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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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ショック療法

 翌朝 キッチンでサエキとヨウコが話している。


「今朝も変わりないの。子供達の顔も覚えてなかったわ。もう仲良くなって遊んでるけどさ」

「何でも一度で覚えるから、不自由はないんだろうな。ガムやウサギたちが解決策を探してくれてる。なんとかなるよ」

「人間だったらショックを与えたら思い出したりするわよね」

「その手も使えるかもしれないな。でも、あいつって何したら驚くのかな。普段からぼーっとしてるからなあ」

「キースが心配して来てくれるの。もうそろそろ着く頃よ。撮影が終わったから時間があるんだって」

「ガムでもわかんないんだから、キースなんて役に立たないよ」

「もしかして、キースにヤキモチ焼かないかしら? そこまで今のローハンが私の事を好きなのか疑問だけどさ」

「それ、いいんじゃないか? 駄目元でやってみようよ」


 ローハンが入ってくる。


「サエキさん、おはよう」

「おはよう。気分はどうだ?」

「気分はとてもいいんだけど、相変わらず何も思い出せないんだ。ねえ、ヨウコ……」

「なに?」

「……ううん。なんでもないよ」

「気になるでしょ? 朝はトーストとコーヒーでいいよね。そこに座ってよ」


 ローハンが席に着くと、ドアからキースが入ってくる。


「こんにちは。ヨウコさん、疲れた顔してるなあ。大丈夫なの?」


 キース、ローハンに近づいて顔を覗き込む。


「何も思い出せないって? 僕の事も?」


「ごめん。覚えてないや。君は人間じゃないね」


 キース、離れたところに立っているサエキとヨウコのところに来ると、小声で話しかける。


「思ったよりひどいなあ。サエキさん、直せるんですか?」

「原因は分かってるんだけど、直し方がわからないんだよ。お前さ、ローハンの前でヨウコちゃんにチュウしてみてくれないか?」

「ショック療法ですか?」

「頼むよ。試せるものは試してみたいんだ」


 キース、ヨウコに近づくと、いつものようにそっと唇を合わせる。見ていたローハンが立ち上がる。


「……ヨウコ、俺と結婚してたんじゃないの?」


 サエキ、ヨウコ達にささやく。


「反応あったぞ。よし、実は不倫してたってフリしてみろ」


 キース、ヨウコの顔をじっと見る。


「……構わないの?」

「うん、お願い」

「ほら、許可が出たんだから遠慮はいらん。情熱的にやれよ。驚かせなきゃ意味がないからな」


 ヨウコ、申し訳なさそうにキースの顔を見上げる。


「ごめんね、キース。おかしな事頼んで」

「僕は俳優だからね。こんなのお安い御用だよ」


 キース、ヨウコを抱き寄せるが、そこで動きを止める。


「おい、なんでためらってるんだよ?」

「あー、ヨウコさん、君に会えなくて、凄く寂しかった」


 ヨウコ、キースにささやく。


「ちっとも寂しかったようには見えないんだけど。しっかり頼むわよ」


 キース、ためらうが、そのまま続ける。


「毎日ヨウコさんのことばかり考えてたんだよ」

「……うん。私もキースに会えなくて寂しかったんだ」

「えーと……」

「……えーと?」

「……ヨウコさん、愛してる」


 キース、ヨウコにゆっくりとキスする。ローハン、愕然と二人を見つめる。


「サエキさん、この人は誰なのさ?」

「キースって言うんだ。有名な映画俳優でさ、ヨウコちゃんは彼の大ファンなんだよ。あれ、どうかしたの?」

「だからって、なんでヨウコといちゃいちゃしてるの?」

「気になる?」

「ヨウコがよくわからないよ」


 ローハン、そのまま部屋から出て行く。


「よし、かなりショックを受けてたぞ。ヨウコちゃん、様子を見ておいでよ」

「うん、キース、協力してくれてありがとう。……いつまで抱いてるのよ?」

「え? ああ、ごめん」


 ヨウコ、キースの腕から抜け出すと、ローハンの後を追う。サエキ、キースを呆れた顔で見る。


「なんだよ、あのぎこちない演技は? よくあれでハリウッドスターが務まるな」

「演技なんてしてません」

「なんでだよ? 真面目に協力しろ」

「ヨウコさんの顔見たら、できなくなっちゃったんです」

「……まあ、チュウは凄かったからな。俺が見ててドキドキしたよ。ヨウコちゃん、平然としてたけど」

「ローハンのことで頭がいっぱいなんですよ」

「お前も辛いなあ」

「ヨウコさんに手を出すなって言ったの、サエキさんでしょ? カレーの匂いがする。食べてもいいですか?」


        *****************************************


 ヨウコ達の寝室 ヨウコが入ってくると、ベッドに腰かけているローハンに話しかける。


「ローハン?」

「何か用?」

「うん、用」

「俺、ヨウコの事、何も知らないんだよな。ヨウコはあの人が好きなんだね。俺の記憶があったときから好きだったの? 浮気してたの?」

「妬けた?」

「なんだか凄く悲しくなっちゃったよ」

「もしかして、ショックを与えたら記憶が戻るんじゃないかなあ、ってやってみただけなのよ。ごめんね」

「あれは演技だったの? 本当に? 演技には見えなかったけど」

「キースは名優だもん。私が好きなのはローハンだけだから」

「でも、あの人はヨウコのこと、好きだよ」


 ヨウコ、笑う。


「ありえないって。キースだよ? 私なんて好きになるはずないでしょ」

「本当にヨウコは俺だけが好きなの?」

「うん。すっごくすっごくすっごく好きなの。どうしようもないくらい好きなの」

「そんなに?」

「そんなに好きなようには見えないでしょ。でも好きなの」


 ヨウコ、隣に座ってローハンを抱きしめる。


「ヨウコ、泣かないでよ。俺もヨウコのこと、好きだよ。きっとどこかでヨウコのことを覚えてるんだと思う。二年も一緒にいたのに思い出せないなんて悔しいなあ」

「ローハンが思い出したいと思ってるんだったら、きっと思い出せるよ。気長に待つね」

「キスしてもいい?」

「うん」


 ローハン、ヨウコにキスする。


「……チュウの仕方も忘れたんだ」

「今のはファーストキスだったんだよ。許してよ」

「このまま記憶が戻らなくても、ずっと私といてね」

「うん、俺にはここしかいる場所がないよ」

「二年分の思い出くらいすぐに一緒に作れるよ」

「ありがとう、ヨウコ」

「週末、家族でどこか行こうよ。そうだ、泊りがけで西海岸までドライブするのはどう? いつも都合が悪くなって、のびのびになってるでしょ? と言っても覚えてないわよね」


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