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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第三幕
92/256

シュウジに会いたい

 キッチン ローハンとキースとトニーが料理をしているところにヨウコが入ってくる。


「あれ、三人で何してるの? キッチンが華やかなんだけど」


 ローハンが笑顔で顔を上げる。


「トニーにクラブサンドの作り方を習ってるんだ。カフェで出してるのと同じやつ。あれ、病み付きになるおいしさだろ?」


 トニーも嬉しそうにヨウコを振り返る。


「門外不出のシークレットレシピなんだけど、この人たちに頼まれちゃ断れないでしょ。この二人に挟まれてお料理だなんて、もう動悸が止まらないわ。たまに身体が触れ合うのがいい感じなのよねえ」

「あんた、好きな男がいるんでしょ? 何考えてるのよ?」

「この二人は名画みたいなモノなのよ。どうせ手に入らないんだから、せいぜい鑑賞させていただくわ」


 ヨウコ、キースの手元を覗き込む。


「あれ、まさかキースも一緒に作ってるんじゃないでしょうね?」


 ローハンがにやりとする。


「そろそろこいつも食事当番に組み込んでやろうと思ってさ。しょっちゅう入り浸ってるのに、食ってばかりはずるいだろ」

「うえ、やめてよ」


 キース、ヨウコを見る。


「それはどういう意味なのかな?」

「だって前に一度、キースがご飯を作ったことあったでしょ? シンプルなパスタなのに恐ろしくまずかったわよ」

「あの頃はまだ味覚が定かじゃなかったんだよ」


 トニーがおかしそうに笑う。


「サンドイッチじゃ間違いなんて起きないわよ」

「……ほんとでしょうね」


 キース、ヨウコの顔を見て微笑む。


「この間、シャロンのホームパーティで簡単な料理を習ってきたんだ。今度、作ってあげるよ」

「サンドイッチより複雑じゃない料理だったらお願いするわ。ところでシャロンってあのカリスマ主婦? トークショーで共演してたわよね」

「ずいぶん気に入られちゃってね、彼女の料理番組にもゲストで出て欲しいって言われてるんだ。今は映画以外は受けてないんだけど、それでも月に一回は打診が入るよ」

「おばちゃんのくせにキースに夢中なのね」

「僕は年上にもてるんだ。ヨウコさんみたいなね」


 ヨウコ、キースを睨む。


「たったの五歳差よ」

「僕が設置された時、ヨウコさんは二十歳だったんだよ」

「そっちの歳で比べられちゃ誰だってババアでしょ? ローハンなんてまだ幼児じゃない」

「自分の息子よりも若いだなんて不条理だよな。ところでさあ、ヨウコ、ずいぶん浮かれてない? 何かあったの?」

「そうそう、そうなのよ。シュウジがこっちに来てるの」

「誰だよ? 俺の知らない元カレ?」


 キースが説明する。


「俳優だよ。サトナカシュウジ。ヨウコさん、日本にいた頃から彼のファンなんだ。知らなかったの?」

「なんだ、芸能人か」

「日本人の俳優はわかんないわねえ」

「今、こっちで映画を撮ってるのよ。近所でロケだっていうから見に行ってくるよ。エキストラ募集してないかな?」

「見に行くの?」

「本物に会えるチャンスなんて、これを逃したらないわよ。最近渋みが出てきて、ますますいい感じなのよね」

「ヨウコの好きな俳優ってキースだけじゃないんだ」

「たくさんいるわよ。外タレでカッコいいと思ったのはキースが初めてだけどさ。……シュウジって人間よね? 未来から来てたりロボットだったりしないよね?」


 キース、うなずく。


「正真正銘この時代の人間だよ」

「最近格好いい人を見ると疑っちゃうのよねえ」


 ヨウコ、うきうきとした足取りで出て行く。キース、振り向いてローハンの顔を見る。


「……ヨウコさん、僕の事を『外タレ』って呼んだ?」

「気にするなよ。俺が名前も聞いたことないんだから、ファンだって言ってもたいしたことないよ」

「慰めてるつもり?」

「そうだけど?」

「ヨウコさん、渋いのも好みだったとは気づかなかったな。迂闊だったよ」

「俺、そのシュウジって人、知らないからわかんないよ」

「検索かけろよ」

「別に興味ないんだけどなあ。……ああ、ほんとだ。ヨウコが好きそうな顔してるよ」

「だろ?」


 トニーが興味を示す。


「それじゃ、間違いなくあたしのタイプだわ。一緒に見に行こうかしら」


 ローハン、不思議そうにキースを見る。


「そうは言ってもただの芸能人だろ? なんでそんなに気にするの?」

「僕というものがありながら、浮気するなんて許せない」

「ヨウコは俺の妻だけどな。まあ、気持ちは分からないでもないけどさ」

「シュウジは人間だし」

「そこにこだわるなら、俺と結婚してないと思うよ」

「ヨウコさん、僕を男として見てくれてないんだよ。恋愛できないと思い込んでるからさ。その点シュウジのほうが有利だな」

「あのさあ、シュウジって人がいくら恋愛できるからって、ヨウコに惚れる可能性はゼロパーセントだよ」

「そうとは言い切れないだろ? 会わせちゃまずいよ」


 トニー、笑う。


「あらあら、もう少し冷静になりなさいな。ローハンの言ってることが正しいわよ。ほら、コーヒー入れてあげるから座りなさいよ」


 キース、言われるままに椅子に座る。


「……たしかにシュウジがヨウコさんに惹かれるはずないか。妻も前妻も愛人もすべて元モデルかタレントだ。いずれもヨウコさんとは似ても似つかない巨乳、美脚の持ち主だし」

「そうだろ? 奪われる心配は全くないから安心しろって」

「……それにしてもヨウコさん、浮かれてたなあ。嬉しそうな顔しちゃってさ」

「そんなに気になるんだ」

「俳優としてのプライドがかかってるんだよ」


 トニー、キースの前にコーヒーを置く。


「あなたはヨウコの中じゃ他の芸能人とは別格なんだから、心配することないわよ」

「どうしてそんな事が言えるの?」

「だって、あなたはヨウコの心の支えだったんだもの」

「いつの話?」

「あの子、ナオキと別れた後、ひどい目に会ったでしょ? あの後よ」


 ローハン、トニーの顔を見る。


「俺、その話知らないんだ。サエキさんに、ヨウコがろくでもない男にひっかかったって聞いたけどそのこと? 何があったの?」

「あなたは知らないほうがいいんじゃないかしら」

「でも、キースは知ってるんだろ?」

「うん。僕は警察の記録を調べたからね」

「警察? めちゃくちゃ気になるだろ? 俺にも教えてよ」


 トニー、ため息をつく。


「仕方ないわねえ。あたしが話したってヨウコには言わないでよ」

「言わないよ」


 トニー、椅子に腰を下ろすと語り出す。


「ヨウコね、友達の紹介でその男と付き合いだしたのよ。真面目そうだし人当たりもいいし、とにかくヨウコに優しいんで、あたしもすっかり騙されてたのよね。でもしばらくしたら仕事をクビになったとかでヨウコの家にあがりこんでさ、そのまま居ついちゃったのよ」

「ヒモになっちゃったってこと?」

「そんな感じね。あの子、マークがおかしくなったのは、失業した時に自分が支えてあげられなかったからだって後悔してたの。だからそれでも黙っ て男の面倒みてたのよ。でもそのうち男の友達まで入り浸るようになって我が物顔に振舞うもんだから、さすがのヨウコも文句を言ったの。そしたらね、そいつ、生意気な女だって言ってヨウコを殴ったのよ。殴り倒して部屋に閉じ込めようとした」


 ローハン、愕然としてトニーを見る。


「それって……」

「幸い未遂で終わったんだけどさ」

「よかった」

「ヨウコ、キッチンに逃げ込んで熱湯の入ったヤカンを振り回して抵抗したのよ。あの子の腕にやけどの跡があるでしょ?」

「うん。うっかりお湯こぼしちゃったって言ってたけど……」

「逃げ出してすぐに通報したんだけど、結局奴らは捕まらなかったわ。女を食い物にして流れ歩いてる詐欺師だったのね。身元も経歴も全部デタラメ、仕事だって最初からしてなかった。この国ってシングルマザーが多いでしょ? 孤独な女には不自由しないものね」

「……そりゃ、俺のことを警戒したわけだ。そんなやつらが野放しになってるなんて悔しいなあ」


 キース、ローハンの顔を見る。


「悔しがることはないよ」

「なんでだよ。ヨウコがそんな目に遭ったっていうのに平気なの?」

「今は二人とも塀の中だよ。オーストラリアでだけどね。身に覚えのない罪状で逮捕されちゃって気の毒だけど、余罪もずいぶんあるみたいだし、あと十年は入っててもらおうかな」


 トニー、笑う。


「やるじゃない」

「それにね、二人とも熱湯かけられて顔がまだらになってるんだ。慌てて逃げたんで応急処置も出来なかったんだな。……でも、その事件と僕となんの関係があるの?」

「ヨウコ、その後すごく落ち込んじゃったのよ。暴行されそうになったのもショックだったけど、何よりもヨウコが傷ついたのはね、恋人だと信じてた男が助けを求めるあの子を笑って見てたからなの」


 ローハン、怒った顔でキースを見る。


「キース、もう十年追加しといてよ」


 トニーが続ける。


「……家からは一歩も出ようとしないし、仕事も休みすぎてクビになっちゃったの。あたしも心配だから毎朝電話してたんだけど、ある朝突然いなくなっちゃったのよ。慌てて心あたりに連絡したけど見つからないしさ。結局その日の午後遅くに戻ってきたんだけどね」

「どこに行ってたの?」

「わかんない。何度聞いても教えてくれないのよ。でもね、戻ってきてからは『この世にはまだキースみたいな男もいるんだから、希望を捨てちゃだめよね』なんて言っちゃってさ、それ以来すこしずつだけど元気になってきたのよ」

「……そんなの、本気で言ったわけじゃないだろ?」

「さあね、でも、それまで以上にあなたに夢中になったのは確かよ。何か信じられるモノが欲しかったのかもね」


 トニー、微笑む。


「とにかく、あなたは一番辛かった時にあの子を支えてくれた理想の男性なんだから、シュウジなんか目じゃないわよ。まあ、本物はかなりイメージが違ったけどさ」

「それなんだよ。僕と『キース・グレイ』とはまったくの別モノなんだから、理想って言われても困るんだ」

「でも、『キース・グレイ』を創りだしたのはあなたでしょ? それならあなたも素敵な人に決まってるわよ」

「自信ないよ。ヨウコさんだってもう僕の性格を知ってるしさ。どれだけ幻滅させたんだろうと思うと落ち込むよ」


 ローハン、笑う。


「ちょっと『外タレ』呼ばわりされたぐらいで、どんだけ動揺するんだよ? 黙ってるつもりだったんだけど教えてやるよ。お前が遊びに来る日のヨウコの浮かれ方はあんなもんじゃないよ。クリスマス前のルークみたいにそわそわしちゃって、俺が何を言っても上の空なんだ。……だからって調子に乗るなよ」


 キース、立ち上がる。


「ローハン、ヨウコさん、ちょっと貸してくれる?」

「やだよ。調子に乗るなって言ったとこだろ?」

「さっき、ヨウコさんの寝顔が無防備でかわいいってのろけてたよね」

「ええ?」

「ヨウコさんに教えて喜ばせてあげようかなあ」


 キース、にやりと笑う。


「それも今すぐに」

「分かったってば。ほんと性格悪いんだから。お前には借りもあるから、貸してやるよ。夕飯までには返せよ」

「わかっよ。そのサンドイッチ、持っていってもいい?」


 トニー、手際よくサンドイッチをナプキンに包むとキースに渡す。


「はい。楽しんでらっしゃいね」

「ありがとう、トニー」


 出て行くキースをトニーがうっとりと見送る。


「いいわねえ、恋するキースって初々しくってドキドキしちゃうわ。あなたもそうは思わない?」

「俺、その質問になんて答えていいのかわかんないよ」

                                   

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