初めての夜
午後八時過ぎ、居間にルークが入ってくる。
「おやすみ、おかあさん」
ルーク、ローハンを睨むと部屋を出て行く。
「ごめんね、無愛想で。今までいろいろあったからさ」
「俺がヨウコと仲良くしてればそのうち認めてもらえるだろ。おかあさん思いのいい子じゃないか」
「……それならいいけど」
「明日の予定は?」
「朝のうちに仕上げなきゃならない在宅の仕事があるけど、午後は暇かな?」
「今から何するの?」
「DVDでも見る? 新作、いくつか借りてきたんだ。ほら、これキース・グレイの出てる奴。すっごく格好いいのよ」
ローハン、DVDのケースを眺める。
「ヨウコ、この人のほうが俺より格好いいと思う?」
「だってこの人、ハリウッドスターだもん。張り合ってどうするのよ。……そっか、24世紀から来た人には新作じゃないんだ」
「大丈夫、この時代の映画はほとんど見てないんだ。ここで一緒に座って見ようよ」
「いいよ。でも、あなたと一緒じゃ、どきどきしちゃって映画どころじゃないかも」
「時々ものすごく素直なこと言うんだね。こっちもドッキリしちゃったよ」
「いちいち指摘しないでよ。ねえ、ローハンの顔、ちゃんと見せてもらってもいい?」
ローハン 赤くなる。
「うん」
ヨウコ、顔を近づけてローハンの顔を見る。
「きれいな目だね。この微妙な色合いがいいな」
「ほんと?」
「すごーい。鼻毛もあるんだね。伸びるの?」
「……どこ見てるんだよ」
「肌、きれいでうらやましいなあ。髭は? 生えてこないの?」
「髭は生えてないほうがいいんだろ?」
「触ってみてもいい?」
ヨウコ、ローハンの頬にそっと手をあてる。
「ヨウコの手、気持ちいい」
「作り物とは思えないんだけど」
「俺、最高級品だもん」
ヨウコ、そのままローハンを引き寄せてキスする。
「ヨウコの方からチュウしてもらえるなんて感動だな」
「絶妙な唇してるから……つい」
「キスならいつでも大歓迎だよ」
「そうだ。しちゃいけないことがあったら先に言っといてよ。『磁石を近づけてはいけません』とか、『直射日光に長時間当ててはいけません』とかさ」
「そうだな。『壊れモノですので乱暴に扱うのはおやめください』ってぐらいかな」
「嫌味も言うんだ」
数時間後、映画が終わるとテレビがひとりでに消える。
「あれ?」
「消しちゃっていいんだろ?」
「どうやったの?」
「俺、器用なんだ」
「器用って……」
「もう11時だね。寝る?」
「うん。……今夜はここのソファで寝てもらっていい?」
「いいよ。でもほんとはヨウコと一緒に寝たかったな」
ヨウコ 赤くなる。
「はっきり言うなあ。もうしばらく付き合ってからでいいかな?」
「わかってるよ。言ってみただけ」
「着替えは持ってきてるの? 男物のトレーナーとかジャージならたくさんあるけど、ローハンには小さいかも」
「……もしかして前カレの服、とってあるの?」
「捨てちゃうのもったいないじゃない。悪い?」
「悪くはないけどさ。いるものは車に積んであるから大丈夫」
「そっか。じゃ、おやすみ」
「おやすみのチュウしてよ」
ヨウコ、ローハンにキスすると彼の顔をじっと見る。
「どうしたの?」
「ううん。明日の朝また会えるんだよね」
「当たり前だろ? おやすみ、ヨウコ」
「うん、おやすみ」
ヨウコ、不安そうにローハンを見ると部屋から出て行く。
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夜中過ぎ、ヨウコが目を覚まし、急いで居間へ行く。ソファの上でローハンがうなされている。
「ローハン! ねえ、ローハン! 起きてってば」
ヨウコ、ローハンを揺さぶる。
「あ、ヨウコ。まだ朝じゃないだろ? トイレ?」
「うなされてたよ。どうしたのよ?」
「ああ、そういえばヨウコにフられる夢をみた。『ニンゲンモドキの分際で、私と付き合おうとは思い上がりも甚だしい』って言うんだよ」
「人を勝手に自分の夢に登場させないでくれる?」
「ごめん」
「ほら、起きて。一緒に寝よう」
「一緒に? いいの?」
「うん。またおかしな夢みたらすぐ起こしてあげる」
ヨウコ、ローハンを寝室へ引っ張っていく。
「あんたは壁側で寝てね。私はこっち側じゃないとよく眠れないんだ」
「うん」
「じゃあお休み」
「嬉しいな。ヨウコの寝顔をじっくり見ちゃおうっと」
「壁を見て寝なさい。落ち着いて眠れないでしょ」
「冷たいなあ。……それに男の写真が貼ってある壁なんてみたくないんだけど」
「ええ? ああ、それ格好いいでしょ。イギリスの友達がキースの生写真送ってくれたんだ。気になるなら剥がすよ」
ヨウコ、壁から写真をはぎ取ると布団にもぐりこむ。
「今、それ枕の下に入れなかった?」
「よく見てるなあ。黙って寝なさいよ」