ロードムービー
ヨウコが車を車庫から出そうとしているところに、キースが通りかかる。
「あれ、もう行くの?」
「さっきミチヨにロケ現場への行き方を教えてもらったの。リュウが来るのを待ってるんだ。最近は一人で出かけちゃ叱られるのよ。あなたは何してるの?」
「天気がいいからドライブに行こうと思ってね。ヨウコさんも誘いたかったんだけど、忙しいんだろ?」
「行く行く! 連れてってよ!」
「シュウジは? 見なくてもいいの?」
「キースとのドライブを断って、シュウジなんて見に行く馬鹿がどこにいるのよ? ……どうしてそこで笑うの? あなたの笑いのツボ、変だよね。コンピュータってそんなものなの?」
「笑いたい時には笑えって言ったの、ヨウコさんだろ? その車で行く? 僕が運転するけど」
「うん、いいよ」
「リュウには僕がボディガードにつくって連絡しといたよ」
「あの子、がっかりしてないかしら。明日、一緒にアイスクリーム食べに行こうって伝えてくれる?」
「ずいぶんとボディガードに気を使うんだね」
「ボディガードって言ってもリュウだもん。なんだかほっとけないのよね」
キース、笑う。
「ヨウコさんらしいな。さっきのサンドイッチ、持ってきたよ。景色のいいところで食べようよ」
「あなたが作ったのじゃなければ食べるわ」
「……僕はトマトをのせただけなんだけど」
「じゃ、トマトだけよけて食べる」
「ええ?」
「嘘に決まってるでしょ? 今、ムッとしたよね。無表情でもわかったわよ」
「してないよ」
「したわよ。ほら、早く乗りなさいよ。さっさとしないと気が変わって、シュウジを見に行っちゃうわよ」
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ヨウコとキース、海の見える高台に座っている。
「あなたの映画にこんな景色が出てきたよね。ロードムービーでさ、登場人物が全員ちょっとおかしいの」
「あれはアメリカの西海岸で撮ったんだ。確かにここの風景に似てるね」
「キース演じるマイケルがさ、旅の途中で拾った女の子に一目ぼれするんだけど、頭のおかしなじいさんが同乗してるもんだから、なかなか告白できないのよね」
「あの脚本、先が読めなくて面白かっただろ?」
「やっと死に場所を見つけたわ、って喜ぶアンジェラに、マイケルが好きだって言うの。普通に『アイラブユー』って言うだけなんだけど、表情が凄いんだ」
キース、自分の髪に触れる。
「あの時はもっと髪が長かったんだよなあ。また伸ばそうかな」
ヨウコ、キースの顔を眺める。
「恋したこともないのに、なんであんな顔ができるのか不思議だな」
「そう?」
「どこかに愛人、隠してるんじゃないの?」
「だったら今、こんな世界の果てでヨウコさんと海なんて見てないよ」
「悪かったわね。でもさ、好きな人がいるってほんとにいいもんだよ」
「そうだろうね。ヨウコさんとローハンを見てたらよく分かるよ」
「あなたも人を好きになれたらいいのにね」
「本当にそう思う?」
「そりゃあ、その方があなたにとってはいいんじゃないかな? ……ファンとしては複雑な気分だけど、あなたには幸せになってほしいよ」
「……でもね、もし僕が誰かを愛せるようになったら、まずいことになると思うんだ」
「どうして?」
キース、ヨウコを見る。
「きっとヨウコさんのこと、好きになっちゃうからね。人妻に惚れちゃまずいだろ?」
「おかしなこと言わないでよ」
「おかしい? どうして?」
キースに見つめられて、ヨウコが赤くなって目をそらす。
「私なんて好きにならなくても、周りにいい女がうじゃうじゃいるじゃない。いつだって女優やモデルに囲まれてるんだから」
「僕がなんなのか知らない人なんて好きになりたくない。もしも誰かを愛せるんだったら、僕は……」
キース、ヨウコの顔を覗き込む。
「ね、まずいだろ?」
「……うん。まずいね。すごくまずい」
「でも、そんな事は絶対に起こらない。だから心配する必要もない。もう帰ろう。ローハンがいつ戻ってくるのか聞いてるよ」
ヨウコ、時計を見る。
「もうこんな時間?」
「夕飯はサエキさんの牛丼と豆腐の味噌汁だってさ」
「やった。サエキさん、丼モノ、上手なのよね」
キース、ヨウコの手を引いて助け起こす。
「ありがとう」
「帰りは飛ばすよ」
キースの顔を見て、ヨウコが気まずそうに横を向く。
「どうしたの?」
「キースに告白されちゃった」
「告白? 告白とは違うだろ? 好きだって言ったわけじゃないんだから」
「わかってるわよ。でも、私、あなたにちょっぴり特別扱いされてるんでしょ? ファンとしては嬉しいじゃない」
「ヨウコさんをサポートするのは僕の仕事だからね」
「ああ、そうか。私って『二つ目の願いのヨウコ』なんだった。いつも自分が何者なのか忘れちゃうんだよね」
ヨウコ、海の方を見る。
「ヨウコさん? がっかりさせちゃった?」
「ううん。私が『ヨウコ』じゃなきゃ、あなたに出会うこともなかったもんね。感謝してるよ」
キース、車のドアを開けると、座席にヨウコを座らせる。
「ヨウコさんはね、『ヨウコ』であろうとなかろうと、僕のとても大切な人なんだよ。忘れないで欲しいな」
キースにキスされて、ヨウコが笑う。
「キースってさ、ほんとは私に恋してるんでしょ?」
「そうかもね」
「お互い、恋愛対象じゃなくってよかったよ。じゃなきゃ、こんな風に一緒にはいられないもんね
キース、笑う。
「ほんとラッキーだったよ。また誘ってもいい?」
「うん。でも次は飲み物も忘れないでよ。サンドイッチで窒息死するかと思ったわ」




