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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
93/256

ロードムービー

 ヨウコが車を車庫から出そうとしているところに、キースが通りかかる。


「あれ、もう行くの?」

「さっきミチヨにロケ現場への行き方を教えてもらったの。リュウが来るのを待ってるんだ。最近は一人で出かけちゃ叱られるのよ。あなたは何してるの?」

「天気がいいからドライブに行こうと思ってね。ヨウコさんも誘いたかったんだけど、忙しいんだろ?」

「行く行く! 連れてってよ!」

「シュウジは? 見なくてもいいの?」

「キースとのドライブを断って、シュウジなんて見に行く馬鹿がどこにいるのよ? ……どうしてそこで笑うの? あなたの笑いのツボ、変だよね。コンピュータってそんなものなの?」

「笑いたい時には笑えって言ったの、ヨウコさんだろ? その車で行く? 僕が運転するけど」

「うん、いいよ」

「リュウには僕がボディガードにつくって連絡しといたよ」

「あの子、がっかりしてないかしら。明日、一緒にアイスクリーム食べに行こうって伝えてくれる?」

「ずいぶんとボディガードに気を使うんだね」

「ボディガードって言ってもリュウだもん。なんだかほっとけないのよね」


 キース、笑う。


「ヨウコさんらしいな。さっきのサンドイッチ、持ってきたよ。景色のいいところで食べようよ」

「あなたが作ったのじゃなければ食べるわ」

「……僕はトマトをのせただけなんだけど」

「じゃ、トマトだけよけて食べる」

「ええ?」

「嘘に決まってるでしょ? 今、ムッとしたよね。無表情でもわかったわよ」

「してないよ」

「したわよ。ほら、早く乗りなさいよ。さっさとしないと気が変わって、シュウジを見に行っちゃうわよ」


        *****************************************


 ヨウコとキース、海の見える高台に座っている。


「あなたの映画にこんな景色が出てきたよね。ロードムービーでさ、登場人物が全員ちょっとおかしいの」

「あれはアメリカの西海岸で撮ったんだ。確かにここの風景に似てるね」

「キース演じるマイケルがさ、旅の途中で拾った女の子に一目ぼれするんだけど、頭のおかしなじいさんが同乗してるもんだから、なかなか告白できないのよね」

「あの脚本、先が読めなくて面白かっただろ?」

「やっと死に場所を見つけたわ、って喜ぶアンジェラに、マイケルが好きだって言うの。普通に『アイラブユー』って言うだけなんだけど、表情が凄いんだ」


 キース、自分の髪に触れる。


「あの時はもっと髪が長かったんだよなあ。また伸ばそうかな」


 ヨウコ、キースの顔を眺める。


「恋したこともないのに、なんであんな顔ができるのか不思議だな」

「そう?」

「どこかに愛人、隠してるんじゃないの?」

「だったら今、こんな世界の果てでヨウコさんと海なんて見てないよ」

「悪かったわね。でもさ、好きな人がいるってほんとにいいもんだよ」

「そうだろうね。ヨウコさんとローハンを見てたらよく分かるよ」

「あなたも人を好きになれたらいいのにね」

「本当にそう思う?」

「そりゃあ、その方があなたにとってはいいんじゃないかな? ……ファンとしては複雑な気分だけど、あなたには幸せになってほしいよ」

「……でもね、もし僕が誰かを愛せるようになったら、まずいことになると思うんだ」

「どうして?」


 キース、ヨウコを見る。


「きっとヨウコさんのこと、好きになっちゃうからね。人妻に惚れちゃまずいだろ?」

「おかしなこと言わないでよ」

「おかしい? どうして?」


 キースに見つめられて、ヨウコが赤くなって目をそらす。


「私なんて好きにならなくても、周りにいい女がうじゃうじゃいるじゃない。いつだって女優やモデルに囲まれてるんだから」

「僕がなんなのか知らない人なんて好きになりたくない。もしも誰かを愛せるんだったら、僕は……」


 キース、ヨウコの顔を覗き込む。


「ね、まずいだろ?」

「……うん。まずいね。すごくまずい」

「でも、そんな事は絶対に起こらない。だから心配する必要もない。もう帰ろう。ローハンがいつ戻ってくるのか聞いてるよ」


 ヨウコ、時計を見る。


「もうこんな時間?」

「夕飯はサエキさんの牛丼と豆腐の味噌汁だってさ」

「やった。サエキさん、丼モノ、上手なのよね」


 キース、ヨウコの手を引いて助け起こす。


「ありがとう」

「帰りは飛ばすよ」


 キースの顔を見て、ヨウコが気まずそうに横を向く。


「どうしたの?」

「キースに告白されちゃった」

「告白? 告白とは違うだろ? 好きだって言ったわけじゃないんだから」

「わかってるわよ。でも、私、あなたにちょっぴり特別扱いされてるんでしょ? ファンとしては嬉しいじゃない」

「ヨウコさんをサポートするのは僕の仕事だからね」

「ああ、そうか。私って『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』なんだった。いつも自分が何者なのか忘れちゃうんだよね」


 ヨウコ、海の方を見る。


「ヨウコさん? がっかりさせちゃった?」

「ううん。私が『ヨウコ』じゃなきゃ、あなたに出会うこともなかったもんね。感謝してるよ」


 キース、車のドアを開けると、座席にヨウコを座らせる。


「ヨウコさんはね、『ヨウコ』であろうとなかろうと、僕のとても大切な人なんだよ。忘れないで欲しいな」


 キースにキスされて、ヨウコが笑う。


「キースってさ、ほんとは私に恋してるんでしょ?」

「そうかもね」

「お互い、恋愛対象じゃなくってよかったよ。じゃなきゃ、こんな風に一緒にはいられないもんね


 キース、笑う。


「ほんとラッキーだったよ。また誘ってもいい?」

「うん。でも次は飲み物も忘れないでよ。サンドイッチで窒息死するかと思ったわ」


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