ロボットと魂
同日の夕方、ヨウコが居間で洗濯物を畳んでいるところに、仕事を終えたキースが帰ってくる。
「ただいま」
「おかえり。早かったね。撮影、うまく行ったんだ」
「うん、おかげさまでね。ランギは向こうで一週間ほど預かってもらうけどいいだろ?」
「ちゃんと面倒みてくれるんでしょ? 構わないわよ。今日はね、いいことあったんだ」
「どうしたの?」
「サエキさんがやっとハルちゃんとひっついてくれたのよ」
「あの子、サエキさんのお気に入りだったんだろ?」
「キースとハルちゃんをくっつけちゃうよ、って脅かしたら慌てて口説きに行ったわ」
「僕をネタに使ったの?」
「だって、キース、格好いいんだもん。さすがのサエキさんも焦るかも、って思ったのよ」
「ふうん。僕がハルちゃんを口説こうと思ってたのに、余計なことしてくれたね」
「ええ?」
「そう言えばヨウコさん、少しは妬いてくれる?」
「なんだ、冗談か」
「決まってるだろ?」
「でも、ハルちゃんとキースならお似合いカップルになったのになあ。ハルちゃん、サエキさんなんかにはもったいないよね」
キース、ヨウコから目をそらす。
「……シャワー浴びてくる。今日は馬臭くなっちゃったよ」
「ロケ現場ってシャワーもないの?」
「ヨウコさんの顔が見たくて急いで帰ってきたんだよ」
「嬉しいこと言ってくれるわね。あと30分でご飯だからね」
キースが部屋を出て廊下に足を踏み入れると、ドアの外にいたサエキが厳しい顔で詰め寄る。
「おい。今の会話はなんだ? 妬いてくれる? 顔見たくて帰ってきた、だと? 気を引くような真似をするなと言っただろ?」
キース、無表情でサエキの顔を見る。
「立ち聞きはよくないですよ」
「盗聴マシンのお前に言われたくないよ。俺の話をしてたから入りにくかったんだよ」
「さっきのはですね、ヨウコさんが、どれほど鈍くって無神経で僕に気がないか再確認しただけですよ」
「……気の毒だったな」
「サエキさんは今日から彼女持ちですもんね。おめでとうございます」
「女の子なら紹介してやるそ」
「サエキさんよりも僕の方がはるかにモテますからお気遣いなく」
「かわいげないなあ」
「僕にかわいげを求められても困りますけど」
ヨウコが部屋から顔を出す。
「あれ、まだここにいるの? もうすぐご飯だって言ったでしょ。急いでよ」
「うん」
「ほんとに馬の臭いがするわ。早くシャワーに入っちゃいなよ」
「ヨウコさんも一緒に入る?」
「うひゃ、断りがたいお誘いだけど、今回は遠慮しとくわ。ローハンを手伝ってあげなきゃ」
笑いながらキッチンに向かったヨウコの背中をキースが見送る。
「今、ちょびっと反応ありましたね。ヨウコさんのハートをくすぐるのって、なかなか難しいんですよ」
サエキがまたキースを睨みつける。
「ハートをくすぐる? なんだ、そのスイートな表現は? 今のは妄想をかき立てるって言うんだよ。ちゃんと日本語勉強しとけ」
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数日後、ヨウコとローハンとサエキの三人が居間で雑談している。
「俺がもっと気をつけてりゃ、ハルちゃんもハニマなんかと付き合わずに済んだのにな。かわいそうなことをしたよ」
「ハルちゃんをふっちゃうなんて見る目のない男ねえ」
「それは仕方ないよ。俺だって昔はロボットなんて馬鹿にしてたんだよ。普通はロボットって言えば感情も魂もないただの機械なんだからさ」
サエキ、不思議そうにローハンを見る。
「なんだよ、魂って? お前には魂があるのか?」
「生きとし生けるものにはすべて魂があるんだよ」
「ふうん。どんな形をしてるの?」
「白くて丸くてニョロっと尻尾が生えてるんだ。それにたとえモノでも古くなると魂が宿るんだよ。粗末にすると怒って夜中に騒いだりするんだ」
ヨウコが笑う。
「それ、サエキさんに借りた『日本の妖怪大辞典』に載ってたんでしょ?」
「あの本、面白いんだけど、夜トイレに行くのが怖くなったよ」
「だからって私を起こすことないでしょ? 情けない」
「だって、何か出たらどうするんだよ?」
「日本の妖怪だからニュージーランドには出ないわよ」
「ああ、そっか。心配して損しちゃった」
「……今夜はもう起こさないでよ。それにしてもハルちゃん、繊細だから傷ついたでしょうね」
サエキがため息をつく。
「俺がハルちゃんの最初の男になってやりたかったよ」
ローハンがサエキを見る。
「それってセックスの相手の話?」
「最初の彼氏になりたかったって意味だよ。そりゃ、そっちも最初ならそれに越したことなかったけどな」
「それならハニマが最初じゃないよ」
「ええ? なんでお前がそんなの知ってるんだよ?」
「だって俺、作られてから最初の二ヶ月はほとんど毎日ハルちゃんと一緒にいただろ? ハルちゃんのことなら良く知ってるよ」
「そんなに昔の話なのか? 俺もお前らといつも一緒にいたのに、気づかなかったぞ。出来立てのハルちゃん、無垢で素直でめちゃめちゃかわいかったのに、どこのどいつが手を出しやがったんだ」
「俺だけど」
ヨウコとサエキ、驚いてローハンを見る。
「ええ!」
ローハン、ふくれる。
「昔の話だから妬かれても困るよ」
「ち、違うでしょ? あんた、いくらかわいいからって、自分の妹に手を出すなんて何考えてるのよ?」
「あのさあ、俺たち、同じ型だっていうだけで、血縁関係も何もないんだよ。アツコさんとサエキさんみたいなもんだろ? 周りが勝手に兄妹扱いしてるだけの話だよ」
「……そう言われればそうか。でも、だからってどうしてあんたがハルちゃんと……」
サエキ、不満そうな顔をする。
「そうだよ。どうしてお前がハルちゃんに手を出すんだよ?」
「あの頃、俺、パーティやらなんやら誘われまくってただろ? ハルちゃん、友達が少なかったから、よく一緒に連れて行ってあげたんだけどさ、あの子、モテるのに誘われても全部断っちゃうんだ。セックスするのが怖いのかと思って、俺が練習台になってあげたんだよ。一度経験しちゃえば気も楽になるだろ?」
ヨウコ、諦めたように笑う。
「あんたらしいわね。ボランティア精神全開じゃない。妬く気も起きやしない」
「ハルちゃんの練習台だなんて、羨ましすぎるぞ。どうして俺に頼まなかったんだよ?」
「自分で上手に出来ることを、他の人に頼む必要なんてないだろ?」
サエキ、腕を組んで考え込む。
「……まあ、おかしな男に処女を奪われるよりはましか」
「私もサエキさんよりローハンのほうがいいな。それにしてもサエキさん、考え方がずいぶん21世紀っぽくなってきてない? セックスなんて一緒にお茶飲むようなもんだって言ってなかったっけ?」
「二年もこっちにいると、この時代の貞操観念に感化されてきたみたいだな」
「でもさ、考えてみたらハルちゃん、俺とは違って最初から自分がロボットだって知ってたんだよね。だからあんなに引っ込み思案だったんだよ」
「かわいそうな事したなあ。これからは俺が幸せにしてやらなくっちゃな」
「頼むよ、サエキさん。俺の妹みたいなもんなんだからさ」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「やっぱり妹だと思ってるんだ」
「あれれ? そうかも」
「鬼畜」
「ヨウコ? 俺ってそんなにひどい奴?」
「嘘だって。そんな顔するのやめなさいよ」




