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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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キースの本体

 一週間後 サエキが居間で新聞を読んでいるところにヨウコが入ってくる。


「サエキさん、そろそろお茶にしようってローハンが言ってるよ」

「お、すぐ行くよ」

「ねえ、ハルちゃんとはうまくいってるの? こっちにいるとあんまり会えないよね」

「そうでもないよ。あの子、いつも忙しいからさ。俺がハルちゃんの都合に合わせて戻ればいいだけの話だよ」

「そうよね。サエキさんはいつも暇だし」

「なんだよ、また嫌味? ヨウコちゃんは俺のこのポストの重要性を理解してないんだよ。『じいさん』からの依頼は、なにがなんでも遂行しなくちゃならないんだぞ」

「『一つ目の願い(ファーストウイッシ)』のこと? 私の自分勝手な願いごとなんて、叶わなくても、24世紀には影響ないんじゃないのかなあ?」

「まあ、そうなんだけどさ、問題はヨウコちゃんの『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)』なんだよな。一つ目が叶わなかったら二つ目も叶わないかもしれない。『一つ目の願い』と『二つ目の願い』には密接な関係があるのかもしれない。誰がどうやって『二つ目の願い』を叶えたのか記録に残っていない以上、どんなリスクも冒せないだろ?」

「そう考えると深刻だね」

「ヨウコちゃんの身の安全もしかりだ。依頼主が死んで願い事を無効にされちゃ大変だからな。『二つ目の願い』が叶って世界が救われるまで、君には生きててもらわないと困るんだよ」

「なるほどね。でも、平和な24世紀が存在してるってことは、何もしなくても『二つ目の願い』が叶うって意味じゃないの?」

「それもわかんないんだよな。時間に関しての研究は始まったばかりでさ、まだまだわかんないことが多いんだ。ちょっとしたことで歴史が変わっちゃう可能性も捨てきれないらしい」

「そうなんだ」

「とにかくヨウコちゃんとローハンには添い遂げてもらうから、そのつもりでな」

「はいはい、わかってるわよ。そうだ、サエキさんもドラミちゃんと結婚しちゃいなさいよ。本当の親戚付き合いができるわよ」

「残念ながら24世紀じゃロボットと人は結婚できないんだ。それに、先週の話を覚えてるだろ? ローハンとハルちゃんを兄妹扱いするのに抵抗はないのか?」

「私、ハルちゃんみたいな妹が欲しかったから、気にしないことにしたんだ」


 サエキ、呆れた顔をする。


「こだわらないにもほどがあるぞ」

「ほら、行かなくっちゃ。ローハン達、待ってるよ」


 サエキ、立ち上がるとヨウコについて部屋を出る。


「そういえばさ、前からサエキさんに聞こうと思ってたんだけど、ローハンもキースも機械のくせにどうしてあんなに曖昧なの?」

「曖昧って?」

「たとえば、『ミカンを二、三個食べた』とか、『七時ごろ目が覚めた』とかそういう言い方するでしょ? 機械ならもっと正確に覚えていそうなものよね」

「わざとそうしてるんだよ。あんまり正確に答えられると気持ち悪いだろ?」

「確かにね」


 サエキとヨウコがキッチンに入ると、ローハンとキースが顔をあげる。


「コーヒー冷めちゃうよ。何してたの?」

「ごめん、話し込んじゃってたの。ねえ、トニーから電話かかってきたの、いつだったっけ?」


 ローハンが答える。


「11時過ぎだよ」

「正確に何時何分だったか覚えてる?」

「それなら11時8分だよ」


 キースが続ける。


「ベルが鳴り始めたのが11時8分36秒、ヨウコさんが受話器を取ったのが11時8分45秒、話し終えて受話器を置いたのが11時16分25秒だね」


 ローハン、首を傾げてヨウコを見る。


「トニーからの電話にしては珍しく長電話にならなかったな。でも、なんでそんなことを知りたいのさ?」


 ヨウコ、感心した顔で二人を見る。


「凄いなあ。ちゃんと覚えてるんだ」

「おかしなことで感動するんだな。俺たち、ヨウコとは記憶の仕方が違うだけだからさ。キースなんてそのために作られたようなもんだし」


 キース、ローハンを睨む。


「それだけじゃないだろ? なんだよ、その言い方?」


 ヨウコ、笑顔になる。


「そうなんだ。また私しか知らないキースが増えて嬉しいな」


 サエキが笑う。


「ヨウコちゃんってキースが何をしようが喜ぶんだな。ローハンは何しても怒られるのに」

「ファンってそんなもんじゃないの?」


 ローハンがふくれる。


「シベリアの地下から人々のプライベートな生活を覗いて、24世紀に逐一報告してるぶよぶよした集積回路の塊だってわかってても、こいつのファンでいられるのはヨウコぐらいだよ」

「え? ぶよぶよしてるの?」


 キース、ローハンを睨む。


「してないよ」

「してるだろ」

「触ったことないくせに」


 ヨウコ、目を輝かせてキースを見つめる。


「そういや、私、キースの本体って見たことないや。見せてよ。写真ぐらいあるんでしょ?」


 ローハンとキース、凍りつく。


「……ねえ、ヨウコ、見ないほうがいいんじゃないかな」

「僕もそう思うよ」

「なんでよ?」

「あー、それはだな、……ぶよぶよしてるから」

「してないって言ってるだろ?」

「それなら見せてくれたっていいじゃない」


 キース、ヨウコの顔を無表情で見つめる。


「僕はお勧めしないけど」

「そう言われると、ますます見たくなってきた」

「ヨウコさんの中の『キース・グレイ』のイメージを壊したくないんだよ」


 ヨウコ、キースの髪をつまんで引っ張る。


「これはただの端末でしょ? 何を甘いこと言ってんのよ。ほら、そこのパソコンのモニターに映してくれればいいから」

「ヨウコさん、痛いって。サエキさん、なんとかしてください」

「ヨウコちゃんに何を言っても無駄だろ。一旦気になり出すと、お前と同じぐらいしつこいんだよ。諦めて見せてあげたら?」

「でも……」


 ヨウコ、キースを睨む。


「もしかして、私に見せたらあなたのファンを降りるとでも思ってる? 見損なってもらっちゃ困るけど?」

「本当にそう言い切れるの?」

「……そこまで見せたくないようなモノなの?」


 ローハンが懇願するようにヨウコを見る。


「やめとこうよ、ね」

「いや、やっぱり見たい。見ないと気が済まなくなってきた」


 キース、諦めたようにヨウコを見る。


「……わかったよ。ヨウコさんを信じるよ」

「うん、たぶん大丈夫」

「たぶん?」

「ううん。絶対」

「……それじゃカメラを通してリアルタイムの映像を見せてあげるよ」


 モニターの電源が入るが画面は真っ暗。


「何も見えないけど?」

「だって、部屋の中には誰もいないんだから、明かりは必要ないだろ?。今、照明をつけるよ」

「……今度は真っ白になったわね。何もかも白くてよくわかんないんだけど」

「基調は白にしてあるんだよ。真っ赤とか真緑だったら気持ち悪いでしょ?」


 ヨウコ、モニターに顔を近づける。


「どれがキースなの?」

「そこに映ってるの、全部そうだよ」

「え? 鏡餅を積み上げてあるみたいなやつ?」


 ローハン、気まずそうにキースの顔を見る。


「……キース、もう分かってると思うけど、ヨウコは口が悪いから」

「ぶよぶよだって言われるよりましだよ」

「あれ、何か動いた。ああ! 小さな動物が入り込んでるよ? イタチ?」

「あれも僕の端末なんだ。あそこでちょっとした掃除とかメンテをするのに使ってるんだよ。全部で三匹いるんだ」

「なんだ、キースが齧られちゃったらどうしようかと思ったわ。鏡餅だけに」

「もうそれ、やめてくれないかな」

「あ、カメラに向かって手を振ってる。かわいいなあ。一匹欲しいな」

「え?」


 サエキが笑う。


「ヨウコちゃん、想像してたのと違うんだろ?」

「スーパーコンピュータだっていうから、もっとメカメカしてると思ったのにな。なんていうか、基盤とケーブルの塊みたいなさ」

「ヨウコさん、僕がそんな原始的なモノで出来てるはずないだろ? 傷つくなあ」


 サエキがまた笑う。


「知らなきゃわかんないだろ? ヨウコちゃん、俺たちの時代じゃさ、コンピュータは機械といっても、より生物に近い構造をしてるんだよ」

「ふうん、なかなか綺麗だね。美術館に展示してある抽象芸術みたい」

「ある意味、芸術作品だからなあ。こいつらにはどえらい金もかかってるし」

「ヨウコさん、もういいだろ? 消すよ」

「待って、部屋の隅にドアがあるよ。あそこから地上に出られるの?」


 サエキが答える。


「あのドアの外には『穴』があって、24世紀に通じてるんだ。21世紀では分厚い岩盤を掘らない限りキースには手出しできないよ」

「そうなんだ。キース、ありがとう。もういいよ」

「満足したの?」

「うん。いつもあんな真っ暗な地下室にいたのね。どんな気分がするの?」

「その質問はヨウコさんの脳みそに『真っ暗な頭蓋骨の中にいるのってどんな気分?』って聞くようなもんだよ。ネットワークは広いし、僕には世界中いたるところに目があるからね。自分があそこにいるとは感じてないんだ」

「そっか、キースも『サイバースペース』ってとこの住人なのよね」

「ローハンに聞いたの?」

「うん。でも、どうしてあんなに見せるのを嫌がったのかわかんないわ。私の脳みそだって見せれるものなら喜んでお見せするけど?」


 ローハン、笑う。


「そういう問題なのかな? ヨウコはおかしいよ」

「あんたみたいな間抜けな機械と夫婦やってるんだから、相当おかしいんでしょうよ」

「キース、ぶよぶよしてただろ?」

「ぶよぶよというよりも、もちもちして見えたけど。鏡餅だし」


 キース、ぷいとそっぽを向く。


「もういいよ。どうとでも言ってくれ」

「あ、またすねた」


 ヨウコが笑い出す。


「ひひひ……」

「なんだよ、ヨウコ。気持ち悪いな」

「私しか知らないキースの秘密が増えたな、と思って」

「また言ってるよ」


 ヨウコ、ローハンに尋ねる。


「ところで、今日の夕食当番、誰だったっけ?」

「ヨウコだよ」

「やっぱりそうだったか。じゃ、そろそろ取り掛からなくっちゃ。みんな、麻婆豆腐でいいよね?」

「やったあ。でも前みたいにニンニク入れすぎないでね」

「はーい」


 ヨウコが部屋から出て行くと、サエキが笑い出す。


「鏡餅だってさ。うまいこと言うなあ」


 キース、無表情でサエキの顔を見る。


「あんな奇妙なモノを見たら、確実にひくだろうと思ったんですけどね」

「自分で言うなよ。まあ、ヨウコちゃんだからな」

「『キースはキース』……ですか……」

「これで嫌われてたら、少しは諦めもついたのにな」

「それはないです」


 ローハンがキースの顔を覗き込む。


「ねえ、キース。ヨウコはブスで意地悪でズボラでがさつなんだよ。それでもいいの?」

「君はよくそんなひどいことが言えるな」

「ほんとの事を知れば諦めつくかなあ、って思ったんだけど」


 サエキが笑う。


「それでつくんだったらとっくについてるだろ? キースの方がヨウコちゃんについて詳しいんだからさ」

「夫の俺より詳しいなんて、やっぱり納得いかないよ。……そうだ、夫しか知らないことだってたくさんあるんだよ」

「例えば?」

「ヨウコってブラのサイズはBカップだって公言してるけど、あれは嵩上げしてるだけで本当はAなんだ。知らなかっただろ?」

「知ってるよ」

「知ってる?」


 サエキが笑う。


「それは俺でも気づいてたぞ。そんな知識で張り合うなよ」

「それじゃあ、これはどうだ」


 ローハン、キースに近づくと耳元でささやく。


「それも知ってるよ」

「……どうしてお前がヨウコのおっぱいに詳しいんだよ?」

「教えない」

「ええ?」


 サエキ、呆れた顔をする。


「もうやめとけよ。ヨウコちゃんのおっぱいなんかどうでもいいだろ?」


 ローハンとキース、同時にサエキを睨む。


「どうでもよくないよ」

「サエキさん、ヨウコさんに失礼じゃないですか?」

「どうしていつも俺が責められるんだよ? 俺こそ納得いかないよ」


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