいないっていうのにさ」

「それもそうだね」

「……もしかしたらあんた、前世でも同じ約束したんじゃないの?」

「ええ?」

「あんたがさっさと私を見つけないもんだから、散々ひどい目にあったじゃない。どうしてくれるのよ?」

「ご、ごめん、ヨウコ」


 ヨウコ、笑い出す。


「そんなはずないでしょ? ほんと単純なんだから」

「今の、冗談?」

「当たり前でしょ?」

「ひどいよ」


 ヨウコ、ローハンの首に腕を回してぎゅっと抱きしめる。


「ローハン、大好き。もし生まれ変わりなんてものがあるんだったら、今度は私が見つけてあげるわ。だからもう、おかしな心配するのはやめなさいよね」


  *****************************************


 翌日の昼前 ヨウコが居間のソファの上で眠っている。キースが入ってくるとヨウコに声をかける。


「ヨウコさん? 寝てるの」


 キース、ヨウコに近づいて顔を覗き込む。


「もう行くね。次はニューヨークなんだ」


 キース、かがんでヨウコにそっとキスすると、耳元で何かをささやく。そのまま部屋を出て、廊下の壁にもたれて立っているローハンに声をかける。


「ありがとう」

「何で俺が礼を言われなくっちゃならないんだよ?」

「じゃあね。飛行機の時間なんだ」


 キースが足早に出ていくと、ローハンがつぶやく。


「飛行機の時間なんて、自分の都合で変えちゃうくせに」


 ローハン、部屋に入るとヨウコをそっと揺さぶる。


「ヨウコ、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ。ちゃんとベッドで寝なよ」


 ヨウコが目を開ける。


「……ローハン?」

「なんでこんな時間に寝てるんだよ?」

「寝不足なのよ。昨日、どこかのロボットが離してくれなかったから」


 赤くなったローハンを見て、ヨウコが微笑む。


「今、キースの夢、見てたわ」

「そういうのは夫には言わなくていいよ」

「キースに『愛してる』って言われちゃった。いつもの無感情な声で」

「ますます俺に言わなくていいだろ?」

「いいじゃない。ありえないんだし。最近、ローハンが冷たいから欲求不満なんだわ」

「俺、ヨウコに冷たかったの? そんなつもりはなかったんだけどな。気づかなかったよ。ごめんね」

「昨夜の後に欲求不満になるわけないでしょ? バーカ」

「なんだよ。もう」


 ローハン、いきなりヨウコを抱き上げる。


「ちょっと、何すんのよ?」

「ベッドに連れてくの。キースの夢なんか見ないように俺が隣で寝てやるよ」


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