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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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異変 

 ある日の早朝 ヨウコがキッチンのドアを開け、ぼんやりと椅子に座っているローハンに話しかける。


「おはよう、ローハン。早起きしたんだね。ボーっとしちゃって寝足りないんじゃないの?」


 ローハン、顔を上げてヨウコを見る。


「それ、日本語だね。ここは英語圏だと思ったんだけどな。……ローハンって俺のこと?」

「……それはどういう冗談なのよ?」

「冗談って?」


 ヨウコ、しばらくローハンの顔を見つめているが、慌ててキッチンから走り出て、サエキを大声で呼ぶ。


「サエキさん、来てよ! 早く!」


 サエキが眠そうな顔で現れる。


「ヨウコちゃん、何があったの?」

「ローハンが変なの。いつも変だろ、なんて言わないでよ。本当におかしいんだから」

「……ローハン、どうかしたのか?」

「あなたたちは誰です?」


 サエキ、怪訝な顔でローハンを見つめる。


「……お前、覚えてないの?」

「気づいたらここにいたんだよ。なんで俺がここにいるのか知ってる?

「うそだろ? ロボットのくせに記憶喪失?」


 ヨウコ、不安げにサエキを見る。


「ロボットは記憶喪失にならないの?」

「たまに事故なんかでデータが欠けたり消えたりすることはあるけどさ。こういうのは見たことないなあ」

「頭、叩いてみよう。直るかも」

「おい、テレビじゃないんだぞ」


 ヨウコ、伸び上がってローハンの頭を殴る。


「痛いよ。君はなんなのさ?」

「あんたの妻よ。忘れてるんじゃないわよ」

「俺、結婚してるの? 今、俺はロボットだって言ってなかった? ロボットは結婚できないだろ?」

「ヨウコちゃんとお前は夫婦なんだよ。知り合ってもう二年たつんだよ」

「ごめん。覚えてないや」

「俺はお前のスーパーバイザーのサエキだ。ヨウコちゃん、すぐに連れて帰って調べてもらうよ。一時的なものだと思うんだけど」

「間抜けだとは思ってたけど、記憶まで失しちゃうとはね。早く直ってくれなきゃ困るわよ」

「サエキさん、ヨウコさん、俺に冷たいよ」

「うるさい。何よ、ヨウコさんって?『さん』付けで呼ぶな!」


 ヨウコ、怒った顔でキッチンから出ていく。


「ヨウコちゃん、動揺してるなあ」

「そうなの? もしかして俺のせい?」

「早く診てもらったほうがいいな。ほら、いくぞ。朝飯はあっちで食べよう。リュウに留守を頼んでいかなきゃ」


        *****************************************


 その日の晩 キッチンにサエキとローハンが入ってくる。


「遅かったのね。直った?」

「ごめん、ヨウコちゃん。まだなんだ」

「原因はわかった?」

「なんとなくね」

「頼りにならないなあ」

「すまん」

「……ごめん、サエキさんが悪いんじゃないよ。……ねえ、ローハン。ご飯食べる? ローハンの好きな日本のカレーだよ」

「俺は日本のカレーが好きなの?」

「そうなのよ。サエキさんも座ってよ」


 サエキ、腰を下ろすと真面目な顔で話し始める。


「ローハンの頭の中に『じいさん』にもらった謎のチップが入ってるだろ」

「うん」

「どうやらそのチップの性能が高すぎて、他の部分に負担がかかってるみたいなんだ」

「……よく意味がわからないんだけど」

「例えばだな、ヨウコちゃんのボロ車にフォーミュラカーのエンジンを積んで、フル回転で走らせたらどうなると思う?」

「ええ、それってめちゃめちゃヤバいんじゃないの。どうするのよ? そのチップ、取っちゃえないの?」

「無理」

「言い切ったわね」


 カレーを食べていたローハンが顔を上げる。


「ねえ、ヨウコ、カレーおいしいよ」

「当たり前じゃない。あんたの好物だって言ったでしょ」

「……ヨウコ、怒ってるの?」

「気にするなよ。いつもこうだから」

「ヨウコと俺って夫婦なんでしょ? 夫婦仲、悪かったのかな?」

「まさか。ヨウコちゃんはお前にベタぼれなんだよ。態度は悪いけどな。お前はどうなの? ヨウコちゃんのこと、好きだって気持ちは残ってないの?」

「……俺はよくわかんないや。今朝、会ってからずっとあんな態度だよ。俺のこと、嫌ってるのかと思ってた」

「おい!」


 ヨウコ、立ち上がる。


「そりゃそうよね。『ヨウコを強制的に好きにさせる』プログラムだって残ってないんだからさ。覚えてもない私の事なんて、好きになれっこないわよね」


 ヨウコ、早足で部屋から出ていく。


「お前なあ、ヨウコちゃんがお前に忘れられてどんなにつらいか分かってやれよ」

「本当に俺のこと、好きなの?」

「お前ほど愛されてる男は見たことないぞ」

「……それじゃあ、つらいかもしれないな」

「ほら、行ってやれよ」

「うん。ひどいこと言われないかな」

「夫ならそのぐらい我慢しろ」


 ローハン、席を立つとヨウコの後を追う。


        *****************************************


 居間 ヨウコがソファに座っているところにローハンが入ってくる。


「隣に座ってもいい?」

「うん」

「ヨウコは俺の奥さんなんだね」

「何度も聞くのね。申し訳ないけどそれが事実なの」

「じゃあ、こんな事しても怒らない?」


 ローハン、ヨウコの肩を抱く。


「……うん」

「ヨウコ、どうして泣いてるの? 俺がヨウコの事、忘れちゃったから?」

「うん」

「ごめんね。なんとかして思い出すよ。だから泣かないで」

「……ねえ、顔にカレーがついてるよ」

「え?」


 ヨウコ、ローハンを見上げる。


「ほら、いつも拭くの忘れるでしょ? 機械のくせにどうして覚えないんだろ?」


 ヨウコ、指先でローハンの顔に触れる。ローハン、赤くなってヨウコを引き寄せ、強く抱きしめる。


「……何か思い出したの? ……どうしたの? 震えてるじゃない」

「こうしてるとほっとするんだ」

「ほっとするの?」

「ずっとずっと心細くて仕方なかったんだ。24世紀に連れて行かれて、会う人みんな俺に親切にしてくれたけど、それでも、俺どうなちゃうんだろう、って思ったらすごく怖かった」

「そうだったんだ」

「しばらくこうしててもいい?」

「ごめんね。ローハンの気持ち、ちっとも考えてなかったよ。そりゃ、何もわからなかったら不安だよね」

「一番俺に冷たいヨウコのそばだと安心できるなんて、おかしな話だなあ」

「ごめんってば。もうあんな態度、取らないから。私だってあんたに忘れられちゃってショックだったんだからね」

「俺、ここにいてもいいのかな?」

「当たり前でしょ。あんたは私のモノなのよ」

「そうなの?」

「元気だろうが病気だろうが死ぬまで一緒だって誓ったでしょ? 結婚式でさ。……覚えてないか」

「面白い誓いの言葉だね」

「たしかそういう意味合いだったのよ」


 ヨウコ、ローハンの身体を抱きしめる。


「ローハンは私が守るから、だからもう心配しなくてもいいよ。ご飯、途中だったんでしょ? キッチンに戻って一緒に食べようよ、ね」


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