バックアップ
キース、無表情でローハンを見つめる。
「そんな事、できるわけないだろ? いくら鈍いからって、ヨウコさんが気づかないと思うのか?」
「なんとか直してはみたものの、記憶に障害が残った、って事にしておけばいいよ。まさか別人だなんて疑いっこないからね」
「どうして僕に頼むんだよ? どうせ『会社』は君の頭脳を入れ替えるつもりでいるんだろ?」
「ヨウコは新品の俺なんて受け入れやしないよ。君は俺にそっくりなだけで、ヨウコの事をなんにも知らない男がヨウコの夫になっても平気なの? ヨウコが好きなんだろ? 傍にいたいんじゃないのか?」
「ヨウコさんを一生騙し通せっていうのか?」
「君の事はサエキさんに聞いたよ。嘘つくの得意なんだろ?」
「失礼だな。渉外役だから仕方ないんだよ」
「ヨウコの事も誰よりもよく知ってる。君ならヨウコを幸せにできるよ」
「断るよ。魅力的なオファーだけど、間抜けなロボットの演技なんて僕には無理だ」
「そうか。壊れかけの俺にしちゃ、なかなか凄いことを考え付いたと思ったんだけどな。まだちょっと時間があるからね、もう一度よく考えてみてよ」
部屋から出て行こうとするローハンをキースが呼び止める。
「ローハン、ちょっと待って。君の頭の中、僕に見せてくれないかな?」
「やめたほうがいいよ。例の得体の知れないチップがあるから、ガムランだって潜りたがらないんだ。潜ったところでどうにもならないと思うけど」
「僕の事、ヨウコさんを譲ってもいいぐらい信頼してるんだろ?」
「……わかったよ。サエキさんも呼んでくれる? もし君に何かあったら、ヨウコを任せられる奴がいなくなっちゃうからね」
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居間 ヨウコとローハンとサエキがキースを囲んで座っている。
「どんな具合だ?」
「これでよく機能してますね。サエキさんたちに分かるように説明するのは難しいですけど、穴だらけ、っていうのかな? 急にこんなになっちゃったの? 記憶をなくす兆候はなかった?」
「俺に聞かれても、覚えてないんだからわかんないよ。俺の昔の記憶、どこかに残ってないのかな? 探してみてよ」
「見当たらないな。消えたのか、もう機能してない場所にあるのかのどちらかだな。一昨日の朝からのは残ってるけど、これももうヤバそうだよ。そろそろ身体も動かせなくなると思う。数週間どころか数日が精一杯だな」
ヨウコが苦しそうな表情で下を向く。
「そういえばローハン、あの前の晩、様子が変だったの。ずーっと私の顔ばっかり見ててさ。気持ち悪いからやめろ、なんて言っちゃった……。あんな事言わなきゃよかったよ」
キースが腕を伸ばして、自分の手をヨウコの手に重ねる。
「ヨウコさんはいつもそうなんだから、ローハンは気にしてないよ。……これが例のチップだな。君にあの異常な能力を与えている……」
「今は俺を殺すつもりらしいけどね」
「……そんな凄いモノには思えないんだけどなあ」
「キース、それは覗いちゃ駄目だよ! 離れて!」
「だって、僕を呼んでるよ。聞こえない?」
「呼んでる? キースを?」
いきなり黙り込んだキースに、サエキが心配そうに声をかける。
「おい、どうした? 大丈夫か?」
「……ここに僕に宛てた伝言が残ってるんです。……僕が来るってわかってたのか?」
「誰からの伝言だ?」
「『じいさん』からです」
「『じいさん』? 中身は?」
「そろそろこういう事態になって困ってる頃だと思うので、解決策を教えてあげましょう、って内容ですよ」
「ってことは直せるのか……」
「ローハンの今までの記憶と人格は、このチップの中にバックアップされているようです。頭脳を交換してまたこのチップを取り付ければ、今までの記憶が復元されて元通りになる、と書かれてますね」
ヨウコ、椅子にへたり込む。
「そんなに……簡単なことなの?」
「詳しい手順はこのファイルを見ればわかります。このままウサギさんに転送しますね」
キース、ヨウコの顔を見て微笑む。
「よかったね。ヨウコさん」
ローハン、ほっとした顔でキースを見る。
「……あのチップの中に二年分の俺が全部入ってるの?」
「こうなるのを見越して、君のすべてを避難させておいたんだろうね。これ以上覗くと僕まで捕まりそうな気がしてきた。もう戻るよ。頭がくらくらする」
ヨウコが不思議そうな表情を浮かべる。
「キースの頭ってくらくらするの?」
「僕がもし人間だったらそんな感じだと思うよ。あのチップ、底が見えなかった。サエキさん、24世紀のモノじゃないですね」
「『じいさん』が持ってきたモノだからなあ。じゃ、あとはあっちに連れて帰って頭脳を換えれば問題解決って事かな?」
キース、サエキの顔を見る。
「どうして『じいさん』は早めに警告してくれなかったんでしょうか? ヨウコさんに心配をかけなくて済んだのに」
「あのローハンのチップが『目覚めた』のも、ヨウコちゃんが誘拐されたのがきっかけだったよな? どうやら『じいさん』、ドラマチックな展開が好きなんじゃないのか? なんとなくそんな気がするよ」
「人騒がせな話ですね。そんなにドラマが好きなんだったら、脚本家になればいいんですよ」
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ヨウコ達の寝室 ヨウコとローハンが並んでベッドの上に座っている。
「……ローハン、戻ってくるんだ」
「良かったね。どうしたの? 浮かない顔して」
「わかってるんでしょ?」
「うん。わかってる。俺の事だね」
「チップを新しい頭脳に移したら、ここにいるローハンは今の頭脳と一緒に消えちゃうんでしょ?」
「どうせ数日しか残ってないんだから、気にしてないよ。本物のローハンはちゃんとバックアップされてるって分かったんだから良かったじゃないか」
「不謹慎かもしれないけど、もう一度最初からローハンと恋がし直せたみたいで楽しかったわ」
「俺もたった三日間だけど、ヨウコと会えてよかったよ。サエキさんが呼んでる。そろそろ行かなきゃ」
「ごめんね」
「ヨウコのせいじゃないよ。泣かないで。チュウしていい?」
「うん」
ローハン、ヨウコにキスする。
「ちょっとはうまくなった?」
「ちょっとだけね」
ローハン、立ち上がる。
「行くよ。ルークとアーヤにもよろしく。本物の俺をあんまりいじめないでやってね」
ヨウコ、立ち上がってローハンの腕をつかむ。
「待ってよ。まだ数日残ってるのなら、最後まで一緒にいようよ。頭なんかそれから替えたって構わないんでしょ?」
「ヨウコ……」
「晩御飯、好きなモノ、作ってあげるから。お風呂にも一緒に入ってあげる。セックスして、眠くなるまでどうでもいいことしゃべって、朝一緒に起きてさ。明日は散歩に行こうよ。最後までずっとそばにいてあげるから……だからまだ行かないで」
ローハン、笑ってヨウコをベッドに座らせる。
「ヨウコ、ありがとう。でも、そんな事したらますますヨウコが辛くなっちゃうだろ? もう俺のことは忘れたほうがいいよ」
ローハン、もう一度ヨウコにキスすると、早足で部屋から出て行く。




