走り屋とキース
ヨウコとキースの乗った車が、丘の上のくねくねした道を走っている。カーブに差し掛かった時、対向車線からセンターラインを越えて派手な車が突っ込んでくる。
ヨウコが叫び声を上げる。
「ぎゃあ!」
キースが急ハンドルを切って対向車をかわす。車がスピンし、砂埃を上げて道路わきに止まる。
「ヨウコさん、大丈夫だった?」
「うう、死ぬかと思った。心臓がバクバクする」
「首はなんともない?」
「大丈夫みたいよ。……危うく大惨事だったわね」
ヨウコ、窓を開けて周囲を見回す。
「うわ、ガードレールぎりぎりじゃない」
「ぎりぎりってほどじゃないだろ? 50センチは余裕をみといたよ」
「さっきの車は?」
「あそこだよ。ガードレールに引っかかって止まってる。悪運の強い奴だな」
後続の車が次々とカーブから現れると、事故車とヨウコ達の車を取り巻くように止まる。
「あいつら、ボーイレイサーよ。この辺りをよく走ってるんだ。かかわらないほうがいいよ」
柄の悪そうな若者たちが車から降りて、事故車の周りに集まってくる。キースが窓から顔を出すと近くいた男に声をかける。
「あそこの車、君の友達? あんなのが公道走っちゃ迷惑だろ? ぶつかるところだったよ」
男、キースに向かって中指を立てる。
「かかわるなって言ったでしょ? 喧嘩売ってどうするのよ?」
「売ってるのはあっちに見えるけど」
キース、サングラスをかけるとドアを開けて車外に出る。
「ちょっと、キース! 外に出たら危ないってば。こんな奴ら、ほっといて早く行こうよ」
「大丈夫だよ。殺されかけたっていうのに、黙って帰るなんて気分悪いだろ? すぐ済むから待っててよ」
「怪我でもしたらどうするの? 俳優は顔が命なんでしょ?」
「荒立てやしないよ」
「でも、怒らせちゃったら? あっちは20人はいるわよ。それにあそこの人なんてレスラーみたいな体格してるよ」
「あのぐらいなら平気だって」
「また自信過剰なこと言ってる。その身体、普通の人間と同じなんでしょ? どんだけ自分が強いと思ってるわけ?」
キース、ヨウコの顔を見るといたずらっぽく笑う。
「世界最強」
「……はあ? ちょ、ちょっと、キース」
キース、ヨウコを無視して若者たちのところに歩いて行くと、リーダー格の男に声をかける。ヨウコ、キースを不安そうに見守る。
しばらくしてキースが戻ってくる。
「あの車とふもとの教会までレースすることになったよ。負けたらこの車、あげちゃうけどいいよね」
「あそこの赤い車? すごい改造車じゃない」
「見掛け倒しだよ。ヨウコさんの車なら余裕で勝てる」
「こんなボロ車で?」
「ローハンが手入れしてくれてるんだろ? それに古いって言ったって、24世紀製のAI搭載だからね」
ヨウコ、笑う。
「あなたが負けるはずないもんね」
「そういうこと」
「でも、もし負けちゃったら、新しい車を買ってよね」
「ええ?」
ボーイレイサーの一人が車の中を覗く。
「スタートはあそこね。車、動かしてくれる? あれ……女が乗ってるの? 車と一緒に置いてってもらっちゃおうかな」
「こんなのでよかったら置いてくけど? ブスだし凶暴だしあんまりお勧めしないよ」
キース、声を潜める。
「実を言うとね、僕も手を焼いてるんだ」
男、笑いながらじろじろとヨウコを見る。
「考えとくよ。じゃ、せいぜい頑張るんだな。参考までに教えとくけどギャリーの奴、この三年間一度も負け無しなんだ」
ヨウコ、男に向かって怒鳴る、
「うるさい。さっさとあっち行って」
男、ニヤニヤ笑いながら車から離れる。ヨウコ、キースを睨む。
「なんて事言うのよ。私、そこまでひどくないわよ」
「予防線を張ったんだよ。助けてあげたんだからいいだろ?」
「でも、レースで勝てばそれで済むことなんでしょ?」
「そういえばそうだったね」
「キースの馬鹿」
キース、笑う。
「僕を信用してないみたいだからお返しだよ」
キース、アクセルを踏み込むと車を急発進させる。
「うわ!」
「早く帰ってご飯食べよう。お腹がすいちゃったよ」
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キッチン 帰宅したヨウコとキースが入ってくる。ヨウコ、ローハンに抱きつく。
「ローハン、ただいま! 楽しかったよ」
「遠出してたわりには早かったな」
「あの車にあんなスピードが出せるとは思わなかったわ」
「危ないなあ」
キースがじろりとローハンを見る。
「失礼だな。僕が運転してるんだよ?」
「丘を越える途中で ボーイレイサーの集団にからまれたのよ。カーブでこっちの車線に突っ込んで来られてさ、キースが文句を言ったの」
「それで? こいつ、誰も殺さなかっただろうね?」
「ふもとの教会まで競争することになったのよ。素人相手だから向こうは大喜びよね」
ルーク、羨ましそうな顔をする。
「いいなあ、俺も見たかったなあ」
「キース、格好良かったよ。世間話しながら運転してるしさ」
「ゴール地点にパトカーを待たせておいたのに、救急車まで呼ばなきゃならなくなった。僕達はさっさと帰ってきたけどね。タイヤの溝、ずいぶん減っちゃったから、交換しといたほうがいいよ」
サエキが一同に呼びかける。
「ほら、飯にするぞ。みんな座れよ」
サエキ、キースの隣に腰を下ろすと耳元でささやく。
「おい、俺に黙ってヨウコちゃんを連れ出すなよ。気をひくような真似しなかっただろうな?」
「約束は守ってますよ」
「お前はどうも信用ならん。車のレースでまたいいとこ見せつけたんだろ?」
「そこなんですよね。ヨウコさん、僕が少々カッコいい事してみせても、免疫になっちゃってるのか感銘を受けないようなんです。どうしたらいいでしょうね?」
「だから、そこで恋愛相談するんじゃない。惚れられるような事は一切するなと言ってるんだ」
「わかってますって。おかしな事になったら、ここには出入り禁止になるんでしょ?」
「本当にわかってるんだろうなあ?」
ヨウコ、テーブルの反対側からサエキたちに話しかける。
「どうかしたの? 真剣な顔しちゃって」
「なんでもないよ。ヨウコさん、本当は新しい車を買ってもらえなくってがっかりしたんじゃないの?」
「まさか。あの車、すごく気に入ってるのよ。いい車でしょ?」
「ヨウコさんって古いモノをいつまでも使うんだね」
「だって、モノって使い込むほど味がでるでしょ。愛着も湧くし」
ローハン、ヨウコの顔を覗き込む。
「俺ももっと使い込んで欲しいなあ」
「心配しなくても使い込んであげるわよ。明日はベッドルームの模様替えをするから、家具を動かしてよね」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」
「唯一、古くなるとどうしようもないのはコンピュータよね。ありゃ、かわいそうだけど捨てるしかないわ」
キース、動きを止めてヨウコの顔を見返す。
「え?」
「……パソコンの話をしてるんだけど」
「ああ、驚いた」
「キースに向かって、そんなひどい事言うはずないでしょ?」
ヨウコ、考え込む。
「……ねえ、サエキさん。あんなでかいモノ、いらなくなったらどこに捨てるの?」
「それは僕の話だろ?」
「違うわよ。……そのまま正月飾りにリサイクルしちゃうとかね」
「やっぱりそうじゃないか」
サエキが笑う。
「ヨウコちゃん、からかうのはローハンだけにしときなよ。こいつも、だんだんローハンに似てきたみたいだな」




